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ジャッキーも舘も乗ったビンビンな名馬!“ガルウイング”も販売され話題十分…でも売れてたっけ?三菱 スタリオン【推し車】

国産スポーツの大穴?!中古で入手しにくかったスタリオン

グループB仕様のインパクトが強かったスタリオンだが、グループAラリーでも活躍していて海外にもファンがいる
出典:flickr.com Author:Ben CC BY 2.0

ヒストリックカーとして人気のある1960年代、高性能日本車の黄金期として名高い1990年代の車に挟まれた、1970〜1980年代にも名車は存在する…「プレイバック80’s」として、今回は三菱 スタリオンを紹介します。

1982年デビューだから1980年代のクルマでも割と古い方で、1997年に大学を出た筆者の同級生が三菱ディーラーへ就職する際、面接で「スタリオンに乗りたい」と言ったら、生産終了から10年経っていないのに「アレはもう古いからな…」と言われてしまいましたが。

映画「キャノンボール2」や刑事ドラマ「ゴリラ」での活躍から、昔は人気があったのです。

「車検に通せない…」たったひとつの部品が命取りになることも

クライスラーの意向により、セレステ後継からスケールアップ

1980年代後半にもこれで売っていると古くは感じたが、1982年発売当時はこれで十分スタイリッシュだったスタリオンGSRターボ

1970年代、トヨタ セリカや日産 シルビアほどではないにしても、初代ランサーベースでソコソコ人気のスペシャリティクーペ、「セレステ」を販売していた三菱。

後継車もランサーEX(2代目ランサー)をベースに開発が進んでいたものの、1970年に三菱と提携して小型車の供給を受け、セレステもプリマス アローとして販売していた米クライスラーから車格アップの要請を受け、当時のギャラン∑(3代目ギャラン)がベースに。

三菱としては、ノッチバック(独立トランク付き)の2ドアハードトップで作りたい意向があったものの、やはりクライスラーが北米や海外で売るのがメインとなると、北米の売れ筋、ファストバックの3ドアハッチバッククーペになるのは必然でした。

ノッチバックのクーペが実現していたら、セリカのようにコンバーチブルも実現していたかも、などと妄想すると、ちょっと惜しい気がします。

エンジンは廉価版が2リッター直4SOHC自然吸気でしたが、主力を張るのは同ターボエンジンで145馬力、後にインタークーラーを追加して175馬力を発揮、リトラクタブルライトを装備したのは当時のちょっとした流行。

全体的なスタイルは当時の三菱らしく、ランサーEX以来のカクカク、ペキッ!としたデザインの集大成で、映画「スターウォーズ」(1978年日本公開)に出てきそうなメカメカしい感じはSF的に感じるか、子供っぽいと感じるかで好みが分かれるところです。

街中を走る車のほぼすべてがオートマ車

シリウスDASH3✕2ターボを追加、劇中車としても活躍

テールデザインなどかなりサマになっているし、当時の三菱らしいパキッ!としたスタイルだったが、今ひとつメジャーな存在にはなれなかった

映画「キャノンボール2」(1984年)ではジャッキー・チェンが駆り、貨物機ショート・スカイバン(これもマニアには嬉しいレア機)から降り立つ序盤から見せ場を作る活躍。

石原プロの刑事ドラマ、「ゴリラ・警視庁捜査第8班」(1989-1990年)でも主人公の伊達刑事(舘ひろし)の愛車として活躍、劇中車と同じガルウイングドア車が5台限定で販売されるなど、話題性は高かったものです。

モータースポーツでもグループAレース(JTC・全日本ツーリングカー選手権の初期にはBMW 635CSiやR30スカイラインRS、フォード シエラと戦い、1986~1987年にかけ3勝を上げ、グループAラリーでも中近東選手権でシリーズチャンピオンになるなど活躍。

性能面でも1984年6月には名機4G63ターボの前身となる2リッターSOHC3バルブターボ、「シリウス(後にサイクロンへ改名)DASH3✕2」を搭載、グロス200馬力でR30スカイラインターボC(205馬力)に匹敵する高性能を得ます。

エンタメやモータースポーツで活躍、性能的にも日本を代表するスポーツクーペとして、スタリオンは大いにその名を轟かせました。

日本の乗用車のほとんどは「ちょい乗り」に使われている

根強い人気は得るも報われず…末期には2.6リッターターボ化

ブリスターフェンダーで迫力を増し、2.6リッターターボを積んだスタリオン2.6GSR-VRが、GTOまでのつなぎ役として1988年から1990年まで販売された

ただ、瞬間的には注目されて、そのインパクトから根強いファンを生むスタリオンですが、1990年まで8年も販売された割に、なんとなく影が薄く…あまり売れてはいなかった印象です。

実際、年間数千台規模の販売台数にとどまる日本向けの5ナンバー車を続けても採算が合わなかったようで、1988年4月には翌年の税制改正で税金が安くなるのを見越してか、海外仕様と同じ2.6リッターターボ+ワイドフェンダーの3ナンバー車(※)に統一されました。

(「ゴリラ」の劇中車になったのも、この2.6GSR-VR)

しかし、その頃にはトヨタのスープラ(当時はA70系)が3リッターDOHCターボを積み、翌1989年には名機RB26DETTを積むBNR32スカイラインGT-R(BNR32)が発売されますから、大排気量ターボのスポーツクーペはもう珍しくありません。

セリカXXやスープラのように、5ナンバーの2リッター車と3ナンバーの2.6リッター車を併売していればもう少し人気が持続したかもしれませんが、いずれにせよ1990年には後継のGTOが登場するので、あくまで「つなぎ」として存続していたような形でした。

2000年代、後に映画化もされる漫画「SS」でグループBスタリオンの存在が広く知られると人気は再燃しますが、AE86などと違ってもともと販売台数がそう多くはなかったこともあり、中古車もあまり流通していなかったのは残念です。

決して後世まで記憶に残る大きな何かがあったり、21世紀に中古車人気が爆発するような事もなかったスタリオンですが、1980年代を代表する国産スポーツクーペの1台だったことだけは、間違いありません。

※この記事内で使用している画像の著作者情報は、公開日時点のものです。

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執筆者プロフィール
兵藤 忠彦
兵藤 忠彦
1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...

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