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「ワゴンもあ~る」の奇跡!軽自動車界に革命をもたらした名車・初代スズキ ワゴンR【推し車】

日本の軽自動車に「革命」を起こし、王座に君臨し続けた名車

スズキ歴史館でも「まさに歴史を作ったクルマ」として大きく扱われている初代ワゴンR

今や日本で一番売れてるのは軽自動車、それも軽スーパーハイトワゴンという背の高いハイト系が主流になって、ホンダ N-BOXをはじめ各メーカーの軽スーパーハイトワゴンが「代表選手」のごとく販売トップ争いを繰り広げています。

その流れを作る「革命」を起こしたのが1993年に発売された初代スズキ ワゴンRで、その後N-BOXにトップを譲るまで、長らく日本の軽自動車販売トップをひた走るクルマでもありました。

他にも似たようなジャンルのクルマはあったにも関わらず、なぜワゴンRは「革命」を起こせたのか?そして数あるワゴンRフォロワーをかわし、何代もトップを走れたのはなぜかを、初代ワゴンR初期型の写真を交えつつ振り返りたいと思います。

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本日の在庫数 8145台
平均価格 76万円
支払総額 7~190万円

初代ワゴンRに対し、「それ以前」は何が違ったのか?

商用車登録とはいえ、初代ワゴンR以前に「軽自動車初の成功した軽トールワゴン」になれたかもしれないホンダ ライフステップバンだったが、1974年にホンダが軽トラ以外の軽自動車から撤退したため2年足らずの販売で終わり、真価を発揮せず終わった。

ワゴンR以前の背が高い「軽乗用車ベースでハイト系の軽自動車」といえば、元祖と言えるのがホンダのライフステップバン(1972年)。

あくまで商用車でしたがFF低床ハイルーフ、着座位置や車内スペースなど使い勝手へのこだわり、レジャーまで想定したパッケージはまさに「20年以上早く実現していたワゴンR」でしたが、その真価が評価される間もなく軽トラ以外のホンダ軽撤退(1974年)で廃止。

続いては初代ダイハツ ミラ ウォークスルーバン(1984年)を皮切りに、スズキも含め各社が軽自動車枠の限界である全高2m近い超ハイルーフ&低床で立ったまま荷さばきが可能な貨物車を発売しますが、移動販売仕様のミラミチートまで作ったダイハツ以外は早期撤退。

1990年代には乗用登録グレードも存在する初代三菱 ミニカトッポ(1990年)、スズキ アルトハッスル(1991年)が登場しますが、アルトハッスルは不人気で短命に終わり、ミニカトッポも「革命を起こした」とまでは言えませんでした。

これらは短命に終わったのが惜しまれるライフステップバンを除けば、いずれも短命、あるいはヒットせずに終わっても仕方ないクルマです。

まずウォークスルーバンは貨物車へ特化しており、運転席以外は1名分の補助席がある程度で乗用車としての実用性は皆無。

アルトハッスルは前席後方のキャビンが極端にハイルーフ、ミニカトッポは前席頭上も含めたハイルーフのいずれも「フルゴネット」タイプで定員4人分の座席も確保されましたが、フロントマスクや着座位置はベース車と変わらず、ただの背の高いアルトやミニカです。

車内側の天井へ小物入れなど設置したものの、広くなった頭上スペースがスカスカで活かしきれているとはいえず、だからといって荷物を山積みにしてはウォークスルーバンや軽1BOX車と変わらず、貨物車としてならメリットがあるという程度に留まりました。

初代ワゴンRが革命を起こす原因となった、3つの奇跡

それら「ワゴンR以前」に対し、初代ワゴンRは以下のような奇跡に恵まれて大ヒット、軽自動車の売れ筋を一夜にして激変させ、その後2023年現在に至るまでの日本国内自動車販売実績に対し、軽自動車からコンパクトカーまで大きな影響を及ぼしています。

