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三菱自動車の歴史|昭和の名車20選
三菱自動車とはどのような自動車メーカーなのか?
三菱自動車では、経営を行う上で重要な「三綱領(所期奉公・処事光明・立業貿易)」という三菱の理念が今も大切にされています。所期奉公は「期するところは社会への貢献」、処事光明は「フェアープレイに徹する」、立業貿易は「グローバルな視野で」を意味しています。また、2018年には新たな時代の企業活動の基本となる「ビジョン・ミッション」を制定しました。この記事では三菱自動車について紹介していきます。
社名とロゴマークの由来
三菱自動車のロゴである三菱マークは、前身である九十九商会が船旗号として採用していた「三角菱」を原形としています。この三角菱は、岩崎家の家紋である「三階菱」と、土佐山内家の家紋である「三ツ柏」に由来すると言われています。また、創業時の九十九商会から社名変更などを経て、3社に分割されたのちに再び合併するタイミングで、「三角菱」の由来である「三階菱」と「三ツ柏」から社名を「三菱」と定めることになりました。
歴史
三菱自動車は1970年に三菱重工業から独立する形で現在の自動車メーカーとして創業しましたが、前身である三菱重工業時代や、分割されていた中日本重工業時代から多くの車を生産、販売していました。ここでは三菱自動車の歴史について紹介します。
【1917年】三菱造船株式会社として独立、「三菱A型乗用車」を製作
1917年10月に三菱造船として独立し、同年には三菱造船神戸造船所で三菱A型乗用車の試作が開始されました。三菱A型乗用車は1918年の11月にすべて国産品を使って手作りで完成し、最初の2台は東京の八重洲ビル付近で公開されました。また、三菱A型乗用車の試作を含めて22台生産され、内12台は販売されたため、日本ではじめての量産された自動車、かつ見込み生産による乗用車量産第一号と言われています。
【1934年】「三菱造船」を「三菱重工業」に社名変更
1934年4月には、三菱造船では造船事業のほかに重機、航空機、鉄道車両などの製造を行うようになりました。また、社名を「三菱重工業株式会社」に変更して、新しいスタートを切ることになりました。現在でも三菱重工業は三菱グループに属する企業として、川崎重工やIHIとともに日本での三大重工業の一角を成しています。
【1950年】東日本重工業、中日本重工業、西日本重工業3社に分割
1945年の第二次世界大戦終結後、GHQによる財閥解体および過度経済力集中排除法により、1950年1月に同社は東日本重工業(後の三菱日本重工業)、中日本重工業(後の新三菱重工業)、西日本重工業(後の三菱造船)の3社に分割されることになりました。のちに3社は再び合併することになりますが、3社に分割された当時は製品の棲み分けの線引きが曖昧になり、製品の重複などが多く発生しました。
【1953年】ジープのCKD生産を開始
1953年1月にジープのノックダウン生産を開始し、2月にはノックダウン生産によるジープ1号が誕生し、林野庁に54台が納入されました。また、1954年10月にはエンジンの国産化を実現し、日本製ハリケーン4という意味を込めてJH4型と名づけられました。その後、京都製作所でJH4型エンジンの量産が行われ、1956年3月にはジープの完全国産化を達成することになりました。
【1960年】戦後初の自社開発乗用車、三菱500を発売
三菱500は新三菱重工業名古屋製作所で開発された自動車で、三菱オリジナルとしてははじめての自社製作乗用車でした。1960年4月に発売され、1961年8月にはエンジンを25馬力・594ccのNE35A型に変更したスーパーDXを追加しました。しかし販売台数を伸ばすことはできず、三菱500は製造中止になりました。生産台数は1万3289台となっています。
【1962年】軽自動車ミニカを発売
1962年に同社では初の軽自動車としてミニカ(Minica)を発売しました。車名の由来は「Mini Car」もしくは「Miniature Car」で、小さな車という意味を略した造語となっています。ミニカの乗用モデルであるセダンタイプは、軽乗用車の商標としてもっとも長く、8代45年を誇る車種となりました。
【1964年】分割された3社が再び合併し、三菱重工業になる
日本が高度成長にあった1964年には、他の三菱グループと協力しながら新三菱重工業を存続会社として3社が合併し、社名も再び三菱重工業株式会社として改めて現在の三菱重工が誕生しました。三菱グループは重化学工業関連企業の割合が多く、高度経済成長期においてそれぞれの経営力や技術力を結集することにより大きく発展し、日本最大規模の重工業メーカーとして復興しました。
