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「おやじさんが発端か?」ボンネットパワーバルジの謎《ホンダ S800》【推し車】

ホンダ4輪の原点、最終ステージへ

もちろんレースでも活躍したホンダS800。ホンダコレクションホールには1968年鈴鹿12時間レースGT-Iクラス優勝車のRSC(レース仕様車)も展示

ホンダが四輪車へ参入以来、軽トラックのT360とともに両輪を担ってきたオープンスポーツカー、「S」シリーズの最終発展形がS800で、1966年1月に発売されました。

S600の正常進化版として当初からクーペもラインナップし、レースではヨタハチ(トヨタスポーツ800)といい勝負になってしまう原因で、モアパワーが常に叫ばれていたエンジンは限界まで排気量を上げ、最高時速160kmに達して「100マイルカー」とも言われます。

しかし、S800の販売と並行して800cc化されたライトバンのL800(旧L700)とピックアップトラックのP800(旧P800)は実用車としてはマニアックすぎて短命、2ドアセダンのN800も発売されずに終わり、S800はそれ以上の発展がないまま、その役割を終えていきました。

同時期の日産 フェアレディと同様、パワフルなだけのラダーフレーム式スポーツカーは、1960年代で終わりを迎えたのです。

排気量アップは、これで終わりですからねッ!

「正面から見ると笑顔に見える」と言われるS800だが、フロントグリルの奥に収まるエンジンは限界まで排気量を上げた

幻の軽スポーツS360に代わり、ホンダの小型車販売実績を作るため大型化、排気量アップして発売したS500はいかにもパワー不足、さらに排気量を上げて高回転高出力化を極めたS600は好評でレースでも活躍したとはいえ、あまり一般向きとはいえません。

オープンスポーツなら、目を三角にして全開で走るだけでなく、ゆったりとしたクルージングで心を風に癒されたい時もあるが、S600では向かないという問題は、後にS2000(1999年発売)の前期型2リッターのAP1でも再燃、後期型2.2リッターのAP2を生みます。

S600の排気量を上げた1960年代ホンダSシリーズ最終進化系、S800には確かに排気量アップの恩恵があったようで、筆者がSシリーズで唯一実際にドライブしたS800の経験からは、「実用域から扱いやすく、吹け上がるとトルクもモリモリ立ち上がる」という印象。

これなら街乗りで使ってもキビキビ走り、ゆったりしたドライブも、レースでの活躍も思いのままだったろうな…と思いますが、ホンダの開発陣は苦労したようです。

「オヤジさん」ことカリスマ創業者の本田 宗一郎氏からの要求に対し、ボア・ストロークともに限界の60mm×70mmまで拡大したものの、「もうこれで最後ですからね?!」と、Sシリーズ用AS800EエンジンでAS系エンジンの限界を伝えるのも忘れませんでした。

もともと軽自動車用360cc直4エンジンだったのを791ccまでよく拡大したものだと思いますが、ボアピッチ(各シリンダー中心点の感覚)からボアアップには限界があり、既に十分ロングストローク化している以上、ストロークアップも限界なのは仕方ありません。

ボンネットパワーバルジの謎

S500/600にはないボンネットのパワーバルジは4連キャブ直上で、機械式インジェクションも収まるようにと言われていたが、ホンダ145でようやく実用化したものがS800に間に合うわけもなく…

S800の外観はS600からの相違点が少なく、フロントグリルの違いを覚えていないと遠目での判別は難しくなりますが、近づけばボンネットにぷっくり膨れたパワーバルジがS800最大の特徴です。

これはホンダ公式”「S」のメカニズム OBエンジニアに聞く”では「おやじさん(本田宗一郎)が、開発中の機械式インジェクションをつけろというからボンネットを膨らませた」という事になっており、SPORTS360/S500/S600/S800でもインジェクション用とされています。

しかし、実際にその膨らみをデザインした岩倉 信弥氏(現・多摩美大名誉教授)がコラム「千字薬」第6話「200ccの見せ方」で語ったところによると、設計部門からは「コストを抑えたいので外板はいじるな」とのお達し。

しかしデザイナーとしては強力なエンジンなんだし、グリルだけでなくボディにも何か…と思案していると本田 宗一郎氏が登場、「ボンネットに、何か特徴がいるねぇ」と言われてつけたのが、「4連キャブの真上あたりに、いかにも意味ありげな出っ張り」だそうです。

おかげで設計からは意味のない変更だと苦言を言われたらしく、どうも同じOBでもエンジニア氏の言い分とはだいぶかけ離れていますが、真実はどうだったのでしょう?