いずれも「ワゴンRが最初」と言い切れるものではありませんが、発売したタイミングで3つの要素全てを出し切った事が、「奇跡」と言いたい理由です。

1.ハイルーフを活かした高い着座位置で広い視界

インパネのデザインは今から見れば凡庸だが、高い着座位置からの広い視界が「革命」への最大の武器となった

ハイルーフ化は子供くらいなら車内で立てる、高さ方向にかさばる荷物を積みやすく、そうでない荷物も重ねて載せられますが、それだけではドライバーや同乗者にとってのメリットが乏しく、闇雲に高くしても重心だけ上がってあまり意味がありません。

そこで初代ワゴンRは着座位置を上げ、視界の広さ、乗降性の良さを追求するとともに、空いた座面下スペースには小物入れ兼用バケツが収納されるという「カユいところへ手がとどく使い勝手の良さ」までオマケしました。

2.バンがないワゴン専用ボディと専用デザイン

初期は黒バンパーなので商用の廉価グレードっぽく装飾も少ないが、これが街を走り出した時は「新時代の到来」を予感させたものだ

4ナンバーのバングレードを設けず5ナンバー乗用グレードのみ、デザインもベースのアルトから完全に切り離して分厚いフロントマスクに縦型ヘッドライト、スタイリッシュなリヤバンパー埋め込みテールランプ、ルーフレールまで完全専用デザインです。

これがスタイリッシュにも愛嬌があるようにも見えるバランスの取れたデザインでしたから男女や年代を問わず好評となりましたが、もしフロントマスクがアルトそのものな「アルトワゴンR」だったら、アルトハッスル同様に短命で終わったかもしれません。

実際、街を走る姿は従来の軽乗用車や軽貨物車とは一線を画した新しさがあり、ただ走っているのを見るだけで「おっアレがワゴンRってやつか!」と目立ったうえに、カッコ悪さとは無縁の存在感。

また、4ナンバー貨物登録の「ワゴンRバン」を設定しなかったため、スペース効率重視でも商用イメージから完全に切り離すという、スバル レガシィツーリングワゴンなどと同様の成功要因もありました。

3.「ZIP」改め「ワゴンもあ~る」と決まった車名

軽乗用車でありながらステーションワゴンじみた、しかも高さ方向では上回る積載能力で「何にでも使えるマルチプレイヤー」だった

発売直前までの予定車名は「ZIP(ジップ)」でしたが、ネガティブな意味も含む単語だとわかって再検討された結果、当時の鈴木 修社長(現・相談役)が見た時の「これは(軽の)ワゴンだね」という一言から、「ワゴンR」へと改名されました。

ワゴンRの「R」は革新や画期的を表すRevolution(レボリューション)、くつろぎや気晴らしを表すRelaxation(リラクゼーション)のR…ともっともらしい由来があるものの、実際は「(軽だけど)ワゴンもあ~る」という説もあり、後者の方が面白そうです。

ともあれ、もし「ZIP」という名前でデビューしていた場合、ユーザーによる「何買ったの?」「ZIP」「へぇ、どんなクルマ?」に始まる面倒な、そして結局本質を突かない説明が繰り返され、短期間で爆発的なヒットへ結びつかなかった可能性が高いと思われます。

何しろ当時はステーションワゴンブームにRVブーム、「ワゴン」やRV的な名前がついていれば何でも売れた時代ですから、「ワゴンもあ~る」とも「ワゴンのRV」とも受け取れる車名は、この新時代の乗り物が日本の自動車界へ革命を起こすのにもっとも役立ちました。

初代ワゴンRに弱点はなかったのか?