【1969年】 コルトギャランを発売
1969年12月には、これまでのコルト1200や1500とは異なるコンセプトのコルトギャランを発売しました。発売当時はギャランというサブネームを与えられていましたが、のちにコルトが消えてギャランという名称になりました。精悍な角型2灯や「ダイナウェッジライン」を採用したボディなど、流行の先端をいく斬新なスタイルが話題になり、コルトギャランは大ヒットを記録しました。
【1970年】三菱自動車工業として独立
1970年6月に三菱重工業から自動車の製造、販売を行う自動車部門が独立する形で、「三菱自動車工業株式会社」が誕生しました。三菱自動車自体は1970年に創業しているため、自動車メーカーとしては比較的新しい会社になりますが、自動車製造の歴史は1917年の三菱造船時代からはじまっています。
【1973年】ランサーの販売開始
先行して生産されていたコルトがミドルサイズカーに移行したため、1973年2月にスモールセダンの穴を埋めるためにランサーが販売されました。駆動方式はFRとなっており、販売開始時のボディタイプは4ドアセダンと2ドアセダンの2種類でした。車名の由来は英語でランス(騎槍)を持った騎士、つまり槍騎兵からきており、フロントエンブレムも槍騎兵からとった車名に合わせて馬とスリーダイヤモンドがあしらわれています。
【1978年】カープラザ店を設立し、専売車種としてミラージュを発売
1978年に三菱自動車の乗用車の第二販売チャネルとして、ミラージュの発売と共にカープラザ店が設立されました。カープラザ店では、主に若者をターゲットとしたチャレンジャー、エテルナ、ストラーダなどを取り扱いました。また、カープラザ店の設立により、従来のミニカなどの軽自動車や、パジェロ、ギャラン、ランサーといった主力乗用車の販売チャネルはギャラン店に移されることになりました。
【1985年】アメリカにダイアモンド・スター・モーターズ(DSM)を設立
1980年代当時、アメリカでは日本車の輸入販売を規制していました。また、クライスラーブランドで販売されていた三菱車も対象となっていたため、1985年に三菱自動車とクライスラーが業務提携を行い、アメリカにダイアモンド・スター・モーターズを設立しました。DSMでは主に三菱自動車やクライスラー向けの自動車の製造を行っており、1993年に三菱自動車へ売却されることになりました。
【1992年】初代ランサーエボリューションを発売
1992年9月には「スポーツセダンの最高位へ」というキャッチコピーと共に、初代のランサーエボリューションの販売を開始しました。ランサーエボリューションは世界ラリー選手権の承認取得を目的として生産販売されましたが、当初予定されていた2,500台がすぐに完売したため、追加で販売されることになりました。
【1993年】パジェロがパリ・ダカールラリー総合優勝
パジェロは1982年の登場の翌年、実力を示すために世界一過酷なモータースポーツ競技と言われているパリ・ダカールラリーに参戦し、初参戦でクラス優勝、総合11位と健闘しました。さらに、1985年に総合優勝し、さらに1992年、1993年には連覇を成し遂げました。
【1996年】GDIエンジンがRJCテクノロジー・オブ・ザ・イヤー受賞
RJCカー・オブ・ザ・イヤーは日本における2大カー・オブ・ザ・イヤーの1つです。また、その年に発売された新型車に採用された技術に対しては「テクノロジー・オブ・ザ・イヤー」というカテゴリーで賞を設けており、1996年に三菱自動車のGDI(ガソリン直噴)エンジンが受賞しました。
【1999年】ボルボと大型車分野における資本・業務提携を結ぶ
三菱自動車はボルボとトラック・バス事業での戦略的な業務提携について、1999年10月にボルボと資本提携する契約、さらに戦略的業務提携に関する覚書を取り交わしました。また、トラックやバスの開発・生産・販売において全世界的規模で協力関係を一層強化するため、12月に戦略的業務提携契約に調印を行いました。
【2006年】iがグッドデザイン大賞を受賞
グッドデザイン賞は毎年優れたデザインに送られる賞で、日本では唯一の総合的なデザイン評価の仕組みとなっています。2006年には三菱自動車の軽自動車である i(アイ)が、エクステリアデザインの斬新さや、柔らかいフォルムで表現したインテリア空間の心地よさなどを理由に受賞しました。
【2011年】デリカD:2を販売
三菱自動車は2011年3月に小型トールワゴンのデリカD:2を販売開始しました。デリカD:2は生産をスズキが行っており、スズキが販売していた2代目ソリオの姉妹車となっています。スズキの姉妹車供給を受けるのは、デリカD:2が日本向けでは初となりました。
仕様としてはスズキ・ソリオとはエンブレムが異なる程度で、大きな違いはありません。
