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報われなかった「挑戦車」たち~「西暦2000年の超小型BEV」日産 ハイパーミニ
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「400万円の軽自動車」は確かに超高価ではあったが
発売に先立つ1999年9月、横浜みなとみらい21の「都心レンタカーシステム」にレンタカーとして、神奈川県海老名市の「海老名プロジェクト」ではカーシェアによるパーク&ライド(公共交通機関の駅まで自家用車利用)という、2つの社会実験への参加を発表。
これだけでも「2010年代に盛んだった、超小型モビリティ実証実験をそんな早くから?!」と驚きですが、2000年2月には市販してしまったのですから、さらに驚きです。
ハイパーミニ市販版は全長2,665mm、全幅1,475mmと、2024年8月で販売終了したトヨタ C+pod(全長2,490mm、全幅1,290mm)と比較すれば、軽自動車規格に合わせたので一回り大きいものの、現在の「超小型モビリティ(型式指定車)」規格に近いサイズ。
容量90Ahのバッテリーを床下に4つ搭載して総電力量はサクラ(20kWh)の半分以下である8.1kWhながら10・15モード航続距離は115km…現在のWLTCモード換算なら約73kmとささやかなものでした。
ただし最高出力24kw(33ps)/最大トルク130N・m(13.3kgm・m)はC+pod(9.2kW/56N・m)より格段にパワフルで最高速度も100kmと、航続距離を考えれば遠出は無理なものの、高速道路での移動すら可能であり、アルミの軽量フレームで車重840kgには十分です。
充電も200V普通充電で空から満充電まで4時間ですから、実用上はちょっと走って短時間の普通充電でも、短距離用なら問題なかったでしょう。
足回りも、発売当時の自動車メディアでは「(スカイライン)GT-Rのエンジニアが関わった」というストラット式四輪独立懸架で走りにもこだわりがあり、「単に安い電気で走るだけのクルマ」に収まらないという情熱を感じさせます。
問題は400万円(固定式充電器込み)/401.5万円(キャスターつき充電器込み)と、当時既に存在したものの、現在ほど手厚くなかったCEV補助金こみでもかなり高価なことでしたが、一般向けに量産車というより法人向けの実験販売ですから、当時はそんなものです。
それより、「航続距離こそ短いマイクロEVながら、先進的なリチウムイオンバッテリーを積み、本気で走れるクルマを少数でも一般販売した」というところが、ハイパーミニの常識破りなところでした。
市場参入をド派手に彩るはずが…「ああ!またホンダにやられた!」ダイハツ 初代フェロー
- 執筆者プロフィール
- 兵藤 忠彦
- 1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...