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王者カローラを狼狽させた「赤いファミリア」など和製ゴルフを目指した車たち【推し車】

初代フォルクスワーゲン ゴルフが日本へ上陸した1975年、当初は全く注目されずに在庫の山だったそうですが、合理的かつ経済的、使い勝手も走りも良くて燃費がいいと次第に評価されると、1980年代には明確に「和製ゴルフ」を志向する国産車が出てきます。

より正確には、最初に和製ゴルフとして成功したマツダ ファミリアを見て、「これが正解だったのか!ウチでもファミリアを作ろう!」となったように思えますが、ともかく1980年代には「ゴルフみたいな国産車」がゾロゾロ出てきました。

マツダ ファミリア(5代目BD系・1980年)

王者カローラを狼狽させた「赤いファミリア」

マツダ ファミリアターボ スポルト・ヨーロッパ(5代目)

1970年代の国産車にも、ホンダのライフやシビックのハッチバック車、三菱 ミラージュ、ダイハツ シャレード(いずれも初代)など、優れたFF2BOXハッチバック車はありましたが、いずれもゴルフより小さいか、フラッシュサーフェス化以前のやや中途半端なデザイン。

「これぞ近代的な和製ゴルフ!」と最初に思えたクルマは「赤いファミリア」と呼ばれるほど赤が多く、サーフボードを載せたカタチばかりの「陸(おか)サーファー」御用達だった5代目ファミリアです。

よくできた足回りでカタログスペック以上によく走り燃費良好、実用性も高くて安い5代目ファミリアは、一時期カローラを上回る販売台数を記録するほどよく売れた結果、国産メーカー各社に「ファミリア(ゴルフ)みたいなクルマを作れ!」と、大号令がかかりました。

日産 サニーハッチバック(5代目B11系後期・1983年)

マイナーチェンジで「ウチでもファミリアを売ろう」とした典型的な例

日産 サニー3ドアハッチバック ターボ ルプリ(5代目B11後期)

5代目B11系サニーは歴代初のFF車として1981年にデビュー、当初3ドアは先代B310系のようにテールゲートが寝たハッチバックバッククーペでしたが、ファミリアのヒットを見て「時代が違う!」と気づいたのか、マイナーチェンジで3ドアハッチバックに変わります。

その変わり身に「ファミリアになりたかったサニー」とまで言われたものの、デザインはそこそこまとまっており、次のB12系ではさらに洗練されて4ドアセダンと差別化されていましたが、結局サニーのハッチバック車は2代限りで一旦オシマイ。

後にパルサーセリエの姉妹車でルキノハッチを売るまで、日産サニー店ではこの種のハッチバック車を売りませんでした。

トヨタ カローラFX(初代E80系・1984年)

ファミリアというより、ゴルフGTIやシビックSiの路線

トヨタ カローラFX GT(初代AE82)

1983年に5代目E80系が歴代初のFFとなった頃、ファミリアの成功は既に明らかで、1年後にFF2BOXハッチバック版のカローラFXを追加したのがカローラ。

何となく、こういう若々しく活発なイメージはトヨタオート店(現・ネッツ店)のスプリンター向きな気もしますが、トヨタとしては「カローラ」シリーズとして販売台数に上乗せした方が、販売ランキングトップの維持に役立つと思ったのかもしれません。

4ドアセダンともども1.6リッターDOHCの4A-GELUを積む「GT」グレードを設定、グループAレースではAE86とともにシビックを相手に戦っており、実用性というよりスポーティな性格が強く、ゴルフGTIやシビックSiに近いポジションでした。

ただしカローラFXもシビックやファミリアに比べ人気は今ひとつだったのか、3代目途中で国内廃止、カローラランクスで復帰後、オーリスから再び和製ゴルフを目指しています。

※この記事内で使用している画像の著作者情報は、公開日時点のものです。

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執筆者プロフィール
兵藤 忠彦
兵藤 忠彦
1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...
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