【2012年】6代目ミラージュを発売
1978年に三菱初のFF車として誕生したミラージュでしたが、1991年から2000年まで発売されていた5代目以降、しばらくシリーズの発売がされていませんでした。しかし2012年8月、世界戦略車のコンパクトカーとして登場しました。6代目のミラージュは、ミラージュシリーズでは約10年ぶりの復活となりました。
【2019年】 2022年8月までの期間限定で「MI-Garden GINZA」をオープン
2019年9月には2022年8月までの期間限定で、三菱自動車のブランド発信拠点である「MI-Garden GINZA」を銀座の中央にオープンしました。MI-Garden GINZAではコンセプトカーや新型車の展示や、三菱自動車の最新のデザインや技術を体験することができます。
また、ニュージーランド発の「Allpress Espresso」とコラボしたカフェやバーも併設されており、コーヒーや食事を楽しむこともできます。
三菱自動車の名車
三菱自動車は1970年に三菱重工業から独立したことで創業した自動車メーカーです。これまで日本有数の自動車メーカーとして、最近ではeKワゴンやデリカD:5、アウトライダーなどの人気モデルを販売してきました。また、三菱自動車は前身である三菱重工業だった頃から多くの名車を生み出してきました。ここでは、三菱自動車の長い歴史の中で登場した数々の名車を紹介していきます。
ジープ
ジープは1953年から2001年まで、三菱自動車の前身の1つである「中日本重工業」が製造、販売していた四輪駆動車です。元々はアメリカ政府が日本でジープを生産していたため、三菱ジープも初期は左ハンドルとなっていました。
陸上自衛隊でも長い間ジープが使用されていましたが、1996年に三菱パジェロをベースとしたトラックが採用されるようになり、1998年にジープの生産も終了することになりました。
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本日の在庫数 106台 平均価格 193万円 支払総額 67~422万円
ミニカ
ミニカは三菱自動車では初の軽自動車として1962年に登場しました。軽自動車の中ではダイハツ・ハイゼットやスバル・サンバーに次いで長寿車種で、2011年まで発売されていたフルモデルチェンジされた8代目まで50年近い歴史を持ちます。昔ながらの堅牢な設計で運転がしやすく、さらに軽量なボディで価格も安いこともあり、さまざまな世代に需要がありました。また、時代に応じて多くのモデルチェンジを行った車種でもあります。
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本日の在庫数 75台 平均価格 46万円 支払総額 12~219万円
コルト
コルトは三菱が戦後初の乗用車として1962年に発売した「三菱コルト600」をルーツとした小型自動車です。三菱コルト600は「見ただけで乗りたくなる車」をコンセプトとしていましたが、1965年に生産を終了しました。その後、2002年に改めて登場したコルトは、三菱自動車とダイムラー・クライスラーの共同で開発されたコンパクトカーです。コルトをオランダの子会社で生産することにより、欧州での販路を獲得しました。
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本日の在庫数 128台 平均価格 81万円 支払総額 16~282万円
デボネア
デボネアは1964年に登場した三菱自動車におけるフラッグシップ的な高級自動車です。車内は広々としていて実用的でしたが、販売実績は芳しくなく、主に三菱グループ内での専用車として利用されていました。3代に渡って基本構造やデザインを変えることなく製造されていたことから、「走るシーラカンス」という通称が付けられたエピソードを持ちます。セダン型乗用車として長く製造されていましたが、1999年に生産を終了しました。
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本日の在庫数 8台 平均価格 184万円 支払総額 100~300万円
デリカ
デリカは1968年からデリカバン、デリカトラックなどの種類を発売している三菱自動車のシリーズです。パジェロと同じく乗用四輪駆動車の先駆けとなったモデルです。1980年代までは商用車のワンボックスカーのイメージがありましたが、乗用モデルであるデリカスターワゴンの登場により、そのイメージを払しょくしました。また、デリカスターワゴンの次に登場したデリカスペースギアは、日本のRVブームの牽引役となりました。
