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社長とクルマ Vol.5 ℃RYO TOKYO(クライオ東京) 代表・渡久地聡美「ピューマとジャガー」

ビジネスシーンの最前線を走り続けるリーダーと、企業経営という険しい道のりをともに歩んできた愛車たち。彼らにとって車とは、ただの通勤の足か、それとも夢そのものか。社長とクルマの素敵な関係を紐解く連載企画『社長とクルマ』。第5回のゲストは、ピューマ渡久地ボクシングジム会長、日本クライオ療法推進協会代表理事、そして「℃RYO TOKYO(クライオトウキョウ)」代表を務める渡久地聡美(とぐちさとみ)氏。

渡久地聡美
2001年、元プロボクサーであり、元夫のピューマ渡久地とともに「ピューマ渡久地ボクシングジム」を開業。現在は会長を務める。その後、凍結療法によって炎症部の痛みを緩和する「クライオセラピー」に可能性を感じ、クライオセラピーサロン「℃RYO TOKYO」をオープン。また、クライオセラピーを日本でさらに浸透させるため、一般財団法人「日本クライオ療法推進協会」を立ち上げ、代表理事に就任。

ピューマ渡久地ボクシングジム
2001年に開業。東京都港区内で唯一のプロボクシング協会加盟ジムとして、プロボクサーの育成から、初心者のためのエクササイズまで手がける。

ピューマ渡久地ボクシングジム 公式HP

℃RYO TOKYO(クライオ東京)
東京都・麻布十番に構える、最先端のクライオセラピーを提供するサロン。クライオセラピーとは「凍結療法」と呼ばれ、液体窒素を利用して-120℃~-196℃の超低温になったキャビン内に2〜3分間入り全身を短時間で冷却、炎症の緩和や血流促進などをおこなう。アメリカ製のインパクトクライオを日本で初めて導入した。

℃RYO TOKYO(クライオ東京) 公式HP

ボクシングジムとクライオセラピーサロンの経営

──まずは、渡久地さんが現在経営されている会社について教えてください。

ピューマ渡久地ボクシングジムの会長、麻布十番にある℃RYO TOKYO(クライオトウキョウ)の代表、そして一般財団法人日本クライオ療法推進協会の代表理事を務めています。

──1番最初に始められたのはボクシングジムだったそうですね。

はい。ジムは今年で21年目になります。

──℃RYO TOKYO(クライオトウキョウ)についても詳しく教えてください。

クライオセラピーと呼ばれる冷却療法を提供するサロンです。クライオセラピーは、液体窒素を使ってキャビンの中を約-180度に冷却し、そのキャビンに入ることで、短時間で効率よく血流を促進する仕組みです。

ボクシングジムに通うプロボクサーが怪我や減量で苦労している姿を見ていて、新しいリカバリー法を模索していたときに、このクライオセラピーを見つけ「これだ」と。クライオトウキョウでは、最新モデルをアメリカから直輸入して設置しています。

──海外のアスリートが使っている様子をたまにSNSで見ますが、実際に入るとどんな感覚なのでしょうか?

キャビン内の体感温度は-5度程度なので、意外にやり切れたとおっしゃる方が多いです。全身が冷えていく感じがあるんですが、煙なので体は濡れません。慣れてくればむしろ癖になり、私はほとんど毎日使っています(笑)。

──渡久地さんのキャリアと歴代の愛車についてお伺いしたいのですが、初めて免許を取られたのはいつ頃ですか?

21歳です。社会人になりたての頃でした。当時はまだ文化として、車は男の人が運転して迎えに来てくれるものだという雰囲気もあり、「私が取る必要あるのかな?」という気持ちも少しありました。

──ちなみに当時はどんなお仕事をされていたのでしょうか?

不動産関係の仕事をしていたんですけども、当時はとても恵まれていた時代と会社でして、社員用に会社が用意してくれたクラウン マジェスタに乗っていました。社用車という扱いだったと思うんですけど、自分の物のように好きに使っていましたね(笑)。

──21歳にして「いつかはクラウン」を手にされていたのですね。

はい。でも当時はクラウンがどんなクルマなのかも知らず「なんでこんな大きいんですか」って言ってました。でも社長の考えは「最初に小さいクルマに乗ったら大きいのに乗りづらくなるから。ぶつけるくらいは気にするな」と、いまでは考えられないような勢いがあった時代でした。

──クラウンにはどれくらい乗られてたのですか?

大体2年半ぐらい乗りました。不動産の後は宝石関連などの仕事もしていましたが、子供を授かってからは仕事を辞め、10年くらい主婦をしていました。ボクシングジムを設立したのは、ちょうど3番目の息子が生まれた年ですね。

──お子さんが小さかった頃はどんな車に乗られていたのでしょうか。

3人目が生まれたあとは、ネイビーのステップワゴンに乗っていました。子供を乗り降りさせるのに便利だったことを覚えています。荷物もたくさん乗りますし、運転もしやすく便利なクルマでした。

好きだから必死になれる

──ボクシングジムを立ち上げた経緯を教えてください。

元夫はプロボクサーだったのですが、現役時代にトレーナーも任されていたことで、人に教える楽しさを知ったようで、その姿を見ていたら、彼がプロとしてやってきた証を残すことができるジムを作ることが目標になったんです。

当時の私は主婦をしていたので、なにもわからないところからスタートしてこの場所を見つけ、資金繰りもおこなって、実質2ヶ月で形にしていきました。

──すごい速さですね。スピード感は経営者にとって大切な要素だと思いますが、それほど速く動けた要因はどんなところにあったと思いますか?

