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ル・マン制覇の偉業から数年後に再び脚光を浴び、国民的な名車となったロータリーレーサー、マツダ787B【推し車】

第2回日本GPから本格的となったマツダのモータースポーツ

1964年の第2回日本グランプリへフルチューンのキャロルを持ち込んだマツダは、そこから国内外のさまざまなレースやラリーなどで活躍していった

2024年現在では「スポーツ性も高いプレミアムブランド」という雰囲気が濃いマツダですが、自動車メーカーとしての始まりは商用車がメインで、オート三輪の名門として戦前からダイハツと並び立つ存在でした。

戦後も需要の主力はトラックなど商用車、それにタクシーといったところですから、マツダもオート3輪のタクシー版なども作りつつトラック中心で復興していきますが、1960年に軽乗用車の「R360クーペ」でいよいよ4輪乗用車へ参入。

1962年には当初2ドア、すぐに4ドアも追加した軽乗用車「キャロル」(初代)を発売し、スバル360のシェアを奪う大ヒットとなりました。

1963年に鈴鹿サーキットで開催された「第1回日本グランプリ」にキャロルは出場せず、R360クーペが数台のみで結果は振るわなかったものの、翌1964年には5台のキャロルが出場。

ワークス体制でキャロルにフルチューンを施し、後にロータリー軍団を率いてスカイラインGT-Rを撃破、ル・マンでも1990年まで活躍したエース・片山 義美を起用して、スバル360とスズライト・フロンテのトップ争いに割って入る大活躍でした(結果は4位)。

“魂動”や“SKYACTIV”でもないマツダの大発明!「日本語になった車」マツダ ボンゴ

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