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社長とクルマ Vol.4 有限会社アンソリットボーテ 代表取締役 尾崎隆司「赤いファミリアから始まる夢の道」

ビジネスシーンの最前線を走り続けるリーダーと、企業経営という険しい道のりをともに歩んできた愛車たち。彼らにとって車とは、ただの通勤の足か、それとも夢そのものか。社長とクルマの素敵な関係を紐解く連載企画『社長とクルマ』。第4回のゲストは、広尾の美容室「アンソリット ボーテ」の代表を務める尾﨑隆司(おざきたかし)氏。また、特別インタビュアーに、モデルとして活躍する榎本凛(えのもとりん)をお招きしてお届け。

尾崎隆司
兵庫県・淡路島出身。有限会社アンソリットボーテ代表取締役 高校卒業後に上京し、美容師としてのキャリアをスタート。1997年に自身が代表を務める美容室「アンソリット ボーテ」を広尾にオープンし現在に至る。アンソリット ボーテのほか、麻布十番にもエステサロンを構える。

有限会社アンソリット ボーテ
1997年設立。美容室「アンソリット ボーテ」を運営する。

榎本凛(えのもとりん)
モデル/タレント 1998年生まれ。京都府出身。 「森永乳業ピノ」の広告や 「TOPVALU」のアパレル モデルなど、モデルとして活躍中。
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淡路島から上京、広尾の美容室オーナーへ

米永:本日は尾崎さんが代表を務める広尾の美容室「アンソリット ボーテ」でインタビューをさせていただきます。まずは経営されている会社について簡単に教えてください。

尾崎:広尾の美容室と麻布十番のエステサロンを経営する、有限会社アンソリットボーテの代表を務めています。この「アンソリット ボーテ」は1997年にオープンしたので、もう25年ほどになるでしょうか。

米永:広尾で20年以上とはすごいですね。榎本さんはまだ生まれていないんじゃないですか?

榎本:1998年生まれなので、ギリギリ生まれてないです(笑)。

米永:そうですよね。となると、かなり若いころに独立されたのでしょうか?

尾崎:私の場合は35歳前後ですね。最近の若い人は早くに独立する人が多いですが、当時は3、40代が多かったので、特別早くも遅くもないという感じでした。

米永:昔からご自身の美容室をオープンすることが目標だったのでしょうか。

尾崎:そうですね。私は兵庫県の淡路島出身で、18歳のときに美容師を目指して東京へ来ました。もともと両親が理容室を営んでいたので後を継ぐつもりだったのですが、上京して働きながら通信課程で学んでいるうちに、自分の美容室を開きたいと思うようになりました。

米永:こんかい尾崎さんをご紹介くださったのは連載第3回にご登場した澤円さんですが、その澤さんが尾崎さんについて「僕のヘアスタイルをプロデュースしてくれた恩人」とおっしゃっていました。

尾崎:もう20年近いお付き合いになるでしょうか。はじめていらしたときはまだ短髪だったのですが、澤さんが人とは違うようなものを望まれていたのと、長髪が似合いそうな方だと思いましたので提案してみたんです。それ以来、ずっと担当させていただいています。

始まりは赤いファミリア

米永:尾崎さんのキャリアと歴代の愛車についてお伺いしたいのですが、まずは現在の愛車を教えてください。

尾崎:メルセデス・ベンツのCLSシューティングブレークに乗っています。デザインも格好良く、よくゴルフに行くので荷物が詰めるのも良いですね。この車が一番長く乗っていて、もう5年以上になります。新型が出ていれば乗り換えていたかもしれませんが、現行モデルからシューティングブレークがなくなってしまいましたので。

メルセデス・ベンツ CLS シューティングブレークは、同社の4ドアクーペ、CLSをベースに5ドア化したステーションワゴンだ。2012年に、2代目CLSの登場から2年遅れて新モデルとして追加された。
4ドアクーペという新しいジャンルを切り開いた初代CLSに続いて、リアにかけて斜め下に流れていくようなルーフラインを描くデザインが、当時話題を呼んだ。
CLSシューティングブレークは、4ドアクーペのようなスタイリッシュさを保ちながら、CLSよりも広いラゲッジスペースを確保している。ゴルフバッグも余裕を持って積載可能で、積み下ろしも簡単だ。

米永:尾崎さんが初めて購入された車はなんですか?

