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なぜこの車は神聖視されるのか?トヨタが誇る「日本初のスーパーカー」に日本国民が“モーレツ”に憧れたその理由|トヨタ 2000GT【推し車】

走り始めていた「GT」だが

1964年4月に発売、日本車で初の「GT」を名乗ったクルマはこの「いすゞ ベレット1600GT」だった

それでは国産スポーツはどうだったか…というと、戦後いち早く量産スポーツを手掛けていたダットサン(日産)のダットサンスポーツ”フェアレディ”や、1963年に最後発で4輪へ新規参入したホンダの「S」(1965年当時だとS600)、トヨタスポーツ800があったくらい。

もっとも、ホンダSは半ば本田 宗一郎氏の趣味に近く、ホンダにとっての本命は1967年に登場する2台の軽自動車(N360とTN360)で、ダットサンスポーツも本命は北米などへの輸出です。

国内向けとしては、1964年4月には日本で初めて「GT」を名乗ったいすゞ ベレット1600GTが、同年5月にはプリンス スカイラインGTも登場しますが、いずれも当時のセダンらしい箱型ボディに高性能キャブレターつきエンジンを積むスポーツグレード止まり。

1964年の第2回日本グランプリでスカイラインGTがポルシェ904に破れたプリンスは、国産初のプロトタイプレーシングカー、「R380」を開発していましたが、市販車ではありません。

GTの語源である「Grand Touring(グランド・ツーリング)」にふさわしそうな、長距離を快適に高速移動できる豪華なクルマとなると、1965年4月に発売された日産の「シルビア」くらいで、これも姿形はともかくシャシーはフェアレディと同じくトラック由来です。

マツダのコスモスポーツ(1967年発売)も姿を現してはいましたが、ロータリーエンジンはまだモノになるのかわからない頃。

つまり2000GTが発表された1965年とは、日本の国民が次第に豊かになってきて、「ちょっと頑張れば、いいクルマが買えるぞ!」と思いつつも、「究極の憧れの的になりそうな国産車」が、まだ不在という時期でした。

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執筆者プロフィール
兵藤 忠彦
兵藤 忠彦
1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...

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