案外どちらも本当の事を言っていて、エンジニアにはつけろと言った機械式インジェクションが社内的に公にしていなかったので、デザイナーには「ボンネットに何か特徴がいる」という理由でパワーバルジをつけるよう、本田 宗一郎氏が一計を案じたのかもしれません。

一番何も聞かされていなかった車体設計部門が悲鳴を上げたのも、それなら何となくシックリきます。

機械式インジェクションは結局S800どころかホンダ1300(1969年発売)にも間に合わず、不評の1300を水冷エンジンに載せ替えたホンダ145(1972年発売)でようやく実用化されたものです。

1966年に発売されたS800の開発時点ではまだ影も形もなく、全てを知っていたのは本田 宗一郎氏ただひとりだったとしても、不思議ではないでしょう。

本当は必要なかったチェーンドライブから、ようやく脱却

狭そうに見えるコクピットだが意外と余裕があり、輸出車に大柄な人が乗っても平気だったという

ちなみにS800とS600の違いは、エンジンやパワーバルジ、フロントグリルのほかにも、発売4ヶ月後の1966年5月、S500以来のチェーンドライブから、一般的なシャフトドライブへと変更されたのも大きな違いです。

そもそもチェーンドライブの採用理由は「普通に左右後輪間へリアデフを置くとスペアタイヤを置くスペースがなかったから」。

車体底面中央近くまでプロペラシャフト駆動で車体に固定したリアデフへつなぎ、左右ドライブシャフト端から左右後輪へチェーンドライブとして、チェーンケースをトレーリングアーム代わりとした独立懸架という凝ったメカニズム。

しかし実のところ、そのエピソードはS360開発時の話で、ボディを拡大したS500の時点でシャフトドライブでもスペアタイヤのスペースは確保できましたが、とにかく発売が急がれたS500はそのままだったのです。

S800になっても踏襲されましたが、ホンダのアメリカ法人で販売店向けの講師を務めていたエンジニアがT360のリアデフ周りを取り寄せ、独自に改造したシャフトドライブ仕様が制式に採用されました。

こうして、ホンダが「ライブアクスル」と呼ぶ、4トレーリングリンク+パナールロッドでリジッドアクスルを吊るオーソドックスな車軸式懸架に改められたS800ライブアクスル版が誕生、チェーンドライブから置き換えられます。

発進時などチェーンが貼った時に「ピョコッ!」とリアが跳ねる独特の挙動は失われましたが、操縦安定性を考えれば正解だったのは間違いありません。

もっとも、トランク内の凹みに収容していたスペアタイヤはトランクの底、リアデフ後方で吊られることとなったため(ライトバンなどと同じ方法)、スペアタイヤの収納に関してだけいえば、チェーンドライブのままの方がスマートだったとは思います。

「最後のS」は輸出仕様の国内版S800M

ホンダコレクションホールに展示されているのは素の「S800」で、S800Mのように追加のリフレクターなどはなく、シンプルな造形のまま

ライブアクスルは輸出先の北米から要望されての実現でしたが、他にも北米仕様では車体四隅へのリフレクター配置、2系統化とフロントのディスク化で安全性を高めたブレーキ、15%ほど落としたステアリングレシオで操舵力低減と、操縦性をマイルドにしています。

スペックこそ変わらないもののエンジンにもだいぶ手が入り、ラジオ、ヒーターなど標準装備の充実で、スパルタンなピュアスポーツからマイルドなオープンカーへ、後のAP1型S2000からAP2型S2000への変更と同じような違いがありました。

それを日本国内でも「S800M」として1968年5月に発売、この時にクーペは廃止されてオープンモデルのみへと原点回帰し、これがS800最後のモデルとなって、1970年に生産を終えています。

FRオープンスポーツのS2000が発売されるまでの29年間、ホンダの「S」は長い眠りについたのです。

※この記事内で使用している画像の著作者情報は、公開日時点のものです。

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執筆者プロフィール
兵藤 忠彦
兵藤 忠彦
1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...

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