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本日の在庫数 20台 平均価格 116万円 支払総額 46~198万円
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本日の在庫数 26台 平均価格 123万円 支払総額 49~350万円
- 最新「デリカスターワゴン」中古車情報
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本日の在庫数 39台 平均価格 193万円 支払総額 75~332万円
- 最新「デリカスペースギア」中古車情報
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本日の在庫数 76台 平均価格 139万円 支払総額 54~253万円
ギャラン・エテルナ
ギャラン・エテルナはコルトギャランの姉妹車として、1978年にカープラザ店の設置と共にカープラザ専売車種として登場しました。ギャランとの違いは、ギャランがヘッドランプが丸形4灯シールドビーム式に対して、エテルナは異形角型2灯式を採用しているなどがあります。1980年に登場した2代目からは名称をエテルナのみに変え、さらにギャランと差別化を図りました。ギャランのフルモデルチェンジのため、1996年に販売を終了しています。
GTO・ギャランGTO
ギャランGTOは三菱自動車でのフラッグシップスポーツとして1970年に登場しました。コルトギャランの基本設計を多く共用しながら、さらにスポーティな新世代スーパースポーツの2ドアハードトップクーペとして進化したモデルです。1990年にはGTOという名称で新たに復活しましたが、ギャランGTOとは設計が異なり、「スポーツは、ライバルがいるから、面白い。」といったキャッチコピーを持つスーパースポーツカーとなっています。
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本日の在庫数 26台 平均価格 253万円 支払総額 100~428万円
- 最新「ギャランGTO」中古車情報
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本日の在庫数 4台 平均価格 350万円 支払総額 248~490万円
FTO・ギャランFTO
コルトギャランGTOは、1971年にギャランGTOの兄弟モデル的な存在として登場しました。コンパクトなスポーツFR車で、エンジンフードやドアなどはこれまでのギャランシリーズと共通となっていることから、車体に対してドアが長くなっています。1994年にはFTOという名称で新たに復活し、この年の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。日本で初のATを採用したこともあり、AI車の人気が高いという特徴があります。
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本日の在庫数 10台 平均価格 147万円 支払総額 55~195万円
ミラージュ
ミラージュは1978年から2002年まで販売していた小型乗用車です。駆動方式としては三菱初のFF車として、初代ミラージュの誕生と同じく登場したカープラザ店の専売車種として販売されていました。1992年には、世界最小のV6 1.6L DOHCエンジンを搭載した4ドアセダン「ミラージュ6」もデビューしました。2000年に販売終了しましたが、2012年には世界戦略車のコンパクトカーとして10年ぶりに復活しました。
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本日の在庫数 190台 平均価格 70万円 支払総額 25~300万円
ランサー
ランサーは1973年に初代が登場してから、2017年から発売されている8代目に至るまで長く愛されている車です。現在では海外専売車種となっていますが、高い人気を誇るランサーエボリューションシリーズのベースになりました。三菱自動車の歴史においては、それまで生産されていたコルトがミドルサイズカーに移行したため、スモールセダンとして販売充実を狙いとして誕生しました。初代の頃より、モータースポーツフィールドで活躍している車種です。
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本日の在庫数 241台 平均価格 377万円 支払総額 46~1,012万円
スタリオン
スタリオンは1982年から1990年まで販売していた3ドアクーペで、三菱自動車が軽自動車を除いて後輪駆動者として最後に開発した車です。アメリカの市場をターゲットにしていたため、エンジンは低、中回転域を重視していました。1989年に北米への輸出が終了し、後継モデルとしてエクリプスが登場することになります。また、日本でも1990年に販売を終了し、後継モデルとしてGTOが登場しました。
