【自動車の歴史】ジャガーの歴史、ルーツと車種の特徴を知ろう!

イギリスを代表する自動車メーカー、ジャガー。数々の危機を乗り越え、国外資本の下に現在も存続しています。 そのジャガーはこれまでどんな歴史を歩んできたのでしょうか?今回はジャガーについて特集していきます。

ジャガー創業の経緯

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ジャガーは1922年、ウイリアム・ライオンズと、友人のウィリアム・ウォームズレイにより「スワロー・サイドカーカンパニー」として設立されました。

その名の通り当初はサイドカー製造を事業としていましたが、1926年には自動車の修理やボディ製造も手掛けるようになりました。
そして1927年、当時のイギリスで人気だった大衆車「オースチン・セブン」のシャシーにライオンズがデザインしたアルミ製のボディを換装させた「オースチン・セブン・スワロー」を発表します。

オースチン・セブン・スワロー

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「オースチン・セブン・スワロー」は、ロードスター(二人乗りの車)販売ののちにサルーン(セダン)も追加され、1932年までに約2500台を生産するヒット車種になりました。

1928年には社名を「スワロー・コーチビルディング・カンパニー」に変更して、更に複数の自動車会社からベースとなるシャシーを調達し、仕立て直していきました。

「ジャガー」の由来

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1931年に初のオリジナルモデル、「SS1」と「SS2」をロンドンモーターショーに出展、販売。
1933年に、社名を「SSカーズ」に変更します。同じくイギリスの自動車メーカー「ベントレー」の車を思わせるような外装と内装を備え、かつ価格も半分以下ということもあり好評でした。

しかし「SS1」「SS2」のエンジンはイギリスの自動車メーカー「スタンダード」という会社のエンジンを使っており、一部では見掛け倒しの車といわれ批判されていました。

そこで1935年、ボディだけではなくシャシー、エンジンとすべてを自社で設計したモデル「ジャガー」を誕生させました。社名の由来はここからきています。

サルーンの「SSジャガー2 1/2」や、スポーツモデル「SS90」「SS100」を相次いで発売します。エンジンの強化やコストダウン、先の車種と同様外装と内装を備え「ベントレー」よりも安い値段で販売されヒットしました。

なお、社名変更前に共同創業者のウォームズレイは事業の拡大に反対し、経営から脱退しています。

ジャガー社の誕生

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第二次世界大戦後の1945年、「SSカーズ」という社名は「SS」がナチス親衛隊を連想させるという理由により「ジャガー・カーズ」へと変更。
その後「ジャガー」へと変更をします。

1948年に発表された戦後初のスポーツカー「XK120」は、同程度の性能をもつ「アストンマーチン」や「ベントレー」よりも安価であったので大人気になります。アメリカでもその評価は高く、輸出も多かったといいます。

1950年に、ル・マンへ参戦。「XK120」をレース専用に開発した「XK120C(C-type)」で合計5回優勝。その名声を確固たるものに。

ジャガーの転機

ジャガー冬の時代を支えた「E-type」

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1961年、「XK」をフルチェンジ、一新した「E-type」を発売。
特にアメリカで人気を博しました。

真の自動車の象徴であり、史上最も有名なスポーツカーであるジャガーE-typeはその後13年間で約70,000台生産され、そのうち約60%が米国に輸出されました。

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1966年には企業体制を強化するため、イギリスの自動車メーカー集合体「ブリティッシュ・モーター・コーポレーション」(BMC)都の合併を行い、「ブリティッシュ・モーター・ホールディングス」(BMH)を結成しました。

しかし、BMHの経営不振によりさらなる統合を進め「ブリティッシュ・レイランド・モーター・コーポレーション(BLMC)」となりました。
そんな中、1968年に「XJ6」を発売。

ジャガーXJ6

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その美しいボディは高い評価を受けました。ですが、リストラや古参社員の離脱などで品質の低下を招き、売上も落ちていってしまいます。創業者のライオンズも1972年に経営を退きました。

オイルショックの影響などでBLMCが倒産寸前に陥り、1975年に国営化されます(ブリティッシュ・レイランド)。
ジャガーにとって、この時期は冬の時代となります。

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