尾崎:はじめて買った車はマツダのファミリアです。323がラリー選手権に出場していた時代のモデルですね。ひとめ惚れして中古を買ったんですけど、おもしろい車でしたね。カラーは赤で、HKSのドッカンターボを装着していました。

ファミリアは、1963年からマツダが販売している乗用車。5代目(BD型)ファミリアは、「マツダ 323 4WD」の名称で1985年から1992年まで世界ラリー選手権に使用され、人気を博した。

米永:昭和のマツダを代表する名車ですね。何歳のころに購入されましたか?

尾崎:上京してすぐだったので、19歳くらいだったと思います。『サーキットの狼』世代なので、子どもの頃から車が好きで、スーパーカーに憧れていました。ファミリアは親に無理を言ってお金を借りて買ったのですが、まだ美容室でアシスタントをしていた駆け出しだったので給料も安く、維持できずに1、2年で手放してしまいました。

米永:アシスタント時代は苦労も多かったのではと思いますが、当時を振り返ってみていかがですか?

尾崎:僕の時代は、朝から晩まで仕事漬けだったんですよ。朝6時から仕事して、勤務が終わったら夜中まで練習して、家に帰ったら勉強して…。2、3時間しか眠れないなんて日が続いていました。当時人気絶頂だったピンクレディよりも寝ていなかったかもしれません(笑)。楽しかった思い出といえば、先輩に連れられて六本木で朝まで遊んだことくらいでしょうか。休日は起きたら夜だった、なんて日もありましたね。そんな生活が5年くらいは続いたと思います。

榎本:すごい。今では考えられない働き方です。

米永:ファミリアを手放したあと、なかなか次の車を買う時間もなかったのではないですか?

尾崎:そうですね。自分の力で買えるようになるまでずいぶん時間がかかりました。2台目を買ったのは会社を作って店を持ったあとなので、30歳過ぎです。当時発売されたばかりの、メルセデス・ベンツ SLKという2シーターのオープンカーを買いました。20代で輸入車に乗るのが目標だったのですが、それは叶いませんでしたね。とはいえ、淡路島から上京して、広尾をベンツのオープンカーで走れるというのは夢のようでした。

榎本:すごく素敵なお話ですね。

米永:そのあとはどんな車に乗られてきたのでしょうか?

尾崎:それからは、メルセデス・ベンツのEクラス ワゴンやフォルクスワーゲン ゴルフ、ポルシェ 911などいろんな車を乗り継いできましたね。2年以上乗った記憶がほとんどないので、だいたい車検が来る前に新しい車に乗り換えていました。あとは、アウディのディーゼルにハマった時期があり、A4 アバントやA6 アバントなど連続してアウディが続きました。

米永:アウディのディーゼルエンジンは素晴らしいですよね。

尾崎:ディーゼル特有のガラガラ感が少なく、トルクがあるので加速が良いですし、ガソリン代や燃費など実用的な面でも優れているので、ずっとディーゼルに乗っていたいなと思っていた時期もありました。

尾崎氏が自身の美容室を開業したタイミングで購入したというSLKは、1997年に販売が開始された2シーターオープンカーだ。電動開閉式ハードトップを備え、デイリーユースにも適したオープンカーとして大人気のモデルとなった。

笑顔で帰ってもらうために

米永:経営者としてのキャリアも長い尾崎さんですが、それまでにはどんな苦労がありましたか?

尾崎:やはり、ここ20年くらい美容業界全体が抱えている「人」の問題に苦労することは多かったですね。基本的に、どこも美容師が足りていないんですよ。うちは本当に恵まれて、オープン当初からずっと働いてくれているスタッフにも支えられて現在に至っています。

米永:尾崎さんが美容院の代表として、また会社の代表として大切にしてきたことはありますか?

尾崎:大切だと思うのは、「美容師は夢のある仕事」だと、従業員に思ってもらえることですね。しっかりと環境を整えて、夢を作ってあげることが僕の大切な仕事だと考えています。これは、お客様に対しても同じです。笑顔で来ていただいて、笑顔で帰ってもらえるようなサロンであり続けることを心がけています。最高のサービスを提供するために、接客から、物件、内装、シャンプーやカラーの商材までこだわっています。そうして美容室の価値を上げていくことで、社会的な評価や業界全体の底上げをしていきたいと思っています。

榎本:インテリアも、すごくオシャレだと思いました。

尾崎:内装は、ホテルのアマンリゾートに憧れてイメージしたんです。椅子もオープン時から使っているもので、わざわざインドネシアに行ってオーダーをしました。納期に間に合わなかったりサイズがぜんぜん違ったりとかなり苦労したのですが、妥協はしたくなかったので、なんども現地に足を運びました。

