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世紀の天才ジウジアーロのデザインした車13選!あの日本車もデザインしていた?

イタリアが生んだカーデザイナーの巨匠 ジウジアーロがデザインした美しい車をピックアップして紹介します。彼のデザインした車はどれも美しく、名車「デロリアン」などにみられる、直線とエッジの利いたデザインは一世を風靡しました。世紀の天才「ジウジアーロ」の軌跡とともに、あの有名な日本車も、実は「ジウジアーロ」のデザインだったりするのです。

天才デザイナー「ジョルジェット・ジウジアーロ」の軌跡

ジウジアーロが手がけたモデルの1つ アルファロメオ ジュリア スプリントGT

数々の名車を手掛けてきた世紀の天才デザイナー「ジウジアーロ」。
ジウジアーロがどのような生涯を歩んできたのか、職業人生の概要をまずご紹介します。

ジウジアーロの誕生からフィアット入社まで

2016年デザインヨーロッパアワードにて

ジョルジェット・ジウジアーロは、1938年にイタリアのピエモンテ州・ガレッシオで、フラスコ画家の家庭に誕生しました。

小さい頃より絵に親しんでいたジウジアーロ12才の時、彼の描いた絵を見た祖父の知人が、非凡な才能に気付き本格的に絵画を学ぶことをすすめ、美術学校に入学することとなります。

画家を目指していた美術学校在学中ですが、彼のスケッチした「フィアット500」が、そのデザイナーであった本人「ダンテ・ジアコーサ」の目にとまり、その才能を高く評価した彼からの熱烈な説得を受け、1995年に学校を中退してフィアットのデザイン会社「チェントロ・スティーレ」への入社を決断します。

名門ベルトーネへ入社したジウジアーロ

カーデザインの面白さにのめり込んだジウジアーロでしたが、更なる向上を目指すためには、もっと美術に関する知識を身に付ける必要があると考えます。

1959年「チェントロ・スティーレ」を退社して、働きながら学びたい思いから就職先を探していたジウジアーロは、その時代イタリアに数多くあった「カロッツェリア」の中でも大規模だったベルトーネのオーナー「ヌッチオ・ベルトーネ」に相談することにします。

当時、チーフ・デザイナーが不在だったベルトーネは、ジウジアーロを自らスカウト。若干21才の若者は昼間は学生として学び、夜間はベルトーネでチーフ・デザイナーとして働くこととなったのです。

ギア時代のジウジアーロ

ギア社製造のアルファ・ロメオ 6C 1750

1965年更なる飛躍を夢見たジウジアーロは、ベルトーネを退社することを決意します。
数あるスカウトの中から、この時彼が入社を決めたのは、同じくイタリアのカロッツェリアであった「ギア」でした。

入社後は、ジウジアーロらしいデザインの車を精力的に発表し、名声は広がる一方でしたが、入社からわずか2年たらずで「ギア」は経営があやうくなってしまいます。

その背景にはこの時期、車の製造は大量生産の時代に入ることとなり、イタリアのカロッツェリアの体制そのものが古くなってしまったという状況がありました。

この時期には、カロッツェリアの多くが淘汰されることになったのです。

デザイン会社「イタルデザイン・ジウジアーロ」を設立

イタルデザイン 4代目キャリイ バン

ギアを退社したジウジアーロは、1969年自らのデザイン会社である「イタル・デザイン」を設立します。

大衆車を生産する大規模メーカーと、大富豪の贅(ぜい)をつくした車を製作するカロッツェリアを経験したジウジアーロは、「イタル・デザイン」でその経験を大いに生かし、スーパーカー、大衆車いずれのデザインでも果敢にチャレンジしていきます。

また、「イタル・デザイン」では、日本車も含め数多くのデザインを手掛けることとなるのです。

イタルデザインについて詳しくはこちら

ジウジアーロのデザインした名車13選

天才デザイナー「ジウジアーロ」がデザインした美しい車の代表車種をご紹介します。

ジウジアーロの名車【その1】ASA1000GT

ASA1000GT

ベルトーネ時代のジウジアーロがデザインした「ASA・ASA1000GT」。
もともとは、フェラーリーからの依頼で作られた車ですが、排気量の小さい車であることからイメージダウンを恐れ、わざわざAGAというブランドから販売されました。

リアに向けての線がなんとも美しい、これぞジウジアーロのデザインという車です。

ジウジアーロの名車【その2】ジュリア スプリントGT

アルファロメオ ジュリア スプリントGT

アルファロメオ・ジュリア・スプリントGT

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こちらもベルトーネ時代の作品「アルファロメオ ジュリア スプリントGT」。
ジュリアの2ドアクーペタイプとなるスプリントGTは、洗練されたアルファロメオらしい仕上がりとなっています。
フェンダーミラーも手作り感があって、愛着のわくデザインとなっています。

ジウジアーロの名車【その3】850スパイダー

フィアット850スパイダー

2シーター・オープンの名作といっても過言ではない「フィアット 850スパイダー」。
フィアットを退社したあとのベルトーネ時代のジウジアーロがデザインしたものですが、退社後もフィアットとの関係は良好だったといわれています。

オープンカーでありながら、全体的なフォルムに統一感が見て取れます。

ジウジアーロの名車【その4】ルーチェ

マツダ ルーチェ 初代

懐かしい「マツダ ルーチェ」の初代モデルもベルトーネ時代のジウジアーロのデザインです。
マツダの中でも高級車に位置していたルーチェの初代は、4ドアセダンの重厚感とジウジアーロ独特の絶妙な曲線が光る逸品です。

ジウジアーロはベルトーネでのわずか5年あまりの在職中に、次々と名車をデザインしていました。

ジウジアーロの名車【その5】117クーペ

いすゞ 117クーペ

世界的にも名車と呼ばれる「いすゞ 117クーペ」は、ジウジアーロのギア時代の作品です。
無駄なものを最大限取り除いた流れるようなラインのデザインは、製造の際に機械化が困難な部分が多く、その工程は手作業で行われました。

イタリアの国際デザイン・ビエンナーレでは、名誉大賞を受賞しています。
いまだに世界中の根強いファンから支持される車です。

ジウジアーロの名車【その6】ギブリ

マセラティ ギブリ

ギリギリまで車高を低くしたロングノーズに、マセラティ初の「リトラクダブルヘッドライト」を採用した「マセラティ ギブリ」。

当時、フェラーリ デイトナやランボルギーニと共に、マセラティの人気車となりました。
ジウジアーロがカロッツェリア・ギアに入社していた時代の代表作です。

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