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メルセデス・マイバッハ

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【メルセデス・マイバッハ】ベンツとの違いや価格・歴史から所有する芸能人まで

マイバッハの歴史

マイバッハの歴史は古く、数々の紆余曲折を経ています。

始まりは1900年初頭のドイツで、エンジン製造会社としてスタート。その後手掛けたエンジンは車だけにとどまらず、飛行船や鉄道にまで至ります。

マイバッハの波乱に満ちた歴史とはどのようなものなのでしょうか。

マイバッハの創立 【1909年】

マイバッハ エンブレム
targut CC BY 2.0
出典 : https://www.flickr.com/

ダイムラー社の創設者であるゴットリープ・ダイムラーに見出され、優れたエンジニアとして同社で働いていたヴィルヘルム・マイバッハ。1900年のダイムラーの死去ののち、彼は1907年にダイムラー社を退職します。

そして1909年、ヴィルヘルム・マイバッハは息子であるカール・マイバッハとともに、自らのエンジン製造会社「マイバッハ社」を創立します。優れたエンジニアであった彼は「飛行船ツェッペリン号」に搭載のV型12気筒エンジンを設計し、その名は一躍世間に知れ渡ることとなりました。

高級車の販売と設計 【1920~1930年代】

マイバッハ ツェッペリン DS8
nakhon100 CC BY 2.0
出典 : https://www.flickr.com/

それまでエンジン製造だけを手掛けていたマイバッハ社でしたが、1920年代に入るとその範囲を車の製造にまで拡大します。

マイバッハ社が製造する車はどれも高級車と呼ばれるもので、高い技術力、贅を尽くしたデザインで高水準のクラフトマンシップを実現し、「自動車の芸術作品」と呼ばれるほどのものでした。

当時の代表モデルとされる「マイバッハ ツェッペリン」の価格は、36,000RM(ライヒスマルク)となり、この価格は最上級車と言われた「グローサー メルセデス 770」の41,000RMにせまるほどの高級車でした。

高級車「マイバッハ」の復活 【1997年】

メルセデスベンツ マイバッハ 1997

息子 カール・マイバッハの引退後は当時のダイムラー・ベンツの傘下となっていたマイバッハでしたが、1997年東京モーターショーにおいて、ベンツSクラスをベースとした「メルセデス・ベンツ・マイバッハ」という名のコンセプトカーを発表。「マイバッハ」の復活が果たされました。

ダイムラー傘下で「マイバッハ」ブランド復活モデルを発売 【2002年】

マイバッハ 62 2002年モデル

コンセプトカー「メルセデス・ベンツ・マイバッハ」の発表は話題を呼び、2002年ついにダイムラー傘下で「マイバッハ」ブランドを新設、復活モデルが発売されることとなりました。

発売モデルは「マイバッハ 57」「マイバッハ 62」。モデル名は車両の全長からとられたもので、装備類はオーダーメイド、内装にはオプションで大理石を選択できるなど、贅を尽くした車に仕上げられています。

2005年には「マイバッハ 57S」「マイバッハ 62S」を発表。さらに2006年には「マイバッハ エクセレロ」コンセプトを、2007年には「マイバッハ 62ランドレー」を発表するなど、次々とマイバッハらしい高級車を生み出します。

ダイムラー マイバッハブランドを廃止 【2012年】

約10年にわたり、究極の高級車とも言えるモデルを販売してきた「マイバッハ」ブランドでしたが、利益の面では思うように伸びず、ついにダイムラーは「マイバッハ」ブランドの廃止を決定。

これでマイバッハの歴史にも終止符が打たれると、世界のセレブリティから惜しむ声が上がったのです。

「メルセデス・マイバッハ」で復活 【2014年】

メルセデス・マイバッハ 2014年ワールドプレミア

マイバッハの販売終了を惜しむ声が広がる中、2014年ダイムラー社は「メルセデス・マイバッハ」という名のサブブランドとして「マイバッハ」の復活を発表しました。

現行モデル「マイバッハ S560」「S560 4MATIC」「S650」は、Sクラスをベースとすることで高級車であることは崩さず、比較的価格帯を抑えるなど好評を得ます。また、それとは別に限定車としてリムジンタイプの超高級車を発表するなどし、今日の人気にいたっています。

