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過去に救世主は3回現れた!ホンダの危機を救ったヒーロー(クルマ)たち【推し車】

自動車メーカーならどこでも直面する「これ以上は存亡の危機」という事態や、「このままでは将来がない」という危機感。

現在も実在し、オリジナルの自動車を生産し続けているメーカーには、そうした危機を救う救世主のようなクルマがあったものです。

今回はそんな救世主の中から、「ホンダの危機を救ったクルマ」を紹介します。

シビック(初代・1972年)

社運を賭けてホンダの全生産力を注いだ「普通のよいクルマ」

ホンダ シビック(初代)

1970年夏、スポーツカーS800の生産を終え、前年に発売した期待の新型車H1300(ホンダ 1300セダン/クーペ)は極度の販売不振にあえぎ、好調だった軽乗用車N360も消費者団体から欠陥性を指摘されて告訴されるなど、ホンダの四輪車事業はどん底にありました。

このままでは四輪車から撤退するしかないという危機の中、ホンダ開発陣の決断は「オヤジさん(創業者の故・本田 宗一郎 氏)が創りたいクルマじゃない、バランスの良い普通のクルマを作るべきだ」。

こうして生まれた初代シビックは大ヒットとなり、軽トラ以外の全生産ラインを集中して作りまくり、ホンダは創業以来最大の危機を脱したのです。

画期的なクリーンエンジンCVCCで有名な初代シビックですが、販売のピークはCVCC搭載車の発売以前で、小型軽量コンパクトで実用性に優れたクルマというコンセプトこそ、評価されるべきクルマでした。

初代オデッセイ(初代・1994年)

渋る営業部門を押し切った、信念のミニバン

ホンダ オデッセイ(初代)

初代シビック以来の好調で1980年代まで拡大を続けてきたホンダですが、1990年頃に本格化したRVブームに対しミニバンSUVもラインナップしておらず、SUVはローバーやいすゞからのOEM、ジープ・チェロキーの販売で間をつなぐとして、問題はミニバンです。

その頃に一度持ち上がったアメリカ向けミニバンの開発は一度中止されていたものの、アコードをベースに、工場への最低限の投資で生産可能な新型車として水面下で企画は継続していました。

販売現場が求めていたのはハイエースのような1BOXタイプのミニバンで、ホンダ社内でも「そんなクルマは即刻中止すべきだ」という反対意見が強かったものの、1994年10月に発売すると36ヶ月で販売台数は30万台以上を超え、初代シビック以上の大ヒット!

実現すれば世の中を変えるクルマになるという信念で押し切った結果、その後RV王国と呼ばれるホンダの礎となりました。

初代フィット(初代・2001年)

現在のホンダがかろうじて「N-BOX屋」を免れている原動力

ホンダ フィット(初代)

初代シティ(1981年)でハイルーフの「トールボーイスタイル」を流行させたホンダのコンパクトカーですが、2代目シティ(1986年)で自己否定するようなペッタンコのクラウチングスタイルを採用、走行性能は高かったものの実用車としては販売低迷という、大失敗。

ハイルーフに立ち戻り、低回転トルク一点張りの「ハーフスロットル高性能」をうたった後継車ロゴ(1996年)も、コンセプトが全く市場に受け入れられません。

そこで心機一転、センタータンクレイアウト採用で広い車内スペース、高い走行性能、低燃費、何よりかっこいいデザインで仕切り直した初代フィットがようやくヒットし、軽自動車とシビックの間を埋めるラインナップが完成。

その後も2022年現在の4代目まで派生車も含め販売は成功、あるいは堅調に推移し、ホンダが日本国内で軽自動車しか売れ筋のない「N-BOX屋」へ転落する危機を乗り切るクルマとなりました。

※この記事内で使用している画像の著作者情報は、公開日時点のものです。

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執筆者プロフィール
兵藤 忠彦
兵藤 忠彦
1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...
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