発売直後から日本における「自動車」の概念をひっくり返す「革命」を起こした初代ワゴンRですが、その初期には行き過ぎたデザイン重視で使い勝手に難があったり、そもそもスズキ車内でも売れると思われていなかったので、ラインナップ不足という問題はありました。

反論広告が完全に逆効果だった2+1の変則4ドア

確かに路駐時に後席右側乗員が飛び出す危険性は低いが、それ以外のシチュエーションだと後席右側ドアがないのは不便だった

一番の弱点は右側後席ドアのない2+1の「変則4ドア」で、2代目三菱 ミニカトッポ(1993年)でも採用されましたが、当然後席右側の乗員は左側からしか乗降できません。

これが問題になったのは1995年、初のワゴンRフォロワーである初代ダイハツ ムーヴが後席ドアを持つ5ドアで発売された時。

これにスズキは「後席右側ドアのないワゴンRならお子様も車道へ飛び出さず安心」とアピールしますが、その広告イラストでは後席右側ウィンドウにへばりついた子供が閉じ込められ、泣きそうな顔で助けを求めているようにしか見えず、完全に逆効果!

しかもスズキは翌1996年4月にシレッと5ドア車を追加設定、「やっぱりそれで正解だよね」と、2代目ホンダ ライフ(1997年)や、それ以降のワゴンRフォロワーは全て5ドア車で発売され、ワゴンR自体も2代目途中で5ドアオンリーになったのでした。

最初はSOHCエンジンだけの地味なラインナップ

フロントグリルへ追加されたような開口部は単にラジエーター用で、最初はターボDOHCもない地味なラインナップだった

初代ワゴンR初期のエンジンラインナップはSOHC3気筒12バルブ自然吸気のみで、1995年2月に追加されたのも、アルトワークスieなど廉価グレード向けのSOHC6バルブターボ。

新型のDOHCエンジンK6Aや、アルトワークスの上級グレード向けDOHCターボ版K6Aが搭載されるのはモデル末期の1997年4月で、「カスタム」系モデルの不在も含め、ライバルのダイハツ ムーヴへ大きく出遅れました。

ただし、初代ムーヴは既存車のフロアもそのままにワゴンR風の軽トールワゴンボディへ仕立てただけのクルマでしたから、ラインナップ不足が致命的な事態にはなっていません。

むしろベンチシート&コラムシフト化によるサイドウォークスルー化(ワゴンRコラム・1997年11月)など、ライバルに先んじたラインナップ拡大も行われています。

「近代軽自動車の原型」として代を重ねてもロングセラーへ

こうして後ろへ自転車を積んで出かけるのは今のハイト系軽自動車なら当たり前だが、当時のFF車でこうもスマートにやってのけた初代ワゴンRは、近代軽自動車の原型と言えるだろう

1993年の発売で「革命」を起こして以降、従来のコンパクトな背の低い軽ベーシックモデルや軽スペシャリティは、廉価版やクラシックモデルの設定でかろうじて命脈を保つ程度になり、主力の座を軽トールワゴンへと譲り渡しました。

また、ステーションワゴン同様、利便性が高い5ドア車が当たり前になっていき、3ドア車は急速に数を減らしていきます。

そして1998年10月に軽自動車が現行の「新規格」へ更新された際は、真っ先にモデルチェンジ、急造感が目立ったワゴンRフォロワーは本格的に「ワゴンRっぽいクルマ」へと変わっていきましたが、ワゴンRは定番車種として不動の販売No.1を継続。

その後ハイルーフのスーパーハイトワゴン、初代ダイハツ タント(2003年)が登場、後席両側スライドドアや絶妙なスペース効率、デザインで大ヒットした初代ホンダ N-BOX(2011年)登場まで軽自動車No.1を保持し続けた「ロングセラー」となったのです。

最近はスズキのラインナップ内でもスーパーハイトワゴンの「スペーシア」へ販売の主力を譲り、後席スライドドア車の「ワゴンRスマイル」などで新たな道を模索していますが、販売台数は落ち込んでも、そのネームバリューは今でも健在と言えるでしょう。

※この記事内で使用している画像の著作者情報は、公開日時点のものです。

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執筆者プロフィール
兵藤 忠彦
兵藤 忠彦
1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...

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