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「覚えていますか、スズキがWRCを戦ったことを」日本車ファンが見た1年限りの儚い夢…スズキ SX4 WRC【推し車】

おぼえていますか、スズキがWRCを戦ったことを

ベース車が一応はクロスオーバーSUV扱いなので、戦闘力不足が懸念されたものの、グラベルでは成績を残したSX4 WRC
出典:flickr.com Author:Kyn Wai Chung CC BY 2.0

今となっては盛んに話題になることもありませんが、それでも覚えていてほしい名車ならぬ「忘れがちな銘車」、今回はスズキ SX4 WRCを紹介したいと思います。

今でこそ四輪モータースポーツの表舞台から去って久しいスズキですが、かつてモンスター田嶋(田嶋 伸博)率いるスズキスポーツが事実上のスズキワークスとして戦っていた頃には、国内外のモータースポーツで数々の活躍をしたものでした。

ただしそのほとんどは小排気量の格下クラスでの戦いでしたが、最初で最後の大舞台となったWRCを走ったのが、SX4 WRCだったのです。

スズキとフィアットの共同開発車、SX4

共同開発したフィアット版ともどもデザインにはジョルジェット・ジウジアーロが関わり、ハッチバック車は今見てもカッコイイと思うSX4

WRカーのベースとなったSX4そのものは、言ってはなんですがかな~り存在感の地味なクルマでして…とはいえ、共同開発したフィアットの「セディチ」ともとも、名匠ジョルジェット・ジウジアーロ御大による流麗なデザインではありました。

しかし、先代にあたる「エリオ」がまた「どんなクルマだっけ?」と思い出すのに一苦労するほど地味で、スイフト以外は日本国内で全くパッとしなかった、当時のスズキ小型車を象徴するような存在です。

クロスオーバー風の5ドアハッチバック車と4ドアセダンがラインナップされてはいたものの日本では終始販売が低迷、2015年にモデルチェンジした2代目は5ドアのクロスオーバーSUV「SX4 S-CROSS」として再出発するも、2020年いっぱいで国内販売を終えています。

しかし、2006年にジュネーブショーで正式発表された当時は、まぎれもない「スズキ期待の新型車」であり、同時に「SX4 WRCコンセプト」を発表、同車のWRカーでWRC(世界ラリー選手権)への発表をアナウンス、この瞬間がSX4の絶頂期でした。

スズキのWRC参戦へ高まる期待

過去の国内モータースポーツやスイフト・スーパー1600によるJWRCでの実績もあり、WRCでのスズキワークスの活躍は大いに期待された ©Tomoya Kawabata/stock.adobe.com

当初2007年8月以降とされた参戦計画は、WRCのスケジュールとの兼ね合いもあって2008年から本格参戦、2007年後半シーズンは2戦(フランスのツール・ド・コルスとイギリスのラリーGB)のみのテスト参戦とされましたが、スズキには期待の目が注がれました。

今でこそ4輪モータースポーツでのワークス活動を聞かないスズキですが、1986年に「モンスター田嶋」こと田嶋 伸博 氏が「スズキスポーツ」を立ち上げ、スズキが支援する形で実質的なワークス活動が始まると、国内外でのモータースポーツで多数の業績を残します。

田嶋氏が自らドライバーとなったパイクスピーク・ヒルクライムでの活躍、全日本ダートトライアルDクラスでは故・大井 義浩選手のキャロッセスーパーDとの死闘は語り草。

同A1クラスや全日本ラリーAクラスでのダイハツやスバルとの死闘も、オールドファンには忘れられませんし、2003年の全日本ダートトライアルS2クラスでスイフト(初代HT51)ベースのSC車両が圧倒的な強さを誇って以降は国内活動が下火になるも、海外では継続。

スーパー1600車両で戦うJWRC(ジュニア世界ラリー選手権)でも、初代/2代目スイフトがベースのスイフト・スーパー1600で戦い、強豪の一角だったのです。

WRCでも果たして何をやってくれるのか…と期待が高まるのは、当然のことでした。

もっとも、スズキの熱狂的なファンや、モータースポーツファンを除けば「売れてないクルマで何をそんなに頑張ってるの?」と思っていたかもしれませんが…。

2008年、SX4 WRCは本格参戦へ…そしてあっけない幕切れ

最高の晴れ舞台となったWRC2008第10戦「ラリー・ジャパン」の札幌ドーム特設スーパーSSでトップタイムをマークしたSX4 WRCだが、わずか約2ヶ月後には「参戦休止(事実上の撤退)が告げられた。©Tomoya Kawabata/stock.adobe.com

2リッター直4DOHCエンジンの「J20」をターボ化、2007年12月のニュースリリースでは最高出力320馬力、最大トルク60kgf・mを発揮する4WDのWRカーとして、2008年の参戦体制が発表されたSX4 WRC。

セアトやシュコダ、フォードなどでワークス経験を積んだトニ・ガルデマイスター、JWRC上がりでスイフト・スーパー1600を駆って活躍したパー・ガンナー・アンダーソン両名をドライバーに迎えて、初戦はアンダーソンが8位入賞するなど、いい滑り出しでした。

しかしその裏ではチーム体制も開発も混乱、テスト走行もマトモにできない最悪の状況だったと現在では伝わっており、当然のごとくマシンは性能不足、進まない熟成、信頼性の低さにより完走すらままならない状況となります。

ようやく終盤の第14戦ラリー・ジャパンで歯車が噛み合い、故郷に錦を飾る勢いもあってかスーパーSSでトップタイム記録、アンダーソンが総合5位入賞という最高の結果を残し、続く最終戦ラリーGBでもアンダーソン5位、ガルデマイスター7位と続きました。

さあこれでようやく調子に乗り、翌シーズンは本腰を入れて…と言いたいところでしたが、12月7日にラリーGBを終えた直後、同15日のニュースリリースでスズキは突如WRCからの撤退を発表したのです(発表は休止でしたが、誰もが撤退だと理解しました)。

そう、リーマンショックによる世界的不況の始まり、自動車販売の極端な不振によって、自動車メーカー各社が一斉にモータースポーツからの撤退を発表した頃です。

残念ながらスズキもそのひとつで、JWRCこそ2010年までサポートを続けたものの、その後はモータースポーツとの縁が薄いメーカーとなってしまいました(※)。

(※スズキスポーツはスズキ直系企業ではなかったので、タジマモーターコーポレーショングループのモンスタースポーツとして現在も存続)

しかし、わずか1年の本格参戦とはいえ、SX4 WRCがスズキの代表として世界の大舞台で活躍、新興チームながらかなりイイ線までいったのは事実で、もしリーマンショックなどなく本腰で続けていたら、あるいは…と想像させるだけの実力はあったと思います。

※この記事内で使用している画像の著作者情報は、公開日時点のものです。

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執筆者プロフィール
兵藤 忠彦
兵藤 忠彦
1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...

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