とにかく「夢中になる」ことですね。やると決めたら、とことんやる。「好きを仕事に」という言葉は今でこそよく聞く言葉ですが、昔はそんなことはなく、「好きなことだけでやっていけるわけがない」と言われることの方が多い時代でした。

でも私の考え方は少し違っていて、好きだから必死になれるし、好きだからいくらでも時間とお金を費やせると考えていました。

──そうして始まったこのジムが、現在21年目を迎えているわけですね。

このジムは、オープン時の原型をいかに保てるか、というのがテーマになっています。これまでに国内外から多くのスターが足を踏み入れてくれた場所なので、その雰囲気を残したいんです。

もうひとつはハングリー精神のためです。有名な話で、フロイド・メイウェザーがトレーニングをする場所は高級ジムではなくて、いまだに郊外のすごく古いジムを使っているというエピソードがあるのですが、それはボクシングの原点である「闘争心」を忘れないためにそうしているのだと思っています。

食事だったりリカバリーだったり、必要な部分ではもちろん最新の科学も取り入れますが、最後はやっぱり、血と汗と涙。そういうものが感じられる場所で練習をしないと、最後のひと踏ん張りが出てこないと思うんです。

クライオセラピーとボクシングは対極にあるようで、私にとってはどちらもすごい大事なんです。

経営者にとってクルマが欠かせないワケ

──ボクシングジムを開業したあとはどんな車に乗られていたのですか?

母から譲り受けた、ジャガー XJです。黒のボディカラーと赤のインテリアの組み合わせが毒グモのようで、とても気に入っていました。当時はジムの選手が後楽園ホールで試合をしていたので、しょっちゅう水道橋に行っていましたね。XJはいちばん長く所有していたクルマで、8年ほど乗っていたと思います。

──現在の愛車を教えてください。

いま乗っているのはジャガー XJ(4代目)です。元ジムの練習生がやっている販売店で購入しました。私のクルマ歴の原点であるクラウンが、白いセダンだったこともあり、見た瞬間に惚れ込みました。

XJは、ジャガーが販売する高級セダン。初代モデルは1968年のパリモーターショーで発表され、現在に至るまでジャガーにおけるフラッグシップサルーンの役割を担う。
渡久地氏が所有するモデルは、2009年に発表されたX351系だ。デザイン性が近代的に進化し、ラグジュアリー性とスポーティさを併せ持つエクステリアデザイン。

──ジャガー XJを購入されたとき、社長としてどんな時期を過ごしていましたか?

クライオセラピーの事業をスタートし、協会も立ち上げたばかりでした。そのため毎日が決断の連続で、ひとりになる時間が多く必要な時期でした。相模湖のほとりにお気に入りのカフェがあったので、片道1時間くらいかけて通って、お茶をして読書をして、車内で音楽を聴きながら帰る、というドライブをよくしていましたね。

サンルーフがあるので、太陽が出ている日は気持ちよく走れますし、長距離の運転でも疲れず快適なんです。こまめにメンテナンスに出しているので、今のところ大きなトラブルもありません。

──もしご自身が自動車メーカーの社長だったら、どんな車を作りたいですか?

私は車に乗るときにお水を持っていくようにするのですが、忘れてしまって途中で買う事が多いので、車内にウォーターサーバーが付いているといいですよね(笑)。

──渡久地さんの今後の目標を教えてください。

現在クライオトウキョウでは、欧米の最新機器を導入しています。本来であれば、このような貿易は大きな企業がゆっくりと丁寧に進めていくものだと思うのですが、私の場合は足取りが軽い小さい会社ですので、海外とのタイムラグを生まずにほぼ同時進行で進められています。

こうして好きな国に飛んで新しいものを発見することは子どもの頃から憧れていたことだったので、これからも同じようにクライオを通じて世界を飛び回り、さらに日本に広めていきたいと考えています。

ボクシングジムに関しては、昨年20歳になった息子がマネージャーとなり運営を任せられるようになってきました。息子が誕生した年に開いたボクシングジムであり、世代交代も考えて、私は練習生のアフターケア、サポートメンテナンスに力を入れています。

──渡久地さんにとってクルマとはどんな存在ですか?

決断に迫られているとき、リフレッシュしたいとき…など、壁にぶつかったときには必ず乗るものなので、精神的にとても大切な時間になっています。車内はひとりの時間になるので、私にとってはなくてはならないものですね。

経営者は毎日が決断の連続だと思うんです。そういう意味で、車は「移動する部屋」のようで、自分の考えを整理するうえですごく役立つんです。子どもの頃はどこでもドアが欲しくてたまらなかったのですが、いまの私にとっては車がそれに近い存在です。


経営についてはまったく未経験ながら、自らの手でボクシングジムの開業に漕ぎつけ、その後はまだ日本では浸透していなかったクライオセラピー事業をスタート。さらに現在は日本クライオ療法推進協会の代表理事まで務めている、渡久地聡美氏。「自分に嘘をつかないこと」が信条だという渡久地氏の、経営者としての行動力と一貫性は、ボクサーという、リングでは内面も結果もすべてがさらけ出されてしまう人たちを、長年にわたって目の前で見てきたからこそ生まれた審美眼なのかもしれない。ここでは書ききれなかった、経営観や近年のボクシング業界にまつわる内容は、MOBY公式YouTubeにて公開中。

文・米永豪
写真・佐藤亮太
インタビュー撮影場所・ピューマ渡久地ボクシングジム(東京都港区東麻布1丁目25-3富田ビル 2F)

【動画】渡久地聡美×ジャガー XJ

掲載しきれなかったインタビュー内容は、ぜひ動画でご覧ください!

【社長とクルマシリーズ】第4回はコチラ!

執筆者プロフィール
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ファッションとクルマを得意ジャンルとする25才のフリーランス編集者/ライター。MOBY編集部在籍時はwebマーケティングから執筆、編集、取材ディレクションまで網羅的に担当した。現在はウェブメディアや雑誌など...
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