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ジープまとめ|クライスラーのブランドと1つなった歴史と歴代の代表車種

軍用車として開発され、第2次世界大戦で活躍したジープは、戦後は民生用としても人気を博しました。そんなジープブランドも今年で生誕75周年。現在では年代物のジープはクラシック・ジープとして愛好家の手で大切に保管・維持されています。本記事ではジープの歴史と、現在の代表車種を詳しくご紹介します。

ジープとはどんなクルマなのか?

ウィリスMB

ウィリスMB

出典:https://gazoo.com/

ジープと聞いてみなさんは、どんなことをイメージされるでしょうか? 
頑丈で無骨、タフでワイルドな男っぽいクルマ・・・そんなところではないでしょうか?

もともとジープは、第2次世界大戦前夜に米軍兵士のために開発された多用途車で、開戦と同時に大量生産され、米軍とその同盟軍に多数が配備されました。
戦場でのジープは移動・物資の輸送・連絡・斥候(偵察任務)・戦闘・負傷兵の移送など幅広い任務に活躍し、一兵卒から将官まで階級を問わず多くの軍人に愛用されました。

そればかりか各国元首の戦場視察にも用いられ、ルーズベルト米大統領、チャーチル英首相、スターリン露首相、ドゴール自由仏軍将軍、マッカーサー米元帥、毛沢東・中国共産党主席と多くのVIPが愛用し、欧米のジープ愛好家の間では「ジープに乗らなかった元首は枢軸国のヒロヒト(昭和天皇)とヒトラーだけ」と言われるほどです(ムッソリーニ伊首相はパルチザンに処刑される直前にジープで移送されています)。

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軍用車だったジープは民間にも広がる

↓朝鮮戦争で使用されたM38

ジープ

出典:http://ktymtskz.my.coocan.jp/

第2次世界大戦後も軍でのジープの活躍は続き、1945〜46年にかけて戦われた第1次中東戦争、46〜54年にかけて激闘が続いた第1次インドシナ戦争、50年に勃発し、53年の休戦まで続いた朝鮮戦争、そして64年から米軍が本格介入したベトナム戦争にも、ジープとその派生車種は戦場へと送り出され、数多くの戦闘に従事しました。

いっぽうでジープの多用途性と悪路走破性は、軍を除隊した元兵士の若者たちを中心に民間市場でも関心を集めるようになり、米国では軍から放出された中古の軍用ジープが農村部を中心に需要を集めました。
そのことに気付いた製造元のウィリス社は、ほどなくして民間向けのジープを登場させました。シビリアン・ジープと呼ばれるCJシリーズの登場です。

このように戦後ジープは、軍民の両方で活躍することになったのです。

ジープの歴史とは?

ウィリスMB(初期型のスラントグリル)

出典:http://www.autoevolution.com/

↓jジープに影響を与えたキューベルワーゲン

キューベルワーゲン

出典:http://www.wikiwand.com/

さて、ここからはジープの歴史について一緒に学んで行きましょう。

1940年、欧州で第2次世界大戦が勃発すると、中立の立場をとっていた米国は、欧州の戦争に参戦、あるいは巻き込まれることを真剣に考えるようになりました。

そんな中で米陸軍は、ドイツ軍によるポーランド侵攻の際に、キューベルワーゲンなどの小型軍用車両が活躍したことに注目。
国内の自動車メーカー各社に設計要件を伝えて、積載量1/4tの偵察用小型4輪駆動車の開発を競争入札で採用を決定するとの公布を出しました。

同社の設計に当たって、陸軍が各メーカーに求めた要件は下記の通りです。

(1)高低2段切り替え式の副変速機を持つトランスミッション
(2)4輪駆動車であること。
(3)積載量は1/4トン積載。CAL30(30口径の機関銃)が搭載可能であること。
(4)ブラックアウト(灯火管制)ライティングシステムを標準で装着すること。
(5) スクウェアなボディスタイルで、折り畳み式のウインドシールドを備えること。
(6)車両重量を1,275ポンド(585kg)以内に抑えること。
(7)ホイールベースは75インチ(190.5cm)、車高は36インチ(91.4cm)以内であること。
(8)エンジン出力は40馬力以上あること。
(9)舗装路の最高速度は50マイル(80.5km)以上、最低巡航速度3マイル(4.8km)以下であること。

ジープの起原はバンタムという弱小メーカー

バンタム・プロトタイプ

出典:http://fleetowner.com/

ウィリス・クァッド

出典:http://www.motor1.com/

フォード・ピグミー

出典:https://www.everipedia.com/

これに応じたのが、アメリカン・バンタム社、ウィリス・オーバーランド社、フォード・モーター社の3社でした。
しかし、開発期間の短さと設計要件の厳しさからフォード社が最初に脱落し、ウィリス社も期限切れで間に合わず、最終的に試作車を完成させたのは、倒産寸前の零細自動車メーカーだったバンタム社だけでした。

