MOBY(モビー)自動車はおもしろい!

MOBY[モビー] > モータースポーツ > 伝説のF1レーサー アイルトン・セナとは|事故の真相や死因・名言からセナ足についても
モータースポーツ

更新

伝説のF1レーサー アイルトン・セナとは|事故の真相や死因・名言からセナ足についても

天才F1レーサー「アイルトン・セナ」の生涯(1960年~1994年)

アイルトン・セナの生い立ち

マクラーレンホンダV10エンジン
パイロット、アイルトン・セナ pic.twitter.com/Q90EjC89ek— ウメちゃん。ABSラジオリスナー (@november62161) 2017年2月24日

アイルトン・セナ・ダ・シルバ(Ayrton Senna da Silva)は、1960年ブラジル・サンパウロで農場や整備工場を営む家庭の長男として誕生しました。

家庭は裕福で、4歳の時には、父お手製のカートがプレゼントされるなど、幼少期から車に触れる機会に恵まれていたようです。
8歳の時には、父のジープをいとも簡単に運転してしまうなど、天性のカーセンスを感じさせる逸話が残っています。

子どものカーセンスが伸びるかも!?車のおもちゃを紹介!

【年齢別】車のおもちゃおすすめランキング|電動車などの乗り物系が人気?

トミカの人気おもちゃ百科|新車から改造トミカ、ディズニートミカまでご紹介

レカロ【RECARO】のチャイルドシートとベビーカーを紹介|子供もレース仕様に喜ぶ!?

アイルトン・セナ「カートレース・ジュニアフォーミュラー時代」

#Metaverse covers #Formula1 : Senna Formula Ford 1600 – 1981 #ayrton#ayrtonsenna#senna#spe… https://t.co/41aOv0I5uT pic.twitter.com/nb9AlIuJ9Y— PokerGene™ (@PokerGeneX) 2016年5月27日

アイルトン・セナの車への情熱はその後も輝きを増し、13歳からはカートレースの虜となります。
17歳では、南米カート選手権のチャンピョンに登りつめ、次なるステップを見据えイギリスへと渡る決意を固めます。
アイルトン・セナ21歳の時には、フォーミュラーフォード1600に参戦し、ここでも非凡な才能を発揮させ優勝を果たしました。
この後、家族の反対で、一時ブラジルに帰国しますが、レースへの情熱が捨てきれず、再度イギリスへ戻ることとなります。
そして、22歳でフォーミュラーフォード2000へ参戦し、ここでもチャンピョンの座を射止めることとなりました。

アイルトン・セナ「F3時代」

On this day in 1982, Ayrton Senna won on his F3 debut. pic.twitter.com/c98GbsbARf— WTF1 (@wtf1official) 2014年11月11日

23歳になったアイルトン・セナは、F1への登竜門となるF3に参戦します。
誰もが皆、F1へのステップとしてしのぎを削るこの階級で、アイルトン・セナは開幕から9連勝を果たします。
初めてF3参戦したその年は、なんと20戦中12勝、年間チャンピョンの栄光を手に入れました。

数ある有望ドライバーの中でも、その才能は抜きんでていて、F3在籍一年で、カーレースの最高峰F1へと駆け抜けていくのです。

ロードレースやラリーやGPとは?モータースポーツの種類と違いを徹底解説!

アイルトン・セナ「F1・トールマン時代」

Ayrton Senna – Toleman Hart pic.twitter.com/KAusrT0vBz— Formula1 Geek (@FormulaOneGeek) 2017年2月19日

24歳で、レースに関わる誰もが夢とするF1に参戦したアイルトン・セナ、数あるオファーの中から彼が選択したチームは、決して有力ではなかった「トールマン」でした。
誰もが意外に感じたこのトールマン入りは、当時アイルトン・セナ獲得の最有力とされた「ブラバム」のファースト・ドライバー「ネルソン・ピケ」がセナ入りを嫌がったことが原因とされています。
トールマンでは、非力マシーンにも関わらず、雨のモナコGPで、後の永遠のライバル「アラン・プロスト」を一周毎に追い詰める激走を見せました。

アイルトン・セナ「F1・ロータス時代」

Ayrton Senna – Lotus Honda 1987 pic.twitter.com/vTqKnJzmEw— Ayrton & Bruno Senna (@AyrtonBruno12) 2017年3月1日

25歳となったアイルトン・セナは、F1の名門チーム「ロータス」入りを果たします。
ロータスでは、2戦目のポルトガルGPで、自身初となるPP(ポールポジション)をつかみ、優勝を獲得します。

