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誰の意見も聞かないエンジニアと、伝説のドライバーが作った車《レクサス LFA》【推し車】
目次
トヨタにだって、「クルマ屋」はいる
世界に誇る日本最大の自動車メーカー、トヨタ。
そのトヨタが作るクルマは面白くない、高級車ブランドのレクサスだって高いだけで何も変わらない、「トヨタなのにそんなこともできないのか」と、ある事ない事で叩かれるのも「期待の裏返し」と思えば、常にユーザーからの厳しい目にさらされるメーカーです。
しかし、そんなトヨタは本当に面白くないのか、レクサスは本当にただ高いだけなのか、言い換えれば、「トヨタにはドラマがあるのか」といえば、もちろんあります。
全てのトヨタ車がそうだとは思いませんが、トヨタにも存在する「クルマ屋」が信念を貫いた、格別にドラマチックなクルマとして、レクサス LFAは長く記憶されるべきでしょう。
今回はトヨタ博物館に展示されたLFAプロトタイプの写真を通し、「LFAというドラマ」をダイジェスト版的に紹介したいと思います。
誰の意見も聞かないエンジニアと、伝説のドライバー
話はレクサス最強、そして国産車最高額のスーパースポーツが発売される10年近く前、2000年頃にさかのぼります。
トヨタのエンジニア、棚橋 晴彦氏が「作りたい」という想いだけでスタートした「LF-A」は、売れるかどうかというマーケティングなど調査を抜きに、やがてトヨタとレクサスを象徴するプロジェクトへと成長していきます。
早い段階で決まったのは、旋回性能こそ高いものの、限界を超えた領域からの立て直しが困難なリアミッドシップではなく、運動性と操縦安定性を高いレベルで両立した、フロントミッドシップのFR車。
ミッションをリアに配置するトランスアクスル方式に加え、ラジエーターなど補機類は可能な限りリアに移し、FR車でありながら前48:後52という、ややリア寄りの理想的な重量配分とします。
当初、レクサス創業時から主力のUR系と思われるV8が想定されたエンジンは、2002年からの参戦が決まっていたF1に合わせた専用のV10とされ、開発はヤマハに託されました。
高級車ブランドのレクサスも含め、基本的に量販を目的とするトヨタではありえないクルマづくりは、「そんなものは売れない」という社内の声にさらされますが、チーフエンジニアとなった棚橋氏は後に「誰の意見も聞かなかったことがよかった。」と述懐しています。
そして、全てを押し通した棚橋氏が開発したスーパースポーツを妥協なく最高に仕上げたテストドライバーは、現在もGazooRacingの「GRMN」シリーズに「MN(Meister of Nurburgring)」の名を残す伝説のニュルマイスター、今は亡き成瀬 弘氏でした。
トヨタといえば、販売/サービス体制を含む総合評価での満足度は高いとはいえ、デジタル設計と妥協で面白みに欠けると言われていますが、この2人のように「信念の人」がトヨタにも存在すると示した事は、その後のクルマづくりに大きな影響を与えたと言えます。
ないなら作ればいい、元町工場に作られたカーボンの窯
国産スーパースポーツとして先行した、ホンダ NSX(1990年)や日産 GT-R(2007年)がそうであったように、性能を追求するならスペシャリティカーや大衆向けスポーツカーのような「市販車からの流用」は可能な限り控え、専用品を使うのがベストです。
LFAも専用部品の塊で、市販乗用車というよりレーシングカーに近く、しかも開発を後援するのは、マスターテストドライバーの成瀬氏から手ほどきを受け、「モリゾウ」の名で自らレースにも参戦する豊田 章男 氏(当時は副社長)などクルマ好きの役員たちでした。
エンジニア、テストドライバー、役員たちと、「トヨタのクルマ好きが結託した意図的な暴走」は、十分に軽量・高剛性だった試作初期のオールアルミボディでも納得せず、ついにはCFRP(炭素繊維強化プラスチック)とアルミのハイブリッドボディへと進化。
CFRPボディの製作で試行錯誤した結果、LFAのためだけに元町工場へ窯を作って自社製造となり、レーシングカー工房のような「LFA工房」が誕生しました。
他にも、エンジンからリアのトランスアクスルまでを結合して剛性を高めたトルクチューブ、シングルクラッチ式6速ASG(セミAT)といったドライブトレーンユニットもLFA用に開発されています。
発動機屋、そして「楽器屋」として参戦したヤマハ
要となる4.8リッターV型10気筒DOHC40バルブエンジン「1LR-GUE」は、国産初にしておそらく唯一となるであろう市販乗用車用V10エンジンで、2000GT用3Mエンジン以来の技術提携により、トヨタスポーツエンジンのほとんどに関わってきたヤマハの開発です。