マイバッハの代表車

マイバッハ ツェッペリン DS8 【1930~1938年】

マイバッハ ツェッペリンDS8
nemor2 CC BY 2.0
出典 : https://www.flickr.com/

マイバッハの創始者であるヴィルヘルム・マイバッハが自らの会社を立ち上げたきっかけとなったのが、硬式飛行船の実用化に成功したツェッペリン伯爵の存在でした。マイバッハ氏は、飛行船「ツェッペリン号」に搭載するV型12気筒エンジンを開発したエンジニアだったのです。

その飛行船用エンジンを改良して搭載した高級車が「マイバッハ ツェッペリン DS8」でした。8.0Lおよび7.0L仕様の「ツェペリン DS8」は、この時代としては驚異となる最高出力200psを発揮したとされています。

マイバッハ 57/62・57S/62S 【2002~2010年】

マイバッハ 57 2002年モデル

2002年、ダイムラー・ベンツ社が新たなブランドとしてマイバッハを復活させたモデルが「マイバッハ 57」「マイバッハ 62」です。

車名となる「57」「62」は、そのモデルの全長を表しており、57が5,723mm、62が6,165mmでした。内装にはオプションで大理石も装備されるなど贅を凝らし、エンジンは5.5L V型12気筒ツインターボが採用されました。

2005年には、さらなる排気量のアップを実施した「マイバッハ 57S」「マイバッハ 62S」を発表、2010年まで販売されることとなりました。

マイバッハ エクセレロ 【2006年】

マイバッハ・エクセレロ
Simon Davison CC 表示 2.0
出典 : https://ja.wikipedia.org/

マイバッハの全モデルの中においても伝説になっていると言っても過言ではない「エクセレロ」。タイヤメーカー「フルダ」の高性能タイヤ「エクセレロ」のプロモーション用に製造された、世界に1台のみの車です。

マイバッハでは珍しい流れるような流線型を持つ2シータークーペスタイルで、「マイバッハ57」をベースにしています。最大出力700ps/5,000rpm、最大トルク104kgm/2,500rpmを誇り、現在7億円とも8億円とも言われるプレミアカーです。

メルセデス・マイバッハ S600 プルマン 【2016年】

メルセデス・マイバッハ S600プルマン内装

2016年に受注を開始した「マイバッハ S600 プルマン」は、S600をベースにしながらも全長で1,000mm超となるまさにリムジンと呼ぶにふさわしい車です。

ショーファー・カーとしてリアには4座を用意。2座同士がそれぞれ向き合うように配置された空間は、まるでファーストクラスを思わせるような仕上がりとなっています。

さらに、43.5°リクライニング可能なシート、電動リアドアクローザー、ブルメスター社の音響システム、フレーム・シートコンソールまでの本革採用など、どれをとっても究極のクラフトマンシップを実現しています。

ヴィジョン・メルセデス・マイバッハ6 【2016年・2017年】

ヴィジョン メルセデス マイバッハ6

2016年、格式あるヒストリックカー・コンクールとなる「ペブルビーチ・コンクール・デレガンス」において、メルセデス・マイバッハブランドのEVコンセプトカー「ヴィジョン・メルセデス・マイバッハ6」が公開され、大きな反響を呼びました。

ヴィジョン・メルセデス・マイバッハ6は、2+2の肉厚ボディを持つクーペスタイルとガルウィングが特徴。4つのホイールすべてにモーターが組み合わされた高性能パワートレインによって0-100km/h加速では4秒以下を誇る、モンスターEVカーです。

また、2017年にはカブリオレタイプとなる「ヴィジョン・メルセデス・マイバッハ6 カブリオレ」が同コンテストで公開されています。

メルセデス・マイバッハのSUV「G650ランドーレット」 【2017年】

メルセデス マイバッハ G650 ランドーレット 2017年型

2017年3月に開催されたジュネーブ・モーターショーにおいて、マイバッハブランドとして初となるSUV「G650ランドーレット」が公開されました。ランドーレットとは、リアシート部分だけがオープントップ(幌)になっているボディスタイルのことを指します。

「G650ランドーレット」は、べンツ Gクラスをベースとした、いかついボディを持ちつつもマイバッハらしい高級感溢れる内装が特徴的な高級SUVです。オフロード車の中にあってもトップクラスの高スペック・高性能を誇る1台に仕上げられています。

執筆者プロフィール
MOBY編集部
MOBY編集部
新型車予想や車選びのお役立ち記事、車や免許にまつわる豆知識、カーライフの困りごとを解決する方法など、自動車に関する様々な情報を発信。普段クルマは乗るだけ・使うだけのユーザーや、あまりクルマに興味が...

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