米永:ヴィンテージ感というか、作りたてでは出せない世界観が出ていていますよね。

尾崎:やはりチーク材は本当にすごいですね。経年劣化してもそれがアジになるというか。素材がいいので痛まないんですよ。内装に限らず、「いいもの」の良さを分かってほしいという思いがあるので、スタッフにはできるだけ高いお給料で還元して休みもしっかり作り、海外旅行やいいレストラン、いいホテルに行って素晴らしい経験をしてほしいんです。まずは自分がいいサービスを経験しないと、それを提供できるはずがないだろうと考えているので。

クルマは夢を見せてくれるもの

米永:いままで多くの車に乗られてきた尾崎さんですが、もっとも印象深い車はなんですか?

尾崎:車種ではないですが、アウディの4WDの安定感は本当に素晴らしいと感じました。ずいぶん前の話ですが、アウディに乗って苗場のスキー場に行ったとき、帰りの朝に大雪が降ってしまったことがあったんですよ。車が埋まってしまうんじゃないかというくらい雪が積もってしまったのですが、アウディはまったく問題なく、普通に家まで帰ってくることができました。昔、アウディがスキーのジャンプ台を駆け上がっていくCMがありましたけど、あれは本当なんだと思いましたね(笑)。

榎本:そんなCMがあったんですね!

米永:僕も知らなかったです(笑)。ちなみに、いつか乗ってみたい車はありますか?

尾崎:水素自動車に乗ってみたいですね。トヨタが水素エンジンで24時間耐久レースに出ていましたよね。

米永:そうでしたね。なぜ水素自動車なのですか?

尾崎:単純に新しいもの好きでして。ハイブリッド車やEVには何度か乗ったことあるのですが、水素エンジンは試したことがないんです。もう少しインフラが整備されたら、ぜひ乗ってみたいなと思いますね。 

米永:もしご自身が自動車メーカーの社長だったら、どんな車を作りたいですか?

尾崎:車のインテリアが好きなので、いろんなメゾンとコラボレーションして、スペシャルな内装で仕上げた車を作ってみたいですね。それも、自分の好みでオーダーしてカスタマイズできたら最高です。

米永:尾崎さんの今後の目標を教えてください。

尾崎:これからもお客様にとって、本当に価値のある美容院であり続けることが目標です。そしてスタッフにとっても、明るい将来がしっかり見えて、夢を実現させてあげられるような会社を作っていきたいと思っています。

米永:最後の質問になります。尾崎さんにとってクルマとはどんな存在ですか?

尾崎:夢の形、ですかね。車は夢を見せてくれたり、または自分が叶えた夢の証にもなります。僕はスーパーカー世代なのもあって、車が憧れの存在で、仕事を頑張って欲しかった車を手にすると、大きなことを成し遂げたような達成感があり、その次もなんでもできるような気分にさせてくれる。僕にとって車はそういうものですね。


淡路島から上京し、過酷なアシスタント経験を積んだのちに東京・広尾で美容室「アンソリット ボーテ」をオープンした尾崎氏。今回の取材はその店内でおこなわれたため、実際にサロンの空気感をじかに感じながら話を伺うことができた。テラスがあり広々とした店内、チーク材を用いたオーラ抜群の什器、そして終始穏やかな尾崎氏が作り出す明るい雰囲気が合わさった空間は、「最高のサービスを提供したい」という言葉の説得力を裏付けていた。ちなみに、次はメルセデス・ベンツ Gクラスの購入を検討しているそう。数々の輸入車に乗り続けてきた尾崎氏が、進化したゲレンデにどんな印象を受けるのか、改めて話を伺いたい。

文・米永豪
写真・佐藤亮太
撮影場所・アンソリット ボーテ(東京都港区南麻布5-16-13グリーンコア広尾B1F)

【動画】尾崎隆司×メルセデス・ベンツ CLS シューティングブレーク

掲載しきれなかったインタビュー内容は、ぜひ動画でご覧ください!

【社長とクルマシリーズ】第3回はコチラ!

執筆者プロフィール
GOH
GOH
ファッションとクルマを得意ジャンルとする25才のフリーランス編集者/ライター。MOBY編集部在籍時はwebマーケティングから執筆、編集、取材ディレクションまで網羅的に担当した。現在はウェブメディアや雑誌など...

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