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【車人#01】フォトグラファー・郡大二郎|「1枚の写真で車を買わせたい 」
目次
車人(くるまんちゅ)とは
日本の自動車関連産業の就業人口は約550万人と、就業人口全体の約一割。
そんな自動車産業で活躍する人々をMOBYでは『車人(くるまんちゅ)』と呼び、彼らの人生観をさまざまな視点から紐解く。車と生きることを決めた車人の生き様と、未だ見ぬ“クルマの世界”をのぞいてみよう。
第一回のゲストは、フォトグラファー・郡 大二郎(こおり だいじろう)氏。
自動車やオートバイを専門とし、自動車メーカーの公式サイトやカタログ、雑誌などを舞台に活躍する先鋭カメラマンだ。撮影の際は「被写体をより良く見せ、魅力を引き出すために車のディテールをどう表現するべきかを一番に考える」というポリシーのもと、見る人に「写真で車を体験してもらいたい」とシャッターを切る。
いわく、「一枚の写真で車を買わせたい」という、郡氏のこだわりとは?
車に興味は無かった
子供時代は絵を描くことが好きで、絵かきや漫画家に憧れていたという群氏。カメラへの興味は特別なく、家にカメラがあったかどうかも「いまとなっては怪しい」とおぼろげだ。そんな彼がフォトグラファーの世界へ足を踏み入れたきっかけは、高校生のときに見た雑誌だった。
「兄が『Number(ナンバー)』というスポーツ誌を毎月買っていて、そのなかに「シーン」という企画があったんです。そこにはスポーツカメラマンが撮った各競技の写真が載っていたのですが、いわゆる広告や報道的な写真ではなく、選手の手、泥だらけなボール、ボクサーがバンテージを巻く姿など、ありのままのスポーツの現場が映っていた。それは高校生の僕にとって、すごく魅力的なものでした」
ふと開いた雑誌のページーー。それこそが人生の転機だった。
彼はスポーツカメラマンを目指し、写真学科のある大学へ進学。在学中は手当たり次第にスポーツ大会や体育館へ出向き、カメラのフィルムに焼き付けた。ただ大学は交通の便がよくない場所にあったため、どこへ行くにも苦労した。そこで移動手段として、中型二輪免許を取得する。
「当時は車にまったく興味がなくて、バイク一択でした。最初は兄のおさがりの原付で、いろいろなスポーツの写真を撮りに行きましたね。大学のまわりは和歌山県や奈良県で山が多く、そのうちワインディングロードを走るのが楽しくなって、次第にバイク好きの友達が増えていきました」
その流れで「鈴鹿サーキット」などに出かけると、今度はバイクのレースばかりを撮るようになった。当時のミニバイクレースブームも手伝って、大学の課題でも二輪を撮ることが増える。そんな風にどっぷりカメラ漬けになったのち、大学卒業後に八重洲出版の子会社「八重洲PRセンター」の写真部に入社する。
車に愛を感じられないからダメだった
群氏が車に関わるようになったのは、入社して間もなくのこと。営業活動で車が必要になったため免許を取得。はじめて購入した愛車は日産・マーチ(K10型)。その時の車に対するイメージは、「単なる移動手段」だった。
「入社後もしばらくは二輪の写真ばかりを撮っていました。1年くらい車は撮らせてもらえず、カメラマンが足りないときに手伝う程度。たまに車の写真を撮っても、編集部に『おまえの写真は、車への愛が感じられない』と言われていましたね。二輪は好きだったから良かったけど、どうしても車がダメだった」
その後、郡氏にまたとない機会が訪れる。八重洲出版が発行する自動車雑誌『Driver(ドライバー)』の企画に抜擢され、車の写真を好きに撮れることになったのだ。そこで彼は“車の撮り方”についてとことん考えるようになり、次第にのめり込んでいく。
「谷田部にあるテストコースでの撮影は、いつも早朝が基本でした。早朝に撮影することで光の使い方や車の表現方法を学び、いつのまにか車を撮ることが好きになっていったんです」
“こなす作業”から“つくる仕事”へ
その企画は5年ほど続き、その間に3年半在籍した八重洲PRセンターの写真部を辞め、1990年にフリーへ転向。しかしながら1999年まで、ほとんど前職の仕事しか受けていなかったという。
「フリーというより専属で働いている感じで、『このままだと成長しないな』と思い、ほかの仕事も積極的に探すようになったんです。自分が撮った車の写真を手に、いろんな出版社に営業しましたね」
営業をはじめると、すぐに自動車専門誌『LEVOLANT(ル・ボラン)』の案件を確約。それを皮切りに、次々と撮影の仕事が舞い込むようになった。現在は車の撮影を主におこなっており、雑誌8割・広告案件2割のペースだという。
「ようやくフリーらしくなって、“いろいろなスタッフと一緒に一つのものをつくる”という気持ちで仕事をするようになりました。専属のころは、仕事を単純作業としてこなしていましたね」
時代は、デジタルに移行
郡氏がカメラマンとして飛躍するなか、時代はフィルムカメラからデジタルカメラに切り変わる。その流れは目まぐるしく、カメラマンも出版社も、簡単には順応できなかった。