激しい雨というコンディションの中、3位以下を全て周回遅れとしたこのポルトガルGPの激走で、彼は「レイン・マスター」という称号を不動のものとするのです。

また、27歳の時には、ロータスのエンジンが念願の「ホンダ・エンジン」となり、「中嶋悟」がチームメイトとなりました。
日本GPでは、2位フィニッシュを果たし、ホンダ・エンジンに初となる母国での表彰台という栄誉をもたらしたのです。

アイルトン・セナ「F1・マクラーレン時代」

Monaco 92 : Ayrton Senna
You can feel the speed @ayrtonsenna @McLarenF1 pic.twitter.com/JQvLumOmHA— ZivKnollF1 (@zivknoll) 2017年2月5日

28歳で、マクラーレンに移籍したアイルトン・セナは、因縁のライバル「アラン・プロスト」とチームメイトとなります。
赤と白ツートンカラーのシャーシには、ホンダ・エンジンが搭載され、当時の日本のF1ファンの間では、日の丸カラーのシャーシで、アイルトン・セナが奏でるホンダ・サウンドが聞けると、感動を呼んだものです。

しかし、天才ドライバー2人のライバル対決は熾烈をきわめ、2人の成績よりも深刻化していきます。
ついにプロストはフェラーリに移籍し、アイルトン・セナは2年連続チャンピョンに輝くこととなりました。

また、31歳では、それまで一度も達成できずにいた母国ブラジルGPで初優勝を果たし、ゴールした後号泣したアイルトン・セナの姿は、ファンの人々に感動をもたらしました。

アイルトン・セナ「F1・ウィリアムズ時代」

Ayrton Senna – Williams Renault 1994 – Pacific pic.twitter.com/4NuPafZewR— Ayrton & Bruno Senna (@AyrtonBruno12) 2017年2月28日

F1が、よりいっそうハイテク化の波にさらされ、本田総一郎氏の死去に伴いホンダがF1撤退を発表する中、34歳のアイルトン・セナはウィリアムズに移籍します。
当初、これでアイルトン・セナの常勝は決定的だと評されますが、あまりのハイテク化に歯止めがかけられるルール変更が実施され、アイルトン・セナの前には暗雲が立ち込めます。

ルール変更は、前年のF1覇者ウィリアムズのマシン設定を不安定なものとしてしまい、アイルトン・セナは、開幕から2戦とも途中リタイアとなってしまうのです。
そして、運命の第3戦サンマリノGP、レース途中でアイルトン・セナは突然ファンの前から姿を消してしまいました。

アイルトン・セナの最大の武器「セナ足」とは?

Ayrton Senna – McLaren Honda 1988 pic.twitter.com/IJkfm9gcsq— AutoSports Art (@AutoSportsArt) 2017年3月1日

現在のF1レースで使用される車は、最先端の電子デバイスが搭載され、ドライバーがアクセルを踏みすぎてもホイルスピンにつながらないように自動制御してくれるTCS(トラクション・コントロール)が許されています。

しかし、アイルトン・セナがF1に参戦していた1980年後半から1990年には、TCSは許可されておらず、アクセルのコントロールは、ドライバー自らが足でコントロールする必要がありました。
アイルトン・セナは、この足さばきがまさに神がかっていて、グリップだけでなく、細かくアクセルを足でオン・オフすることで、コーナリングのエンジン回数を保ったり、車の向きを保ったり、トルク落ちを防いだりすることができたのです。

いつしか、このアイルトン・セナにしか行うことができない足さばきは、「セナ足」と呼ばれ、「レインマスター」「音速の貴公子」とともに、天才F1カーレーサー「アイルトン・セナ」への称号となっていったのです。

車のドライビングテクニックに関連するおすすめの記事

ケンブロック動画7選|世界最高級のドリフト&ドライビングテクニックを見よ

1380馬力の日産GT-Rがギネス世界記録!300km/h超の高速ドリフトを披露【動画】

アイルトン・セナの事故と死因の真相

Un video inédito sobre la muerte de Ayrton Senna conmueve a la Fórmula 1 https://t.co/jjWKiRSd7C pic.twitter.com/gmsF0rBckt— MÁS Deportes (@MASdeportesLA) 2017年2月21日

事故の真相で有力視されているのは?

現在に到るまで、事故の真相・原因は確定されておらず、短すぎるアイルトン・セナの生涯とも相まって、諸説が語られます。
その中でも一番有力だと言われているのは、ステアリング・シャフトのトラブルによるものだというものです。

事故当時、アイルトン・セナが乗っていた「ウィリアムズFW16」は、FW14を母体としたマシンでした。
FW14は、その当時のウィリアムズのファースト・ドライバー「ナイジェル・マンセル」に合わせ作られていたのです。

アイルトン・セナのスタイルに作り替え?

