MOBY(モビー)自動車はおもしろい!

MOBY[モビー] > メーカー・車種別 > 日産 > フェアレディZ > 「フェアレディZ(240Z)誕生へ」ダットサンと日産の歴史とこれから【日本の名車】
フェアレディZ

更新

「フェアレディZ(240Z)誕生へ」ダットサンと日産の歴史とこれから【日本の名車】

日産自動車の誕生と「DATSUN(ダットサン)」の量産化

鮎川 義介
不明 パブリック・ドメイン
出典 : https://ja.wikipedia.org/

「DATSUN(ダットサン)」の完成と時を同じくして、1931年「ダット自動車製造株式会社」は、大半の株を「鮎川義介」という1人の事業主によって買収されていました。

実は彼の歴史こそ、まさに「日産ブランド」誕生の歴史でもあったのです。「鮎川義介」は山口県生まれで、東京帝国大学(現東京大学)を卒業。卒業後は名家の出身でありながら芝浦製作所(現:東芝)に一介の見習職工として入社します。

その後も大卒であることを隠して、労働者として渡米して鋳造の技術を会得した義介は、帰国後若干29歳で「戸畑鋳物株式会社」を設立して自動車部品の製造を始めます。

さらにその後第一次世界大戦後の不況で経営が悪化していた「日立銅山」の経営権を獲得。(余談ですが、この「日立銅山」にで使用する電気機械修繕の為の会社がなんと「日立製作所」なのでした。ここに「日産」と「日立」の関係も生まれていたのです。)

そこで義介は「日立銅山」の親会社である「久原鉱業」を「日本産業株式会社」に改称させます。

もう、お分かりでしょう。そうです、この「日本産業」の「日」と「産」から「日産」のブランド名が誕生するのです!

戸畑鋳物は、自動車工業への進出を企画し、1933年遂にダット自動車製造株式会社を完全に吸収します。義介は新たに横浜に「自動車部」を創設し、戸畑鋳物と日本産業の共同出資で「自動車製造株式会社」として独立させます。

そして1934年100%日本産業の出資となった第一回定例時株主総会で社名を「日産自動車」に決定したのです。

ここにDATSUN(ダットサン)の量産化と「日産自動車」がスタートし、後に日産コンツェルン総裁となる鮎川義介の「全ての人に自動車を」というビジョンが、大量生産によって現実のものとなっていくのでした。

DATSUN(ダットサン)シリーズは「ブルーバード」「ダットサントラック」などのモデルを派生させ190カ国で実に2000万台以上の売上を記録していったのです。

DATSUNブランド「商用車」シリーズと「乗用車」シリーズ

日産自動車の誕生とともに量産化がすすみ、世界にその名を知らしめた「DATSUN(ダットサン)」。その後の「DATSUN(ダットサン)」ブランドは大きく2つの系譜に分かれて飛躍を遂げていきます。

1つは「DATSUN(ダットサン)」といえば「ダットサントラック」=「通称ダットラ」を思い浮かべる方が多いであろう、ビジネスユースのラインナップ。もう1つは「ブルーバード」などに代表されるレジャーユースのラインナップ。

ここでは「ビジネスユースラインナップ」から「ダットサントラック」を「レジャーユースラインナップ」からは「ブルーバード」「サニー」「フェアレディZ」を紹介していきます。

懐かしの「ダットラキングキャブ」から現行モデルまで

ダットサントラック 720型 ダブルキャブ 1979年

「ダットサントラック」は「ダットサン」ブランドの名をその車名に残す唯一の車として、日本車の車名としては最も長い歴史を誇る自動車でした。(日本国内向けでは10代67年間)

「ダットラ」の愛称で親しまれ、なかでも特に人気の高かったモデルは620型、720型でした。販売の中心は国内よりもピックアップトラックのレジャーユースとしての需要が成熟していた北米で、とりわけ620型はベストセラーとなり、日産の北米における人気を定着させる原動力となります。

「DATSUN(ダットサン)」ブランドにおいてはビジネスユースのラインナップだったダットサントラックが、自らの系譜の中で更にレジャーユースとビジネスユースのモデルを派生させていくことになります。

北米での訴求が特に高かったのはキャビンが延長されたキングキャブタイプ。1列シートでありながらも拡大されたキャブによって余裕のある室内空間を実現し、豪華な室内装備を備えた居住性の髙いモデルでした。

ダットサントラック620型

ダットサントラック 620型
Muyo CC 表示 – 継承 3.0 / CC BY-SA 3.0
出典 : https://ja.wikipedia.org/

1980年代後半から北米で流行したピックアップトラックを改造して楽しむトラッキンという文化が日本にも入ってきて、ダットラキングキャブ620型は一時的に国内でも脚光を浴びるようになりました。

北米での訴求がキングキャブ中心であった為、その台数が多く、トラッキンにもそれが反映されます。

日本ではキングキャブの販売数は非常に少なく、しかもその内の多くがトラッキンのベース車両となったため、改造による弊害や一過性の人気のために寿命が短く、現在では見かける事は少ない希少な車種となっています。

ダットサントラック720型

ダットサントラック 720型
ダットサン トラック 720型

720型のスタイリングは620型とはうって変わった直線基調となり、キングキャブの後部がさらに拡大され、ダットサントラックとしては初めてエマージェンシーシートが備わっています。

キャビンのバリエーションはシングルキャブ、キングキャブに加え、ダットサントラックとしては初めての4ドアダブルキャブの3種類に増えました。

写真は後期の角型ヘッドライトの720型。前期の丸型ヘッドライトの720型とはまた違ったイメージになっています。

海外専用モデルD22型ピックアップ

2000年 デトロイトモーターショー 日産 フロンティア クルーキャブ SE

D21型(9代目)以降は北米向けを「フロンティア」、欧州向けを「ピックアップ」、大洋州及びイギリス向けを「ナバラ」、南アフリカ向けを「ハードボディ」と地域別に車名を使い分けしています。

D22型(10代目)からは「ダットサン」の名が外され「ニッサン」ブランドに統一されます。ビジネスユースは「ダットサン トラック」、レジャーユースは「ダットサン ピックアップ」を名乗ることになりました。

しかし、この10代目D22型ピックアップも2002年に国内販売は終了し、現在は海外専用モデルとなっています。

この記事の執筆者
MOBY編集部 第4グループ