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昔の国産車における280馬力自主規制が撤廃された理由は?メーカーに聞いてみた

今の国産車は高性能モデルなら300、400馬力は当たり前、R35GT-R NISMOなど600馬力ものスーパーカー級スペックですが、かつては「280馬力(軽は64馬力)自主規制」というものが存在していました。

自工会(日本自動車工業会)の会員メーカーは車の最高出力を、(あくまで自主的に)280馬力へ抑えていたのです。

2004年に軽自動車以外は撤廃されましたが、馬力自主規制は、どのような理由があって行われていたのでしょうか?

上がり続ける馬力…その背景にあったもの

バブル期に誕生した4代目フェアレディZ。ツインターボモデルの最高出力は280PS。

1985年、当時の先進5カ国による「プラザ合意」で円高ドル安が始まりました。アメリカへ輸出していた「安くてよく走る日本車」は、「よく走るけど、高い車」となり、値段に見合った品質や性能、車格にしなければ、主要市場の北米で売れなくなったのです。

その結果、北米で上がった価格に見合う品質や性能が求められ、日本車の高性能化が進んでいきます。

幸い、1970年代の厳しい環境対策が一段落つき、1980年前後に登場した車の延長線上で高品質・高性能車を作れる下地はありました。

DOHCエンジンや、ターボチャージャーなど過給機を使って環境と高性能を両立するエンジンが実用化の段階に達し、北米で高価になりつつあった日本車へそれらを搭載する事で、価格と性能のバランスを取れるようになり、日本車の馬力はどんどん上がっていったのです。

安全への危惧で始まった馬力自主規制

馬力が上がった日本車でしたが、高性能化した車に見合った衝突安全、予防安全という技術が当時は未熟でした。自動ブレーキはもちろん、電子制御4輪ABSの標準装備化、衝撃吸収ボディの採用も1990年代後半からようやく始まった程度。

「非常事態宣言が出るほどの交通事故増加」も自主規制の理由としてあげられますが、車を安全に走らせる技術が欠けたままの、際限ない馬力競争に歯止めをかける必要が出てきました。

そしてついに1987年発売の初代スズキ アルトワークスを基準として、軽自動車64馬力自主規制が開始。そして、1989年に日産 Z32フェアレディZ、BNR32スカイラインGT-R、インフィニティQ45の国内販売モデルが全て最高出力280馬力で発売され、小型車/普通車も馬力自主規制がスタートします。

各自動車メーカーにとっての「馬力自主規制」とは?

三菱レグナム。1996年に誕生した、ギャランベースのステーションワゴンで、最高出力は280PS。

メーカーは具体的に何を「自主規制」していたのでしょう?

全てのメーカーから回答をいただいたわけではありませんが、「具体的に自主規制を行っていたのは、カタログに記載する馬力ですか?実馬力ですか?」と質問してみました。

日産とホンダは「カタログ馬力(国交省への届出値)です。」、三菱は「弊社の設計基準値に基づき開発した数値がカタログ馬力ですが、実馬力は個体差があります。」、スズキは、「解釈については定められている通りで、軽自動車は軽自動車規格や車種特性に合わせ決定しています。」という回答が得られました。

メーカーにより若干ニュアンスは異なりますが、いずれも似たような解釈のできる回答でした。

©caravia/stock.adobe.com

ちなみに、筆者がお世話になっているショップへ、280馬力や64馬力自主規制のノーマル車で、それ以上の数値が出た事はありますか?と聞いてみたところ、以下のような回答でした。

「メーカーのカタログスペックは、実車の吸排気系や補機類を装着したエンジンのフライホイールなどから計測してます。

我々がシャシーダイナモやダイナパックといった計測器で行う場合、実車のミッションや駆動系を経由してロスした分、絶対カタログより落ちるのでロス分を補正しますが、それで自主規制値を超えた超えないと言っても補正次第ですから、正直あまり信用できません。」

どうもショップでの計測自体、「チューニング前後でどう変わったか」はともかく、「ノーマルでの実馬力がカタログ通りかを確かめる手段」としては、向いていないようです。

すでに280馬力規制は撤廃、その理由は

4代目ホンダ レジェンド。カタログスペックが300PSと、自主規制値である280PSを上回った。

しかし、2004年に280馬力自主規制は撤廃され、同年10月にモデルチェンジした4代目ホンダ レジェンド(300馬力)から軽自動車以外の最高出力が自由化されました。

その背景には、大きく2つの理由が挙げられます。

ひとつは「規制などない海外メーカー車が年々最高出力を上げてくるのに対し、競争力が損なわれている」という理由。海外メーカー車に対抗した海外仕様と、自主規制で抑えた日本仕様の作り分けが、コスト面でもきびしくなったためです。

もうひとつは、自主規制開始当時から交通事故の件数が減った、という理由もありました。

2004年は既に国内各社とも衝撃吸収ボディ、各種エアバッグなど衝突安全性能、4輪電子制御ABSの採用や、今日の自動ブレーキの原型である予防安全性能の向上により、事故が減少傾向にありました。これは、各メーカーの技術的努力が実を結んだ結果でもあります。

日本を代表するスポーツカー・GT-R。2007年のデビュー当時から、最高出力は400PSをゆうに超えていた。

ただし、安全性向上のための各種装備、自主規制撤廃後の環境性能と動力性能の両立で、高性能車は簡単に買えない高額になってしまいました。

むしろ規制を存続してチューニング次第という方が、今でも安くてソコソコ高性能な車を買えたかもしれません(マツダ ロードスターや、スズキ スイフトスポーツは秀逸です)。

一方、今でも64馬力自主規制が続く軽自動車は、低回転からの太いトルク、効率のよいミッションで気持ちよく走らせる技術を変わらず磨いており、規制の中で各社が工夫を凝らすからこそ、軽自動車が売れているのかもしれません。

超小型モビリティ「トヨタ C+pod」

今後、軽登録ながら制限速度を60km/hに抑えたトヨタ C+podなど超小型車、サイズや速度以外に、出力も制限されるコムスのようなミニカー、あるいはもっと小さい車両など、超小型モビリティが増えてきます。

それら新時代の車が、様々な制約の中でライバルに差をつけるのにどんな工夫をしてくるのかと思うと、クルマという機械は何か規制されていた方が、案外面白いのかもしれません。

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執筆者プロフィール
兵藤 忠彦
兵藤 忠彦
1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...
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