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トラックやバスのイメージが強い「いすゞ」…過去は美しい車を造るメーカーだった【推し車】

戦後、イギリス車ヒルマンミンクスの国産化を経て1962年のベレル発売から、1993年の3代目ジェミニ生産終了による生産撤退(商用車・SUVを除く)まで30年あまり続いたいすゞ独自の乗用車。

ただし、かなり初期から開発・生産・販売ともに能力不足で行き詰まり、1971年にGMと資本提携して存続を図りますが、デザイン面で面白く個性があるのはGMグループとなる以前、もっともいすゞに勢いのあった1960年代に開発されたモデルだと思います。

そこで今回は美しいいすゞ車といえば定番な1980年代の初代ピアッツァをあえて外し、1960年代のいすゞ車から3台の「シルエットが美しいクルマ」を紹介します。

ベレットGT(1964年)

加速する前からテールを沈めたスピード感

いすゞ ベレット 1600GT

ヒルマンミンクスの後継、戦後のいすゞで初の国産車だったベレルが、クラウンやセドリックに対抗する大型セダンだったのに対し、コロナやブルーバードと同クラスの小/中型セダンとして1963年に発売した、「いすゞにもっとも勢いがあった時代」を象徴するクルマ。

1964年に追加された2ドアクーペのベレット1600GTは、日本グランプリ対策車だったスカイラインGT(S54)より早い発表で「日本で初めてGTを名乗ったクルマ」として知られ、後に117クーペと同じDOHCエンジンを積むGTR(GT TypeR)も登場します。

セダンも緩く弧を描くウエストラインが美しいベレットですが、クーペもまた、リアへ向かって下がる直線的なラインにリアウィンドウの傾斜がきついコンパクトなキャビンで、スピード感とエレガントさを併せ持つ美しいシルエットでした。

フローリアン(1967年)

大型キャビンでもスポーティで美しいクルマは作れる!

いすゞ フローリアン 前期型

後年の印象、特にフロントマスクが激変、「走るシーラカンス」扱いされた1977年以降のS-IIがネタ扱いされる事の多いフローリアンですが、1967年のデビュー当時はキャビンが広く快適で、軽快かつスポーティな美しい4ドアセダンでした。

117クーペと異なりジウジアーロの作品ではないもののシャシーは共有しており、ともにイタリアのカロッツェリア・ギアにデザインが依頼されています。

その結果、直線的なウエストライン上へ前後端から台形に盛り上がり、リアクォーターウィンドウと合わせ片側3枚ずつの窓を持つ、広く明るい6ライトキャビンを載せても全く浮かない、まとまりのある秀逸なシルエットを生みました。

1983年まで16年もの間、当時としては長く作りすぎて末期にはデザインもメカも陳腐化の目立ったフローリアンですが、初期は本当に美しいクルマだったのです。

117クーペ(1968年)

スゴイけど、こんなクルマ作ってるから…

いすゞ 117クーペ 前期型

フローリアンと同時にカロッツェリア・ギアへ送られ、こちらは名匠ジョルジェット・ジウジアーロが手掛けた結果、1960年代の国産車とは思えぬ美しいシルエットとなった代わり、とても普通に量産できないデザインへ仕上がったクルマ。

こう書くといすゞの生産技術がひどかったのかと思われますが、細部のデザインが緻密なフローリアンも普通に生産できたのですから、単純に117はそれほど複雑で美しい造形だったということです。

ならば妥協して生産ラインに合わせてデザインを手直し…とはせず、1973年に生産ラインとデザインを多少改めて機械生産へ切り替えるまで、職人が叩き出すハンドメイド生産で発売しました。

ある意味でスゴイ名車ですが、いすゞが量産乗用車メーカーとして大成できなかったのも無理はない、と思わせるエピソードでもあります。

※この記事内で使用している画像の著作者情報は、公開日時点のものです。

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執筆者プロフィール
兵藤 忠彦
兵藤 忠彦
1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...
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