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お笑い界の大御所、志村けんさんが大切にしていた愛車たちの現在は?【芸能人の愛車】

志村けんさんとは?

志村けんさんは、1950年(昭和25年)2月20日生まれ、東京都東村山市出身のコメディアンです。

『ザ・ドリフターズ』のメンバーとして『8時だョ!全員集合』などに出演し、絶大な人気を呼びます。また、「アイーン」や「だっふんだ」のようなギャグや、「バカ殿」や「変なおじさん」といったキャラクターに扮したコントによって、老若男女問わず親しまれてきました。

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お笑い界を目指すきっかけ

志村さんのお父さまは学校教諭ということもありとても厳しく、ほとんど笑わない人だったようです。そのため、志村さんは家の空気が重苦しいと感じることがしばしばあったようです。

しかし、唯一テレビで漫才や落語などのお笑い番組を見ているときだけ、志村さんは声を出して笑うことができたとのことです。

そのときから、お笑いの世界に憧れを抱くようになり、中学生のころには文化祭などでコントを披露していたそうです。このころから、お笑いを目指していました。

付き人から芸能界デビュー、その後ドリフターズ加入

高校卒業間際の1968年2月、志村さんはいかりや長介さんの家に直接訪れて、弟子入りを志願します。いかりやさんが帰宅されるまで雪が降っている中、12時間も待ち続けたそうですが、結果は門前払いだったようです。

それでもめげずに志願し続けた志村さんの根性を認め、いかりやさんは「付き人の欠員が出たら連絡する」と仮採用してくれました。

しかし、その1週間後には後楽園ホールに呼びだされ、『ザ・ドリフターズ』の付き人として採用されます。それ以降はどんどん忙しくなっていき、高校卒業式の日には午前中のみしか出席できないなど多忙を極めていたようです。その後、加藤茶さんの付き人にもなります。

22歳のときにお笑いコンビ『マックボンボン』を結成し「志村健」という芸名で芸能界デビューします。冠番組をもつこともでき活躍しますが、相方が失踪するなどして解散に至っています。

その後、志村さんはドリフの付き人に戻ったのちに芸名を「志村けん」に改めました。1974年、荒井注さんが脱退すると、志村さんは24歳で正式にドリフのメンバーに選ばれました。

個人での活動

1985年に『8時だョ!全員集合』が終了した翌年、『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』がスタートします。その後は初となる冠番組『志村けんの失礼しまぁーす!』や『志村けんのだいじょうぶだぁ』、『志村けんのバカ殿様』など多くの番組で主演として活躍していきました。

ドリフメンバー以外との活動も多くなったころころ「変なおじさん」のコントでお茶の間の笑いをつかみ、第2の人気ピーク時代に突入します。

2004年には、志村さんがMCを務める番組『天才!志村どうぶつ園』の放送が開始します。もともと動物が好きで、人情深い志村さんのお人柄が生かされて人気番組となります。

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新型車予想や車選びのお役立ち記事、車や免許にまつわる豆知識、カーライフの困りごとを解決する方法など、自動車に関する様々な情報を発信。普段クルマは乗るだけ・使うだけのユーザーや、あまりクルマに興味が...
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