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ラリーレーサーの夏木陽介さんの選んだ車とは?【芸能人の愛車】

古くは日活映画、そして黒澤明の「用心棒」などに出演し、「青春とはなんだ」で学園ドラマのスターとして注目、「Gメン75」や「ゴジラ」などでも活躍した、日本が誇る名優として知られる夏木陽介さん。熱烈なカーマニアとしても有名で、世界の名車を100台近く所有してきました。また、レース好きな一面もあり、パリダカールラリーにはドライバーや監督として自らのチームを率い、9回の出場を誇ります。今回は、そんな夏木さんの愛車を調べてみました。

名優・夏木陽介さんとは?

夏木陽介さんは、1958年に石原慎太郎が監督した映画「若い獣」でデビュー。その後、黒澤明監督の「用心棒」や稲垣浩監督の「野盗風の中を走る」に出演するなど、キャリアを積んでいきます。日本映画全盛期に活躍した俳優です。

その後、かつて勝浦にあった「行川アイランド」の開設に参加するなど、ビジネスの世界にも手を広げます。そして、「青春とはなんだ」で青春ドラマの新境地を開拓。その後は「Gメン75」や「ゴジラ」などに出演するなど、50年以上第一線の俳優として活躍してきました。2018年1月14日に、腎細胞癌のために亡くなりました。

ラリーレーサーとしても知られる夏木陽介さん

パリダカールラリーに2年連続出場!

そんな夏木陽介さんは無類の車好きとしても知られています。1970年代末、壮大な草レースとして始まった「パリダカールラリー」に興味を持った夏木さんは、49歳で1985年の大会に自身のチームを組んで、三菱パジェロで出場します。

当時はバブル直前。モータースポーツが空前の盛り上がりを見せ始めて、「パリダカールラリー」も注目を集めていました。そこに、当時の人気車種、三菱パジェロで大物俳優が出場するということに、多くの話題を呼びました。

監督を7年務め三菱を一流チームに育てる

夏木さんは翌1986年も出場。そして1987年から1993年まで、三菱のサテライトチーム「チーム三菱・シチズン夏木」の監督を務めます。ここで、当時レース活動を休止していた篠塚健次郎を復帰させました。

篠塚健次郎はその後、1997年にパリダカールラリーを制しています。また、篠塚健次郎の後継ドライバーとして増岡浩を育てました。増岡浩はその後2002年、2003年と二連覇を達成しています。

夏木陽介さんの華麗なる車遍歴

夏木陽介さんは運転歴60年以上、これまでたくさんの車に乗ってきました。国産車、アメリカ車、ドイツ車、フランス車など生産国を問わず、セダン、スポーツカー、レーシングカー、RVなど車種も問わず、愛車遍歴は膨大なものになります。

ダットサン・15型フェートンに始まり、メルセデス・ベンツ300SL、日産スカイラインS54B、トヨタ2000GT、ランボルギーニ・エスパーダと、もうほとんど、「歩く自動車史」です。日本のモータリゼーションそのものを体現したと言っても過言ではないでしょう。

ダットサン 15型 フェートン

夏木陽介さんが初めて手にしたのはダットサン・15型フェートンと言われています。日本車の始祖といえます。見た感じも「ザ・クラシックカー」といった外観で、いかにも戦前の車です。この車が初めての愛車とは、驚きの事実です。

戦争中を舞台にした映画や博物館でみかけることがありますが、走っている姿をみかけた人は少ないのではないでしょうか?722cc・サイドバルブで16馬力のエンジンです。ちょうど125ccのバイクと同じくらいのパワーです。戦前の工業力を物語ります。

MG・TD

MG-TDは、現在のマツダ・ロードスターやBMW・Z3、ポルシェ ボクスターなどのライトウェイトスポーツカーの始祖となったMG社のミジェットシリーズの四代目。戦後二世代目にあたります。軽量なシャーシに1250ccの小型エンジンを搭載したFRレイアウト。運転する楽しさをアピールしています。

この車が1950年代に北米で人気を呼び、今のライトウェイトスポーツカーのジャンルが確立されました。日本でもホンダ・S600やトヨタ スポーツ800などがデビューする前は、こうしたヨーロッパのスポーツカーが市場を形成していました。

ルノー・4CV

この車、ルノー4CVも自動車史に残る一台といえます。ドイツによるフランス占領時代から開発がスタートし、1946年、戦後初めてのフランス製小型車として生産が開始されました。

