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伝説のラリーカー「ランチア・ストラトス」の歴史|レプリカや中古車価格は?

「ランチア・ストラトス」のすべては「ストラトス・ゼロ」から始まった!!

ストラトス・ゼロ 2012年撮

1970年のトリノショーにすい星のごとく現れたのが、このショーカー「ストラトス・ゼロ」でした。

ベルトーネノデザインでしたが、コンセプトワークや設計を担当したのは、後に「ランボルギーニ・カウンタック」を手掛けることになるマルチェロ・ガンディーニ氏でした。

このモデルは形だけの単なるショーカーではなく、世界ラリー選手権を勝つためのマシン、極限のコーナリングマシンになるべく、世界初のミッドシップラリーマシンにするためのコンセプトモデルでした。

チェザーレ・フィオリオとサンドロ・ムナーリの存在

このコンセプトに飛びついたのが、後にフェラーリF1チームの監督にもなる、HFスクアドラ・コルセ(当時ランチアのワークスチームでした)の監督チェザーレ・フィオリオでした。

フィオリオのチームには元々サンドロ・ムナーリと言う天才ドライバーがおり(後にストラトスでワールドチャンピオンになります)、ムナーリの求めるラリーカーのすべてがこのコンセプトカーにあると確信したようです。

そこから「ストラトス・ゼロ」は、展示スペースからラリースペースに引きずり出されたのです。ストレートシートポジションや良好な視界のウインドウ、超コンパクトな外寸、室内装備に至るまですべてムナーリに合わせてレイアウトされています。

ランチア・ストラトスの心臓部にはフェラーリ・ディーノ246のV6エンジン!

車体は出来上がってきたが、当時のライバル車、ポルシェ911、アルピーヌ・ルノーに対抗するためのパワーユニットが必要となりました。

ちょうど同時期にランチアがFIATの傘下に入り、同時にフェラーリのロード部門も管理下に加わったのです。

それまでラリーに使用していたフルビアのエンジンは、限界まで拡大しきっておりそこにもはや開発の余地はありませんでした。

そこで候補にはFIAT 124スパイダーのエンジンと、前述のフェラーリ ディーノV6 2,418ccエンジンが候補にあがりました。結局FIAT自身がラリーに参戦するということもあり、ディーノのエンジンに決定しました。

ディーノよりもわずかにデチューンされた、190ps/7000rpm、23.0kgm/4000rpmの心臓がホモロゲーション用に市販したストラトスのそれであります。

当時のレギュレーションだと、500台/年間という少量生産ができれば、WRCに参加できたので、ストラトス誕生には恵まれた条件があったのです。  

「ランチア・ストラトス」のラリーでの活躍

ランチア・ストラトス ラリーカー 2012年撮

1973年のタルガ・フローリオにまだホモロゲーション前のグループ5で出場し、ポルシェについで2位を収めます。

翌1974年にグループ4でホモロゲーションを取得後は、ストラトスの快進撃が続きま始まります。この年だけで、9つの優勝とRACラリーの3位を飾ります。当然この年のワールドチャンピオンシップフォーラリー(WCR)を手中にしました。

その後も素晴らしい成果は続き、1975年、1976年と続いてWCRを制覇します。もちろん前述のストラトス使いのドライバー、S・ムナーリの活躍が物を言っています。特にモンテカルロラリーでの速さは素晴らしく「モンテマイスター」と言われていました。

1977年からは、FIATグループの主戦力がFIAT 131アバルトラリーに移行したため、1977年を持ってワークスストラトスの活動は終了したが、その年のモンテカルロはもちろんS・ムナーリのドライブで圧倒的な速さをもって優勝しています。

この年まで背負っていたカラーリングは目にしたことがあるかもしれませんが、アリタリアカラーです。1977年の暮れからはそのカラーリングは、FIAT 131がまとい、セミワークスとしてストラトスが参戦する際は、ピレリカラーが施されていました。

ランチア・ストラトスの主要諸元(ストラダーレ仕様)

・乗車定員:2名
・エンジン:2,418cc 60度V6 DOHC
・最高出力:190PS/7,000rpm
最大トルク:23kgm/4,000rpm
・変速機:5速MT
・駆動方式:MR(横置きミッドシップエンジン)
サスペンション:前:ダブルウィッシュボーン
          後:マクファーソンストラット
・全長x全幅X全高:3,710mmX1,750mmX1,114mm
ホイールベース:2,180mm
・車両重量:980kg

この記事の執筆者
MOBY編集部 第4グループ