「デジタルカメラになった途端、仕事の仕方がガラッと変わりました。撮影時に『ちょっとどうかな』と思っても後から修正できるので、あまり失敗しなくなったかもしれない。それでも最初はやはり、どうしても格好良く撮れなかった車もあったかな」
「だけどもともと絵が好きなこともあって、撮ったあとに色味を調整したりするデジタル特有の仕組みが全然苦にならなかった。つまるところ、僕のスタイルに合っていたんです。とくにデジタルになってからはモニターを見ながら撮影できるようになったので、画作りしやすかったのも良かった点です」
レンズ越しにいろいろなものを配置する作業は、まるでキャンバスに筆をはしらせる感覚だった。小さな頃から絵が好きだった彼にとって、四角い枠のなかに被写体をおさめるのは容易いことだったのだ。
「僕がやっている写真講座では、『絵を書くつもりで写真を撮ると上手く撮れやすい』と教えています」
カメラマンの専門領域は数あれど、車を専門とするカメラマンはとても特殊だと語る郡氏。
「車って、一般の人が買う製品に例えると家電や家と似ている。だけど置いて撮ったり、動いている瞬間を撮ったり、室内や屋外などでさまざまな瞬間を切り取っていくんです。そういう意味では、静動な2種類の写真を撮るから特殊ですよね。だからこそ、車の撮影は奥が深くてたのしいんです」
光のさす方へ
車を撮影する時に最も重要なことは、“光の使い方”だという。どこから光が入り、どう被写体に影響するのかを考える。
「最初の頃は室内でミニカーひとつ撮るにも苦戦したくらい、光の扱いには苦労しました。屋内の撮影をやっていくうちに、光の使い方や重要性を学びましたね」
車は室内で上手く撮ることができれば、屋外での撮影もスムーズになる。
「大切なのは、場所と光ですね。車とロケーションが合っているかどうかが重要になってくる。どの角度から見ると格好良く写るのか、見え方はいつも気にしています。自動車メーカーのカタログ撮影だと『アングルハント』っていう見え方を探すために、数センチ単位で車の位置を調節して撮ったりもするんですよ」
チャンスはどこかに隠れている
いまや車業界で名声を手に入れた郡氏。
彼にとっての喜びは、雑誌やWeb上で、渾身の作品が公開される瞬間だという。車がすごく格好良く撮れたとき、すべてが思い通りになったとき、それが人目に触れるとき−−。そのすべてにやりがいを感じる。
「納得のいく撮影をするためには、時間、場所、光が肝心です。やはり天気の悪い日はいろいろと大変なのですが、だからダメというわけでもない。悪天候では想像できない光が射したりすることもあって、どこかしらにチャンスが隠れていることがあります」
突然、思いもよらない最高のシチュエーションが生まれることもある。それもまた、郡氏の作品づくりに大きな影響を与えているのだ。
プロのカメラマンと素人の違いは、安定して一定レベルの写真が撮れるかどうかということ。郡氏は撮影前に撮りたいイメージを考えてから撮影に挑む。
それでもイメージに近いものが撮れる確率は、たったの30%。不慣れな若手時代は、現場で撮るカットの話し合いをしていたため、無駄なカット数が多かった。
「ある日編集の人に、事前に絵コンテを書いてほしいとお願いをしたんです。そうすることで企画の意図が明確になるし、撮り手としても動きやすくなる。そうやって少しづつ、僕なりに試行錯誤を続けてきたんです」
車を運転する喜びを、写真で伝えたい
自分の長所は「車を格好良く見せる表現を知っていること」だと語る郡氏。そんな彼の夢は、この仕事を絶え間なく続けていくことだという。
「僕にとって、仕事は生きがい。あまりお金でどうこうとは考えていません。もちろん季節によって辛い環境下の撮影もありますが、シャッターを切る瞬間だけは集中できる。暑さも寒さも感じません。それくらい、この仕事が好きなんです」
「車を運転する喜びを伝えたい。僕の写真を見て車に乗りたいって思ってほしい。1枚の写真で、車を買わせたいですね」
若者の車離れについて尋ねると、彼なりの見解が返ってきた。
「もっと運転する機会が増えればいい。僕自身も実際に車と接する機会があって興味をもったので、きっかけさえあれば車が好きになると思います。車の写真って止まっているものが多く、走行シーンで魅せているものは意外と少ない。でも本来車は走っているものなので、もっと動きを表現したいと思っています。僕の写真を見て、車を好きになってもらえたら嬉しいです」
最後に自身の性格について伺うと、「僕は臆病者なんです。撮影中も上手くいくか不安ですからね」と郡氏。そんな彼はフォトグラファーとしての才能を、「恵まれている方だと思う」と謙虚に答えた。
この自信と不安こそが、流れる時間の一瞬を切り取る力ではないだろうか。郡氏の今後の活躍から、一時も目が離せない。
取材:MOBY編集部
撮影:佐藤亮太、三浦眞嗣
- 執筆者プロフィール
- MOBY編集部
- 新型車予想や車選びのお役立ち記事、車や免許にまつわる豆知識、カーライフの困りごとを解決する方法など、自動車に関する様々な情報を発信。普段クルマは乗るだけ・使うだけのユーザーや、あまりクルマに興味が...