標準車で最高出力560馬力/8,700rpm・最大トルク48.9kgf・m/7,000rpmという、典型的な高回転型自然吸気エンジンで、レスポンス重視の10連独立電子制御スロットル(V型エンジンなので、5連独立×2というべきか)というスペックもさることながら、官能性も重視。
その最たるものが、レーシングカーのごとく背筋にゾクゾクくる高音を奏でたエキゾースト・ノート(排気音)や、バルクヘッドに小穴を開けてまで車内へバランス良く響くよう、絶妙なサウンドチューニングが行われた吸気音です。
共鳴装置、つまり「楽器」としての役割を果たすサージタンクは、そのために試作初期のアルミ製から樹脂に素材を変更、理想周波数400Hzを求めて調整されました。
ヤマハといえば、クルマ好きにとってはエンジンサプライヤーとしてF1へ参戦したほどの発動機屋(エンジン屋)、「ヤマハ発動機」として有名ですが、ヤマハブランドの表看板は世界最大の総合楽器・音響メーカーです。
LFAの開発に当たっては、ヤマハ発動機のエンジン開発技術はもちろん、ヤマハの本業たる音響技術もフルに駆使され、楽器や音楽ホールのノウハウが注ぎ込まれています。
遮音性の高さが魅力のレクサス車とは全く異なる「刺激」は、楽器屋としても参戦したヤマハの底力をも見せつけました。
テストからレースまでこだわり、鍛えこんだ「ニュル」
LFAの開発にあたり、ニュルマイスターとして知られたマスターテストドライバー、故 成瀬 弘氏が大きな役割を果たしたのは既に書いた通りで、成瀬氏による走り込みが、ドイツのニュルブルクリンクサーキット・北コースで繰り返されます。
ニュル北といえば、2023年現在では舗装も改修されて安全性も高まり、かつてのように「市販車を鍛え上げるのに最適」と言われたほどの荒々しさは影を潜めた、と言われていますが、LFA開発当時は違いました。
とにかく「真っすぐ」や「平ら」という概念とは無縁、舗装は荒れ、ジャンピングスポットすら各所に点在、24時間レースでは慣れないドライバーのスカイラインGT-Rを、コースに慣れた地元ドライバーの駆るミニクーパーやカルタスがブチ抜くという異質なコース。
そこを日本人で誰よりも数多く走り、「100馬力なら100周、560馬力のLFAなら500周以上走らないと」と言っていた成瀬氏でも、最後まで「1周を完璧に走ったことがない」というほどの難コースでLFAはテストから鍛え上げられます。
その成り立ちや無視された商業性など、あまりに特殊なLFAはSUPER GTなど国内レースには参戦せず、D1GPでもエキシビジョン止まりでしたが、もっとも過酷な24時間レースなどニュルブルクリンクでの耐久レースだけは成瀬氏の陣頭指揮で、幾度も参戦。
クラス優勝も達成していますが、目的はあくまで「LFAを鍛える」ことであり、ニュルへ向かう途上、交通事故でこの世を去った成瀬氏が最後に手がけたLFA高性能版「ニュルブルクリンクパッケージ」は、伝説のドライバーが遺した遺作となりました。
トヨタは再び「LFA」を作れるのか
2009年10月の東京モーターショーで市販仕様車を公開、翌年から生産されたLFAは、3,750万円という日本製乗用車の最高価格で販売されたにも関わらず予約が殺到、抽選で購入者を選ぶほどの人気となり、2010年に生産を終えました。
市販向け生産台数は570馬力の高性能版ニュルブルクリンクパッケージを含め500台、トヨタ博物館に展示されている試作車などを含めても600台に満たないほどの少数生産で、もちろん全く採算に合いませんでした。
しかし、「その気になったトヨタが何を成し遂げられるのか」を象徴する存在となり、生産終了から10年以上を経た今でも、後継車の噂が絶える事はありません。
実際、市販予定が凍結されたと言われるハイパーカーの「GRスーパースポーツ」や、新たに噂となっている「LFAII」といった試みは続いているようですが、そう簡単にはいかないようです。
もっとも、LFAは非公式なプロジェクト開始から、市販車の生産開始まで10年かかったことを考えれば、あきらめない心がある限り、いつか第2のLFAが現れることでしょう。
伝説のドライバー成瀬氏の薫陶を受け、チーフエンジニア棚橋氏の背中を押してLFAの開発を見守り、ニュル24時間レースにも参戦したトヨタの豊田 章男社長は、現会長の退任で代表取締役会長が決まりました。
レースなどモータースポーツを通してクルマを理解し、発展させてきた同氏の手腕に、夢が託されていることを願います。
※この記事内で使用している画像の著作者情報は、公開日時点のものです。
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- 執筆者プロフィール
- 兵藤 忠彦
- 1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...