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「デザインもダサいマニアックなメーカー」そんなスバルの危機を救った車たち【推し車】

現存する自動車メーカーなら一度ならずは直面し、乗り越えてきた「自動車メーカーとしての存亡がかかった危機」。

とにかくクルマが売れずに企業としての存続が危ぶまれる事があれば、将来の売れ筋が見えずに迷走した時期があったり、あるいはその両方というケースもありますが、いずれにせよ危機を乗り切る救世主的な危機は欠かせませんでした。

今回はそんなメーカーの危機を救った救世主的なクルマから、スバル車の例を紹介します。

サンバー(初代・1961年)

売れ筋商用車が必要だった時代に爆誕した名車

スバル サンバー(初代)

スバル360(1958年発売)で軽自動車として初めて成功したスバルですが、安いとはいえ所得が低い時期の日本国民にとって軽乗用車はまだまだ高値の華、販売の主力として軽商用車は欠かせません。

そこでスバル360コマーシャル(1959年)など商用モデルを作るものの、ヂャイアント・コニー360など「本職」の軽商用車や軽オート三輪にかなわず、自動車メーカーとしての安定には何としても本格的な軽商用車が必要でした。

そこで誕生した初代サンバーは、くろがね ベビー(1960年発売)と同様、初期のフルキャブオーバー車としてバン、トラックともスペース効率に優れ、荷物を傷めず走行性能も高い四輪独立懸架サスも後発ライバル車に比べ好評。

ベビーとの販売競争に勝つと軽商用車で一定のシェアを築き、スバルが自動車メーカーとして安定したポジションを得るのに、もっとも貢献しました。

レガシィ(初代・1989年)

マニアックでダサいスバルが、プレミアムブランドへと変身

10万km世界速度記録を達成した初代レガシィRS

スバル1000(1966年発売)でスペース効率と走破性に優れたFF乗用車メーカーとして、初代レオーネで4WD乗用車メーカーとしての特色を得たスバルですが、1980年代はレオーネの改良が限界に達し、主力の北米でも販売が伸び悩むなど、存続の危機に立たされます。

そこで一発逆転を狙ってプラットフォームからエンジンまで完全新開発、水平対向エンジン+4WDによる長年の経験を生かした新型乗用車レガシィを開発、10万km世界速度記録を達成した高性能アピールと、商用モデルを持たない専用ボディのワゴンで大ヒットしました。

それまでの「雪国やオフロードでは強いんだろうけど他に取り柄がなく、デザインもダサいマニアックなメーカー」というイメージをレガシィで払拭したスバルは、高性能プレミアムメーカーとして大躍進を遂げ、文字通り息を生き返したのです。

インプレッサWRX(初代・1992年)

4WDスポーツのイメージリーダーとして市販車の拡販に貢献

1995年のWRCでメイクス&ドライバーのWタイトルを獲得した、初代インプレッサWRX ©STI

スバル復活を象徴したとはいえ、初代レガシィはあくまでレオーネ上級グレードの後継であり、自動車メーカーとしての安定には量販モデルであるレオーネ廉価グレードの後継が成功のカギとなります。

さらに、スポーツイメージを高めるべく本格参戦を始めたWRCでは、熟成不足とボディサイズに対するアンダーパワーでレガシィが苦戦しており、WRCで勝ってイメージリーダーとなれる高性能バージョンを持つ、レガシィより小さく安いクルマが不可欠でした。

そこに満を持して登場したのが初代インプレッサと、一回り小型軽量なボディへレガシィRSのパワートレーンをぶち込んだインプレッサWRXで、レガシィ後継として参戦したWRCでは1995年に見事ドライバーズ&マニュファクチャラーズのWタイトルを獲得!

イメージ向上に成功すると、スポーティなセダン&ワゴンとして、スバルに自動車メーカーとして安定した販売台数をもたらしました。

※この記事内で使用している画像の著作者情報は、公開日時点のものです。

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執筆者プロフィール
兵藤 忠彦
兵藤 忠彦
1974年栃木県出身、走り屋上がりで全日本ジムカーナにもスポット参戦(5位入賞が最高)。自動車人では珍しいダイハツ派で、リーザTR-ZZやストーリアX4を経て現愛車は1989年式リーザ ケンドーンS。2015年よりライタ...
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