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本日の在庫数 6台 平均価格 309万円 支払総額 170~400万円
パジェロ
パジェロは1982年から生産されている大型高級スポーツ用多目的乗用車です。2019年以降は海外専売車種として販売されています。モータースポーツにも積極的に参戦しており、パリのダカールラリーでは多くの好成績を残していることから、世界でも知名度が高い車種です。かつて開発していたジープの四輪駆動車のノウハウを活かして開発され、それまでジープを採用していた自衛隊でも1996年からパジェロをベースとした小型トラックに移行しました。
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本日の在庫数 251台 平均価格 197万円 支払総額 54~656万円
エクリプス
エクリプスは三菱自動車の米国法人であるダイアモンド・スター・モーターズが販売していた、アメリカ生まれの自動車です。1989年からスタリオンの後継モデルとしてアメリカで販売され、そのパフォーマンスの良さから北米市場でヒットしました。アメリカ以外では、イギリスやドイツなどにも順次発売されました。日本にも初代から3代目まで左ハンドルのまま輸入されましたが、北米ほどのヒットはせず、販売実績は伸び悩みました。
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本日の在庫数 3台 平均価格 202万円 支払総額 187~218万円
ディアマンテ
ディアマンテは1990年からギャランΣハードトップなどの実質的な後継モデル発売されていた高級乗用車です。発売当時、上級小型車もしくはアッパーミドルクラスではFRの駆動方式が主流となっていましたが、ディアマンテではFFの駆動方式を採用したことでヒットしました。また、FF以外にも低価格で4WDを選べるという特徴が人気になり、1990年、1991年の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。
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本日の在庫数 9台 平均価格 84万円 支払総額 49~168万円
RVR
RVRは1991年から販売していたトールワゴン型の乗用車で、現在のクロスオーバーSUVの元祖とも言える存在です。RVブームの折に登場し、カープラザ専売車種として販売されていました。発売当時はバブルだったため、使い勝手の良いRVRは好評でした。また、ラインナップも豊富で、オフロード走行を意識したスポーツギアや、天井の前半を収納できるオープンギアなどのバリエーションがあります。
- 最新「RVR」中古車情報
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本日の在庫数 117台 平均価格 192万円 支払総額 55~405万円
ランサー・エボリューション
ランサー・エボリューションは1992年から発売されていたスポーツカーです。通称ランエボと呼ばれ、ランサーの車体に2,000ccのハイパワーターボエンジンを搭載し、世界ラリー選手権での承認を得るために限定生産販売されたスポーツモデルとなっています。初代から第四世代まで生産されており、それぞれ車体構造が異なることからモデル別で呼び分けられることが多いです。走行性能の高さから国内外で人気が高いモデルです。
ミニカ・トッポ
ミニカ・トッポは1990年から1998年まで販売されていた軽トールワゴンです。通称トッポと呼ばれており、エンジンや駆動系、ボンネットなど6代目のミニカと共通している部分が多く、右ドアよりも左ドアの方が大きい点が特徴です。2代目からは車高が標準車両よりも高いスーパーハイルーフとなっており、現在での軽スーパーハイトワゴンの先駆け的な存在となっています。1998年に軽自動車規格改正のため販売を終了しました。
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本日の在庫数 17台 平均価格 51万円 支払総額 22~94万円
- 執筆者プロフィール
- MOBY編集部
- 新型車予想や車選びのお役立ち記事、車や免許にまつわる豆知識、カーライフの困りごとを解決する方法など、自動車に関する様々な情報を発信。普段クルマは乗るだけ・使うだけのユーザーや、あまりクルマに興味が...