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ステージによってはWRカーより速かった!JWRCで大活躍の「黄色い弾丸」、スズキ イグニス スーパー1600【推し車】

スズキの4輪車が世界的なモータースポーツで羽ばたく第一歩

日本では際立つ存在ではなかった初代スイフトだが、APRCやJWRCに参戦した「イグニス スーパー1600」は強かった!

名車と呼ぶほどではないかもしれないけれど、その時代における文化やメーカーへ大きな役割を果たした「忘れがちな銘車」、今回はスズキの「イグニス スーパー1600」を紹介します。

APRC(アジアパシフィックラリー選手権・通称”アジパシ”)の2輪駆動部門で好成績を収めてきたスズキが、2002年から新たに開催されるJWRC(ジュニア世界ラリー選手権)に向け投入され、後にスイフト スーパー1600へと発展。

さらに初代SX4によるWRC(世界ラリー選手権)参戦へとつながる、スズキが四輪車でも世界的な華々しい大舞台に立つ第一歩となった、イグニス スーパー1600とはどんなマシンで、どんな実績を残したのでしょうか?

初代スイフト⇔イグニスのちょっと複雑な事情

当時の日本では馴染みがなく、後に軽SUVに名付けられた「イグニス」の名に戸惑うが、海外仕様の車名が異なるのはよくある話

イグニス スーパー1600を語るうえでは、最初に「見た目は明らかに初代スイフトスポーツなクルマが、なぜイグニスを名乗っているのか」の説明が必要かもしれません。

日本での「スズキ スイフト」は、軽SUVの「kei」の小型車版ともいえるスタイルで2000年に発売されたのが「初代スイフト」ですが、2代続いた日本名「カルタス」も海外の一部では「スイフト」を名乗っており、2000年当時はまだ2代目スイフト(カルタス)が販売中。

そのため、日本名「初代スイフト」は、海外だと「イグニス」を名乗っていたのでした…日本だと2016年に発売されたコンパクトSUVが「イグニス」なので、ちょっとややこしい話です。

日本名・初代/2代目カルタス(海外名・初代/2代目スイフト)→同・初代スイフト(同・イグニス)→同・2代目以降のスイフト(同・3代目以降のスイフト)と覚えてください(※)。

(※なお、途中から3代目カルタスを名乗るカルタス・クレセントは、海外だとスイフトではなく「バレーノ」や「エスティーム」を名乗ったのでまた別…ややこしいですね)

「アジパシ」に始まったイグニス スーパー1600の戦い

初代スイフトスポーツ(HT51S)の先行開発版というにはエンジンも何もかも大きく異なる、JWRCスペシャルマシンだ

事実上のスズキワークスとしてAPRC(アジアパシフィックラリー選手権・通称”アジパシ”)でバレーノ(カルタス・クレセント)で参戦、モンスター田嶋こと田嶋 伸博 選手によって2輪駆動部門を何度も制したスズキスポーツ。

WRC(世界ラリー選手権)の若手育成部門として2001年に始まった「スーパー1600選手権」が2002年からJWRC(ジュニア世界ラリー選手権)として開催されるのに伴い、イグニス スーパー1600での参戦を決めます。

まずは2001年にAPRCでモンスター田嶋による実績を積んでシリーズタイトルを獲得、翌年も同様の成績を残しますが、2002年からJWRCへの参戦も始めていました。

マシンは初代スイフトスポーツ(2003年6月発売)と似ていますが、エンジンは1.5リッターのM15Aではなく、標準モデル用M13Aベースでボア×ストロークを81.0mm×77.5mmへ拡大、自然吸気1.6リッターエンジンを使う1600規定いっぱいの1,597ccエンジン。

2代目/3代目スイフトスポーツなどに使った、78.0mm×83.0mmで1,586ccの「M16A」とも別物のショートストロークエンジンで、スペックは最高出力206馬力/8,500回転・最大トルク18.4kgf・mと発表されました。

全幅も5ナンバー枠で1,600〜1,650mmの初代スイフトから1,740mmへワイドフェンダーで拡幅されて太いタイヤを履き、ブレーキもブレンボ製の強化品です。

疾走する「イエロー・バレット(黄色い弾丸)」

画像はまだ3ドア時代だが、日本でいうシボレー クルーズ顔の5ドア車にベースを変更した2004年には最高の成績を上げ、圧倒的な強さから「イエローバレット(黄色い弾丸)」と呼ばれた頃がスズキスポーツ最後の全盛期だった

JWRCに参戦したイグニス スーパー1600は、参戦初年度の2002年こそニキ・シェレが1度だけ3位入賞したのが最高で、目立った成績とはならなかったものの、2年目の2003年にはダニエル・カールソンが2度優勝してシリーズ3位。

大きく花開いたのは3年目の2004年で、それまでのほぼ初代スイフトスポーツと同じスタイルの3ドア車から、日本の初代スイフトでもお馴染みの5ドア車へとベース車を変更、新たにホモロゲーションを取得すると同時に3ドアでの実績を踏まえた改良を施します。

このベース車変更と改良が大当たりで、バー・ガンナー・アンダーソンが7戦中3勝を上げて見事にドライバーズタイトルを獲得!2勝を上げてシリーズ3位になったガイ・ウィルクスと合わせ7戦中5勝と圧倒的な強さを見せました。

特に第3戦ラリー・オブ・トルコと第6戦ラリー・イタリア サルディニアではSSによってはWRカーすら上回るタイムで走り、その勢いから「イエロー・バレット(黄色い弾丸)」と恐れられたのです。

翌2005年後半から「スイフト スーパー1600」(日本でいう「2代目スイフト」がベース)へマシンを切り替え、2007年と2010年にもJWRCタイトルを獲得、2007〜2008年にはSX4でWRCにも参戦しますが、その原点となったのはイグニス スーパー1600の活躍でした。

※この記事内で使用している画像の著作者情報は、公開日時点のものです。

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執筆者プロフィール
兵藤 忠彦
兵藤 忠彦
1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...

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