ナイジェル・マンセルは、F1ドライバーの中でもパワフルなドライビングが特徴で、ステアリングには非常に小さいものを好んで使用していました。
ウィリアムズFW16のモノコックの設計も、これを引き継ぐ形で行われていたのです。
しかし、アイルトン・セナは逆に、ステアリングには大きいものを好んでいたため、FW16に望むものを付けると、ステアリングの位置を下にずらさなければなりません。

ずらすと、今度は、アイルトン・セナの膝がステアリング・シャフトに当たってしまう不都合が生じます。
そこで、シャフトを切断し、膝が当たってしまう部分のみ細いパイプを通し、元のシャフトと溶接する方法がとられたのです。

幾重にも重なった事故の原因

当日のサンマリノGPは、最初の事故の影響で、セーフティーカーが導入されていて、路面は事故車両の破片が残っており、非常に危険なコンディションとなっていました。
しかし、それ以前の2戦ともリタイア続きだったアイルトン・セナは、その2戦とも優勝をさらったミハエル・シューマッハの前を危険を顧みず走行し、超高速コーナー「タンブレロ」にさしかかります。

バンピーな路面、超高速コーナー、そして作り変えられたステアリング・シャフト、原因が幾つも重なった結果、ステアリング・シャフトは折れ、走行不可能となります。
アイルトン・セナは、必死にシフトダウンしようとしますが、間に合わず、無残にも車はコンクリートウォールに激突してしまいました。

アイルトン・セナの死因

サンマリノGPが開催された「イモラ・サーキット」のコンクリートウォールに激突したアイルトン・セナの死因は、右フロントホイールが衝撃で頭部を直撃した結果だと言われています。
すぐさま、ドクターヘリでマジョーレ病院と運ばれますが、脳死状態となり、レースから約4時間後に残念ながら、この世から去ってしまいました。
孤高の天才F1カーレーサー「アイルトン・セナ」享年34歳の突然の不幸は、全世界に報じられ、世界中のファンが悲しみにくれたのです。

アイルトン・セナが残した名言とは?

Pense e Reflita – Chegar Lá – Ayrton Senna https://t.co/C1pRAoU5m3 pic.twitter.com/gwlsKHxuIa— eduardo donizete (@eduardod2) 2017年2月26日

アイルトン・セナの名言【その1】

重要なのは、勝つこと。
それ以外は、全て結果でしかない。

アイルトン・セナの名言【その2】

パフォーマンス、コミットメント、努力、渾身さに関しては中間なんて存在しない。
やり遂げるか、やらないかのどちらかだけだ。

アイルトン・セナの名言【その3】

もし、何かで大成功したかったら、完全に専念し、自分の限界を追求し、ベストを尽くさないといけない。

アイルトン・セナの名言【その4】

あなたが誰であろうとも、どんなに地位が低かろうとも、常に全力で、渾身的に取り組み、全てに愛を込め、神への感謝の心を持てば、いつかはきっと、たどり着けるから。

アイルトン・セナの名言【その5】

もし、死が自分をこの世から連れ去ろうとするなら、カーブの途中で力の限りに連れ去って欲しい。

音速で逝ってしまった天才「アイルトン・セナ」

アイルトン・セナは、地位も名誉もお金も手に入れた天才でありながら、いつもその表情は憂いを含んで、少し哀しげに見えました。
34歳という若さで、まさに人生を音速で駆け抜けるように逝ってしまってから、早いもので20年あまりが過ぎてしまいました。

今では、諍(いさか)いや争いのない世界で、早世の天才F1カーレーサー「アイルトン・セナ」は、憧れだったホンダ・オーナー「本田宗一郎」氏とゆっくりエンジン談義をしているのかも知れません。

本田宗一郎からのホンダ69年史を2分間で振り返るパラパラ漫画が素敵すぎ

F1レースに関連するおすすめの動画

非公開: IGMからゴードン・マレー第1号スーパーカーが発売決定!スペックや価格は?

【フェリペマッサの事故後の復帰は?】歴代記録や年収&愛車なども

夢の最速サーキットレース「F1マシンvsスーパーカーvsバイク」 勝ったのは…!?

おすすめレーサーの愛車記事まとめ!

ミハエルシューマッハ、ハミルトン、アロンソなど…F1レーサーの愛車まとめ!

伝説のプロレーサー脇阪寿一さんの愛車とは?【芸能人の愛車】

元F1レーサー鈴木亜久里の愛車は?借金地獄を生き抜いた相棒は【芸能人の愛車】

レースに関連するおすすめの記事

マン島TTとは?事故・死亡者続出の世界一危険なレースの歴史と各記録をご紹介

ニュルブルクリンク24時間耐久レースとは?概要と各世界最速記録をご紹介

この記事の執筆者
MOBY編集部

関連キーワード