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誰もが気になる魅惑のキャッチコピー「Hip up coupe」三菱初のDOHC搭載車 コルトギャランGTO【推し車】

1970年代に三菱で突然咲き誇った遅咲きの花

トヨタ博物館に展示されている、コルトギャランGTO MR

今でこそ実質的に日産傘下で車種もかなり整理された三菱ですが、かつてはバス・トラックから軽自動車まで扱うフルラインナップメーカーであり、1990年代のRVブームでは「パジェロ」をはじめクロカン4WDの大ヒットなどで存在感を示しました。

もっとも、四輪車メーカーとしては戦後参入の後発組だったので最初から順風満帆ではなかった…どころか、初期の三菱500から「コルト」シリーズまでは野暮ったくて明るいイメージが乏しいメーカーだったものの、1970年代に遅咲きの花を咲かせます。

それが1969年12月発売のコルトギャラン(初代ギャラン)と、その基本コンポーネンツを流用して翌1970年10月に発売されたスペシャリティカー、コルトギャランGTOです。

初代セリカと同期のスペシャリティ・クーペ

スマートなセリカより猛々しくゴツいフロントマスクが三菱らしい

初代トヨタ カローラ、初代日産 サニー、スバル1000が発売された1966年を「マイカー元年」とするなら、1970年はさしずめ「スペシャリティカー元年」とでも言うべきで、この年に揃って発売されたのが初代トヨタ セリカと、このコルトギャランGTOです。

三菱500からコルト1200/1500やコルト11Fに至る三菱初期の小型車はハッキリ言えば鈍臭くて華がないデザインで、何が特別悪いとも言えない水準には達していたものの、何か特別いいところがあってよく売れる、というクルマでもありませんでした。

むしろこの時期、よく4輪車メーカーとして普通に存続していたなと思うほどですが、戦後参入したオート3輪以来の軽自動車やトラック、バスメーカーとしては存在感があったので、あるいは乗用車メーカーとしての危機感は薄かったのかもしれません。

しかしマイカー時代に乗り遅れているのが明らかになると、そんな事も言えなくなったのか一念発起、コルトの名は残しつつ、ガラリとイメージを変えてスポーティでかっこいいコルトギャラン(初代ギャラン)を1969年12月に発売。

これがウケて三菱悲願の大ヒット車となりますが、もっとすごかったのは時代をしっかり読んで、コルトギャランベースのスペシャリティカーを作っていたことです。

「乗用車とベースを同じくするスペシャリティクーペの元祖」としては、既にいすゞ 117クーペも存在しましたがあまりに高価で、安くスポーツカールックのクルマを買えて、ベース車の素性自体では実際にスポーツカーとしても大活躍というコンセプトに合いません。

その点、初代セリカともどもコルトギャランGTOは飛び抜けて高価というわけでもなく、一代限りとはいえ約7年半もの間、販売されました。

アメリカンマッスルカー的な「Hip up coupe」

ボンネットのインテークはダミーだが、タダモノではない感を漂わせるのが好きな三菱、というのもこの頃から

フォード マスタングに範を取ったセリカがスマートでいかにも俊敏そうなイメージに対し、分厚くゴツゴツとしたフロントマスク、直4エンジン搭載車の割にロングノーズで、ショートデッキではなく広くて居住性が良さそうなキャビンのファストバッククーペ。

フロントマスクの上部が突き出た逆スラントノーズは6代目ギャラン(1987年発売)以降、最後のギャランフォルティス(実質最終ランサーですが)まで受け継がれた伝統の元祖です。

ボンネット上で存在感を放つ大型エアスクープはダミーとはいえ、「実はこの下には特別なV8エンジンがスーパーチャージャーつきで…」などと言われても似合いそうな雰囲気で、こうした雰囲気派ダミーデザインは後のGTO(1990年発売)に通じるものがあります。

サイドウィンドウはBピラーレスで前後とも全開可能なハードトップ、その後方には内気を抜くエアアウトレットが配され、斜め後方視界はあまりよくなさそうですが、当時のスポーツカーはあまりそのへん気にしないクルマが多いです。

独立トランクを備えたテールは後端がピョコッと上がったダックテールで、三菱ではこれを日本初のダックテール車として「Hip up coupe(ヒップアップクーペ)」のキャッチコピーで売り出しました。

三菱初のDOHCエンジン市販車「MR」

まだエアロパーツなどで自己主張が難しかった時代、フロントフェンダーの「MR」エンブレムは貴重なワンポイント

コルトギャランGTOの発売から2ヶ月遅れで、市販に向けたテストが長引いていた「MR」グレードを追加します。

これは三菱の市販車としては初のDOHCエンジンを搭載しており、初期コンセプト段階ではフォーミュラマシン「コルトフォーミュラF-2D」用エンジンを積む事も検討されましたが、コストの問題もあって断念。

代わって、通常モデル用SOHC4気筒エンジン「サターン」の1.6リッター版G32BにDOHCヘッドを載せ、2基のソレックスツインキャブと組み合わせてSOHC版SUツインキャブ仕様110馬力に対し、125馬力を発揮しました。

ライバルのセリカ1600GT用2T-G・115馬力よりパワフルですが、カリーナやレビン/トレノなど複数車種へ展開した2T-Gと違い、GTO MR用だったDOHC版G32Bでは車両価格が上がってしまい、わずか835台とも言われる少数生産で終わってしまいます。

コルトギャランGTO自体はそれなりに人気が出て発売当初はヒットしましたが、イメージリーダーたるMRが販売不振のまま、排ガス規制により2年足らずで廃止されてしまったのは惜しい事です。

なお、MRが生産中止された1972年の東京モーターショーでは、レーシングエンジン由来らしき2リッター直4DOHC・ソレックスツインキャブで180馬力とされるエンジンを積んだ、「ギャランGTO R73-X」も公開されています。

しかし、排ガス規制をクリアする気なら電子制御インジェクション化は必須だと考えると、本気で市販するつもりだったかは疑わしいと思うのですが…。

むしろDOHC版G32Bのままで電子制御インジェクション化、触媒も加えて排ガス規制をクリアし、初代ランサー(1973年発売)にも搭載していれば、約20年早く「ランサーエボリューション」が実現していたかもしれません。

実際にはその後の三菱はターボ路線に転じ、DOHCエンジン車が復活するのは1980年代に入ってからとなります。

三菱らしく「弟分」も生まれた

ダックテールやゴツゴツしたテールランプもアメ車風だ

MR廃止と前後して1.7リッター化した17Xシリーズへ以降、最終的に2リッターまで排気量拡大したコルトギャランGTOですが、このあたりの流れは同時代の他車種が、厳しい排ガス規制への対策でパワーダウンした分を排気量アップで補ったのと変わりません。

それより「やはり三菱らしい」と思わせるのは弟分の存在で、1971年には1.4~1.6リッター級の弟分「ギャランクーペFTO」と、末の弟と言える360cc軽スペシャリティクーペの「ミニカスキッパー」まで発売。

後にパジェロの大ヒットで勢いづき、パジェロJr/パジェロイオや、パジェロミニを生んだのと同じことを1970年代にもやっていたわけで、2023年5月発売予定の「デリカミニ」といい、「三菱は昔も今もそういうのがお好き」なようです。

※この記事内で使用している画像の著作者情報は、公開日時点のものです。

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執筆者プロフィール
兵藤 忠彦
兵藤 忠彦
1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...

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