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50周年を迎えたランボルギーニ ミウラ全モデルの歴史と現在の中古車価格も調査!

ランボルギーニミウラ P400SV(Lamborghini Miura P400SV)

ランボルギーニ ミウラの完成形、P400SV

1971年3月、ジュネーブショーではP400SVが発表されました。
"SV"はイタリア語の"Sprint Veloce"で「より速い車」を表しています。

385馬力を公称していますが、実際には310馬力内外だったと言われていますが、改良に継ぐ、改良を重ねた結果、この世代でようやく当初の設計思想を実現したとも言われています。

そのため、「SVこそ本物のミウラ」とまで言われ、現在に至る市場での取引価格もそれを示しています。

全長×全幅×全高:4390×1780×1100mmm
車両重量:1305kg
エンジン形式:60度V型12気筒DOHC
排気量:3929cc
最高出力:385ps/7850rpm
最大トルク:40.7kg-m/5750rpm
トランスミッション :5MT
最高速度:285km/h
生産台数:約150台
レイアウト:ミッドシップ
デザイン:ベルトーネ

出典:http://www.super-car.net/

ランボルギーニ ミウラP400SVは、あの有名セレブも購入していた!

P400SVは約150台が製造され、1973年10月に生産終了しています。そのうちの一台をアメリカの有名なジャズ歌手である「フランク・シナトラ」が購入したことでも知られています。

それまでのミウラ全体の生産台数がおよそ750台だったと言いますから、本当に希少かつ貴重な車ですね。

ランボルギーニ ミウラP400SV、迫力のエンジン音

ランボルギーニミウラ Zn-75(Lamborghini Miura ZN-75)

世界で一台のタルガトップ風コンバージョンモデル

ILZRO(イルズロー) Zn-75、ILZRO スパイダーとよばれるこのモデルは、たった一台だけ生産されました。
車体番号"3498"のミウラを、オープン・コンバージョンとして製作されたロードスターをベースにしたカスタムモデルです。

自動車業界での新たな合金、コーティング方式、プレート利用などの技術を開発していた、非営利団ILZRO(イルズロー、国際鉛亜鉛研究機構)が新技術を広く宣伝し、アピールするために製作を進めたドリームカーです。

気鋭の若手デザイナー、マルチェロ・ガンディーニとヌッチオ・ベルトーネの手により、開発されたオープン仕様ミウラは、1966年のブリュッセルモーターショーに「ミウラ・ロードスター」として出品されました。

世界のモーターショーで活躍したZn-75 引退後は日本に?

ショーの後はILZROが買い上げ、パーツをILZROの推奨する亜鉛合金製やクローム製に置き換えて、1969年5月に"Zn 75"として再び発表されました。

金属の輝きを生かすパールメタリック調ダークグリーンのボディが印象的なこの車は、世界各地のモーターショーなどで活躍しました。

引退後はオークションにかけられ、生みの親シュレード・ラドケの個人所有、ボストン交通博物館、英国のアルコール飲料メーカー、ポートマングループの所有となりました。

その後は日本のヒストリックカー専門店を経て、マツダミュージアム所有になっていると言われていましたが、2008年にその説は否定され、アメリカ在住のコレクターが所有となっていることが確認されています。

現在は、オリジナルの「ミウラ スパイダー」の状態に戻されています。

ランボルギーニ ミウラP400 SVJ スパイダー(Lamborghini P400 SVJ Spider)

オープン仕様のランボルギーニ ミウラ

1981年のジュネーブショーに出品されたオープン仕様のランボルギーニ ミウラです。
ランボルギーニ・ディーラー、ランボモートルAG(スイス)がミウラP400Sをベースにカスタムしたモデルで、当時は話題となりました。

ランボルギーニミウラ コンペティツィオーネ(Lamborghini Competizione)

ランボルギーニミウラとイオタ

コンペティツィオーネとはレーシングバージョンを指し、イオタ(Jota)はミウラのレーシングバージョンにあたります。
1970年、テストドライブ中にクラッシュしたミウラのスクラップから、作り出されたのがオリジナルのイオタと言われています。

ランボルギーニミウラの中でも特に希少で、愛されているモデルはないと思います。

すでに現存しない、オリジナルイオタ

この1台だけをミウラコンペティツィオーネ、イオタ(Jota)と呼ぶことができます。

1972年に車体番号「#5084」を刻まれて市販されますが、納車からわずか2ヵ月で事故により全損、オリジナルのイオタは残っていません。

ランボルギーニ社は、熱烈なニーズに応えて、コンペティツィオーネを模したレプリカやミウラをベースにしたカスタムモデルを製作しています。

今でも、イオタは製作できる?

ランボルギーニ社公認の「イオタ」は5台ということになりますが、それ以外にもレプリカは、製作されていると言われています。

現在でも、ミウラを持ち込めば、ランボルギーニ社はイオタの製作を受けてくれるそうです。

ランボルギーニ ミウラSVJ (Lamborghini Miura SVJ)

ランボルギーニ社による、イオタの公式レプリカ

前項で、ご紹介したとおり、SVJはランボルギーニ社による、イオタの公式レプリカということになります。
製作された台数は5台とも12台と言われており、正式にはわかっていません。

1971年12月、革命前のイラン国王モハンマド・レザー・パフラヴィー(パフラヴィー2世)の依頼で、最初の一台となるSVJが生産されました。

パフラヴィー2世はSVをもう一台の所有しており、テヘランの宮殿内で、護衛を付けて大切に保管していたそうですが、革命後は人手に渡ります。

その後、映画俳優ニコラス・ケイジが、1997年から2002年まで所有していたことから、「ニコラス・ケイジ」という愛称で呼ばれることもあるそうです。

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