当時のフォルクスワーゲン・ビートルと同様、車体後部にエンジンが置かれ、室内空間を確保しています。1940-50年代の車としては非常に優秀で、日本でも日野自動車によりライセンス生産が行われました。国産車が市場に出てくる前のベストセラーで、タクシーとしても非常に多く使われました。

メルセデス・ベンツ300SL

ご存知、メルセデス・ベンツが誇る往年の傑作、300SLです。力道山や石原兄弟も所有していました(慎太郎さんは今でも所有しているそうで、良純さんが「大して乗らないくせに今でも持ってんだ」と言っていました)。

この車の特徴は何といっても、流麗なボディにガルウィングドア。上方に開くドアはまさに、スーパーカーの走り、といった感じです。ボディを強化したためドアが小さくなり、乗降性を考えて、あの形を採用しました。総生産台数は3,258台。世界中のコレクターの憧れです。

日産プリンス・スカイライン2000GT-B

スカイラインGT、GT-R伝説の始祖となった車、それがスカイライン2000GT(S54シリーズ)です。レース出場の目的で、スカイライン1500のエンジンルームを延長し、そこにグロリアのエンジンを搭載しました。

ボディとエンジンは基本的に同一で、キャブレター1つのものをGT-A、ウェーバーのレーシングキャブレターを3つ付けたものをGT-Bと呼びました。日本グランプリでのポルシェとの名勝負は有名です。歴史に残る日本の車を挙げるとすれば、最上位クラスの一台です。

トヨタ・2000GT

さて、日産が誇る名車、スカイライン2000GTが出てきましたが、夏木陽介さんはそれに対抗するトヨタの名車、トヨタ2000GTも手に入れているようです。

007シリーズ「007は二度死ぬ」に登場したこの車、1967年から1970年の間に作られました。エンジンはヤマハ製。当時の技術の粋を尽くして作られました。現在のプレミア価格は1億円以上と言われています。

シボレー・カマロ

さて、フランス・ドイツ・イギリス・日本の車を紹介してきましたが、アメリカ車も数多く乗ってこられています。そこで紹介するのはシボレー・カマロ。アメリカンスポーツを代表する車です。1970年型といえば、アメリカはベトナム戦争の頃。中東でも戦火が上がり、その後のオイルショックにつながりました。

この車は、大きくて力強い、アメリカの象徴のような車の最後の世代に当たります。若き日の夏木さんに似合う車です。

ランボルギーニ・エスパーダ

ランボルギーニの名車、エスパーダです。スーパーカーブーム時代に、脚光を浴びました。V12エンジンをフロントに積んだ4人乗りのスポーツカーです。同世代のミウラやカウンタックに比べると、乗りやすいランボルギーニといえます。

現代のランボルギーニのデザインとは全く異なりますが、こちらも主張の強い特徴的なエクステリアです。

夏木陽介さんがズバリ選んだ車はこれ!

これまで多くの車に乗ってきた夏木陽介さん。若い時、30、40代と年齢を重ねるにつれ、車の好みも年輪を重ねたように思えます。では80歳の夏木さんが今も大事に乗っている車はなんでしょうか?

調べてみると、円熟した名優に相応しい車に乗っていました。

ジャガー・Eタイプシリーズ1クーペ

英国スポーツカーを代表する車、ジャガーのEタイプです。ホイールを留めるネジ穴に注目。この車はネジ穴がありません。センターロックといって、レーシングカーと同じようなホイールの真ん中で留めるタイプになっています。

1960-70年代の中盤まで長きに渡って生産されました。ジャガーEタイプといえば、12気筒5400ccの大型エンジンが有名ですが、このシリーズ1は6気筒3800ccと中型エンジンのモデル。ちょうど夏木さんが30-40代に憧れた車かもしれません。

ジャガー・SS100

夏木さんが初めて手に入れた愛車は戦前のダットサンでしたが、こちらは同世代のジャガー。英国車が一番輝いていた時代の車です。

前述のジャガーEタイプと同系統のスポーツカーで、こちらも6気筒2600ccエンジンを搭載する中型モデルですが、スタイルの変遷が分かります。発売直後に第二次大戦が勃発したことにより、英国から輸出された台数はなんと49台!そのうちの1台を夏木さんが持っていることになります。

夏木陽介さんは好みの車も渋い!

夏木陽介さんの愛車遍歴を紹介してきました。この車種の多さとこの台数は驚かされました。

特に自動車史に残るような車に数多く乗っています。しかし、最近のお気に入りのジャガーの2台は渋すぎます。老紳士に相応しい車といえるでしょう。

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