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「トヨタも日産も一目置くアイツ」先見の明で光り続けたマツダ車たち【推し車】

定番車種として淡々とモデルチェンジを重ね、あるいは新型車としてそれなり以上の成功をおさめるクルマもあれば、モデルチェンジに失敗したり、コンセプトが受け入れられずに失敗作となり、ゲームセット、ゲームオーバーとなるクルマもあります。

自動車メーカーとして一番嬉しいのは予定していた成果が出た前者ですが、メーカーも予想すなかったほどの成功を収めて、そのメーカーにとって、あるいは自動車業界全体、さらに社会への変革すら促す「ゲームチェンジャー」となったクルマなら、さらに最高です。

今回はそんなゲームチェンジャーから、マツダ車の例を紹介します。

ファミリア(5代目・1980年)

カローラもサニーも、みんなファミリアになりたがった

マツダ ファミリア(5代目)

2BOXスタイルのFF車は1970年代にはもう珍しくなくなってきていましたし、駆動方式を問わずハッチバック車も同様です。

しかし、「スッキリとして明確に旧世代と決別したフラッシュサーフェスデザイン、拡張や応用も容易なジアコーサ式FFを採用、荷室が広く積み下ろしもしやすい2BOXハッチバック車」となると国産で初となったのは、5代目ファミリアでした。

既に海外ではフォルクスワーゲンのゴルフ(初代)など成功例があったものの、国産では初となった通称”赤いファミリア”にユーザーは殺到し、販売台数トップのカローラを圧倒する大ヒット。

慌てたトヨタはカローラFX、日産はサニー303/305で追従、当時の2大メーカーに「ファミリアのようなクルマを作なきゃ!」と考えを改めさせるほどのゲームチェンジャーでした。

ロードスター(初代・1989年)

決して懐古主義などではない、新たな伝説の始まり

マツダ/ユーノス ロードスター(初代・画像は海外版MX-5ミアータ)

国内では新ブランド「ユーノス」のイメージリーダー第1号のユーノス ロードスターとして、北米など海外ではMX-5ミアータとして発表された時、ライトウェイト・FRオープンスポーツは1960年代に流行った過去の遺物、今さら流行るわけもないと言われていました。

小型軽量ボディへ吹け上がりは良くともパワーはソコソコのエンジンを載せ、圧倒的な動力性能より操る楽しみを重視した2シーターオープンは、「しょせん、昔のロータス エランのパクリでしょ?」くらいのレトロカーだと思われていたのです。

しかし、実はこれこそ世界中のユーザーが待ち望んでいた「愉快なクルマ」だとわかるのに、長い時間は必要ありませんでした。

懐古主義が流行ったと勘違いして便乗したライバルはほとんど消えても、経営危機で苦境にあえごうとも4代30年以上にわたって販売を続けたマツダによって、ロードスターは今も新たな伝説の歴史を刻み続けています。

CX-5(初代・2012年)

ユーザーをワクワクさせる、SKYACTIVテクノロジー全面採用第1号

マツダ CX-5(初代)

身もフタもない言い方をすれば、マツダの取り柄はロータリーエンジンと楽しく小洒落たスポーツカー、よくまとまった実用車のどれもが、走ればそれなりに楽しいくらいでした。

しかしそれだけで21世紀は生き残れず、パーツごとバラバラだった開発を、クルマとして組み上がった時に最適化される統合開発思想「SKYACTIVテクノロジー」を立ち上げます。

当初は部分適用に留まったSKYACTIVの全面適用第1号、CX-5はSUVブームに乗って世界的にヒット、ミニバンや商用車を廃止してSKYACTIVの全面採用が可能なクルマへ集中する足がかりをつかみました。

今後も成功し続けるかはさておき、初代CX-5が「これからもしばらく、マツダの作るクルマに期待できそうだ」と思えるゲームチェンジャーになったのは、間違いありません。

※この記事内で使用している画像の著作者情報は、公開日時点のものです。

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執筆者プロフィール
兵藤 忠彦
兵藤 忠彦
1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...
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