更新
この時は大して流行りもせず終わった《幻の車種》スズキ keiと軽SUVブームの先駆けたち【推し車】
目次
新規格移行初期にも多数登場した軽SUV
2014年にスズキ ハスラーがヒットして以来、軽SUV、あるいは軽クロスオーバーというジャンルは、N-BOXのようなスーパーハイトワゴンに続く軽自動車ブームの柱となりつつあります。
しかし1998年10月の軽自動車規格改正で、現在まで続く「新規格軽自動車」となった時にも、将来を占う意味で新たなカテゴリーを模索する動きがあって多数の新型車が登場。
余裕がなく初代プレオのドレスアップオプションでお茶を濁したスバル、まだ軽自動車参入直後だった日産を除く各社が軽SUVをラインナップしていました。
それらは結果的にほとんどが長続きせず、要するに「この時は大して流行りもせず終わった」わけですが、最初に登場したスズキのkeiが2009年まで地道に売られ続け、5年のブランクを経てハスラーへバトンをつないだ事になります。
今回はジムニーやパジェロミニ、テリオスキッドといったクロカン車以外で、「keiに始まる新規格軽自動車初期の軽SUV」を紹介しましょう。
スズキ kei(1998年)
1998年10月の軽自動車新規格移行と同時に登場、まだ「クロスオーバーSUV」という用語が一般的とはいえず、将来性も不透明という事もあってか、スズキとしてはどうとでも解釈可能な「全く新しいジャンルの軽乗用車」として発売します。
ただし同時発売がアルト、ワゴンR、ジムニーという面々で、スズキとしてもこれからの主力車種として相当な期待をかけていた事がわかり、最初は3ドアのみの設定だったのが1999年3月に5ドアを追加(後に3ドアは廃止)、時代に合わせた改良を受けました。
ただしその後はクロスオーバーというより、アルトワークス後継の軽ホットハッチ(keiスペシャル、keiスポーツ、keiワークス)へ発展、keiスポーツRによるワンメイクレース開催など、SUVとしての方向性はあきらめたようにも見えます。
2002年11月には冬の恒例となった特別仕様車「FISフリースタイルワールドカップリミテッド」の、スタンバイ4WD用VCU(ビスカスカップリング)を電子制御カップリングに換装、軽では珍しいトルクスプリット式4WDとなり、SUVらしい改良を受けました。
ただ、そのあたりからデビュー4年を経て古いイメージを払拭することなく、細々とした改良を受けるだけの状態が続きますが、結果的に約11年のロングセラーモデルとなって、他社の軽SUVが販売を終えた後の2009年まで販売されています。
ホンダ Z(2代目・1998年)
kei同様に1998年10月発売、ライフとともにホンダ軽の柱となるべく期待され、「UM-4」と称した斬新な4WDシステムを持つと説明されたものの、要するにアクティ系のアンダーフロアミッドシップへ乗用車風の上モノを載せただけ。
エンジンを縦置きにしてシビック用ミッションから前後へ駆動軸を出力した4WDシステムは新しかったものの、後にバモスのターボ車やアクティバンの4WD・AT車も同様の駆動系を組み込むと、「やっぱりそういう事だよね」となります。
ただしホイールベース2,360mmはアクティやバモスの2,420mmより短く、大径タイヤとサスペンションで高くなった最低地上高によりヒョコヒョコとした前後のピッチングが激しく、キャビン後退で重量バランスが後ろ寄りになってフロント荷重は不足気味。
筆者も一度借りて乗った事がありますが、雨の高速道路ではステアリングインフォメーションが曖昧、バモスやアクティと比較しても、運転していて気が抜けないクルマでした。
ミッドシップ乗りからすると「そういうもんだ」という事らしいのですが、特にスポーツ志向ではない実用車の軽SUVとしては一般受けしにくかったようで、某誌のユーザー評価ではかなり辛口の採点がついたのを覚えています。
しかし2002年8月販売終了と4年足らずの短命で終わったのは、後席ドアに当たる位置へミッドシップエンジンのインテークがあったためか5ドア化できず、最後まで3ドアだった事が致命的だったのかもしれません。
ダイハツ ネイキッド(1999年)
すぐ新規格モデルが登場した主力車種に1年ほど遅れて追加されたダイハツ ネイキッドは、ボルト止め部分がむき出して簡単に交換可能な外装パネル、半ばむき出しのドアヒンジなど、「あえての無骨感」を出したパイクカー的な軽SUV。
最低地上高も確保されてソコソコの悪路走破性もあり、一部に熱心なファンもいたので、育て方によっては後のハスラー以前に軽SUVのヒット作となる可能性を秘めていましたが、やはり軽自動車ブーム以前の軽SUVでは力不足だったのか、1代きりで終わりました。
熱心なファンの1人、テリー伊藤氏がプロデュースした特別仕様車「ネイキッド-@1(アットワン)」や、角目ヘッドライトで雰囲気を変えた「ネイキッドF」も追加されています。
マツダ ラピュタ(1999年)
1998年以降、軽自動車をスズキからのOEMへと全面的に切り替えたマツダもkeiのOEM供給を数ヶ月遅れで受け、「ラピュタ」として発売。
最初から5ドア車が設定されており、当初はターボエンジンのみのラインナップでしたが後に自然吸気エンジン車も追加、2000年には当時のマツダのデザインアイコンだった逆五角形グリルを採用するなど独自色を強めますが、keiより早く2006年に販売終了しました。
ダイハツ テリオスルキア(2002年)
FFベースのネイキッドのほか、FRベースでビルトインラダーフレーム、センターデフロック機構付きフルタイム4WDとやや本格的なライトデューティーSUVだった「テリオスキッド」の2本立てだったダイハツ軽SUV。
しかし2002年1月には両者の立場を入れ替えるようなモデル追加が試みられ、ネイキッドには角目でいかつくなったネイキッドF、テリオスキッドにはスペアタイヤを下ろしてFR車では最低地上高を下げ、スッキリした乗用車風の「テリオスルキア」が追加されました。
しかしスズキのジムニーLやジムニーJ2同様、元はクロカンというクルマが乗用車のフリをしても、本来の用途や設計思想と異なるがゆえの不自然さばかりが目立った印象で、熱心に拡販されたわけでもない実験車種だったのか、約1年ほどの短命で終わっています。
三菱 eKアクティブ(2004年)
スバル同様、軽SUVには参入しないのか、あるいはパジェロミニで十分と思ったのか新規格初期にライバルへ追従しなかった三菱ですが、2001年に発売したセミトールワゴンの初代eKではさまなざまな方向性を模索し、軽SUVの「eKアクティブ」も2004年に発売。
最後発だけあって、後に軽自動車に限らず増えた「既存車種の最低地上高アップと樹脂パーツ追加でのクロスオーバー化」でうまくツボを抑えたクルマで、現在のeKクロスやekスペース クロス/デリカミニの元祖に当たります。
方向性は間違っていなかったように思えるので、2代目eKワゴンへのモデルチェンジにも設定すれば、「史上初のスライドドアつき軽SUV」となって人気を得る可能性もありましたが、やはり時期尚早だったのか初代eKの派生車というのみでおわったのが残念です。
※この記事内で使用している画像の著作者情報は、公開日時点のものです。
【推し車シリーズ】まとめて読みたい人はコチラ!
メーカー別●●な車3選はコチラ
スポーツカーを中心にまとめた3選はコチラ
「ちょいワルオヤジに乗ってほしい車」などの特集はコチラ
- 執筆者プロフィール
- 兵藤 忠彦
- 1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...