テストの結果、バンタム試作車は極めて優秀な性能を発揮し、正式採用を勝ち取ったのですが、ここで問題になったのがバンタム社の生産能力です。

バンタム社は従業員わずか15名の弱小企業。
工場も町工場に毛が生えた程度のもので、とてもではありませんが米陸軍の求める大量生産を実現できる見込みはありません。

頭を抱えた米陸軍は、非常に冷徹な判断をバンタム社に下します。
バンタム試作車の設計図をウィリス社とフォード社に公開し、それぞれ独自に改良を命じたのです。

こうして製作されたのが、改良型バンタム試作車、ウィリス・クァッド、フォード・ピグミーの3台でした。
それぞれの車両はバンタム試作車によく似ていましたが、1,275ポンド(585kg)の重量制限だけはクリアできず、最終的に軍は車重制限を2,160ポンド(981kg)まで緩和し、強度確保を 求めることにしたのでした。

バンタムBRC40

出典:https://jeeps.thefuntimesguide.com/

バンタムBRC60

出典:https://trustinrust.com/

元祖ジープのウィリスMBとフォードGPWが完成

フォードGPW

出典:http://hymanltd.com/

米陸軍は3社にそれぞれ1500台の増加試作車を発注。各社はバンタムBRC40、ウィリスMA、フォードGPのプロトタイプを緊急生産しました。
そして、1941年から英国やソ連に送られて実戦テストが行われました。

その結果、同年7月に3台の中でももっとも優れていたウィリスMAがトライアルの勝者となり、これにヘッドランプをグリル内に収めたフォードGPのフロントデザインを取り入れた改良型が、ウィリスMBとして正式採用されることになったのです。

全長:3,277mm
車幅:1,575mm
車高:1,803mm
ホイールベース:2,032mm
車重:975kg
エンジン:NMA型水冷直4サイドバルブ
総排気量:1,958cc
最高出力:45hp/3,600rpm
最大トルク:11.75kg-m/1,700rpm
トランスミッション:パートタイム2速
サスペンション:前/後リーフスプリング
タイヤ:6.00-16

なお、バンタム社はのちにBRC40を改良したBRC60を開発しましたが、生産車両のほとんどは援助物資としてソ連に送られるました。
大戦中、同社はジープ用のトレーラーを生産していましたが、戦後まもなく資金繰りがうまく行かなくなり、倒産してしまいます。

ジープが連合軍に勝利をもたらした!

↓フォードの工場で生産中のGPW

Ford GPW Jeep

出典:http://www.fomcc.de/

米国が連合軍側に立って第2次世界大戦に参戦すると、連合軍の武器庫になった米国は自軍だけでなく、英国や豪州、ソ連、中国にもウィリスMBを供給する必要が出てきました。

そのためには中堅自動車メーカーのウィリスの生産能力だけでは不足が感じられたので、同社の設計図はフォード社にも公開され、互換性のあるまったく同じ仕様のフォードGPWが、フォードの工場でも生産されるようになったのです。

こうして大戦終結までの44カ月間に、ウィリスMB/フォードGPWは64万台以上が生産されました。

そして、熱砂のアフリカ戦線、死闘が行われた欧州戦線、極寒の東部戦線、熱帯の島々を巡って激闘が行われた太平洋戦線など、各地の戦場にジープは送られ、終戦の日まで戦い抜き、連合軍勝利にジープは大いに貢献したのです。

頑丈でシンプルな構造がジープ成功の秘密

ジープの内部透視図

出典:http://drawingdatabase.com/

ウィリスMB/フォードGPWの構造は、シンプルかつバランスの良い設計でしたが、大量生産を前提にしていたため、複雑で高度なメカニズムをあえて避けた堅実な設計がなされていました。

構造はシンプルなラダーフレームに、前後とも縦置きリーフスプリングで懸架されたリジットアクスルを備えるシンプルで堅牢な構造を採用。
主要なメカニズムは社外からの寄せ集めで、搭載されるパワーユニットはコンチネンタル社製の2.2L水冷直4サイドバルブの「ゴーデビル」エンジンで、T84型トランスミッションも社外の既製品を用いていました。

ボディは簡便なオープントップで、雨露は設置が簡単なキャンバス地の幌を張って対応しました。
ただ、欧州の真冬の寒さは幌では凌ぎ難かったようで、1944年12月にベルギーとドイツの国境付近で戦われた「バルジの戦い」では、現地急造のハードトップを装着した米軍のウィリスMB/フォードGPWが登場しています。

ジープの名前の由来とは?

↓カスタマイズされたパットン将軍のジープ

出典:http://www.skylighters.org/

なお、ジープという相性は兵士の間で自然発生的に生まれたもので、由来に関しては諸説ありますが、1936年に人気漫画『ポパイ』に「ユージン・ザ・ジープ」(Eugene the Jeep )というキャラクターが登場することから、この超能力で難問を解決する不思議な生物が、万能車両として将兵に愛されたジープの由来になったとするのが優力な説のようです(ほかの説としては、フォードGPを兵士たちが「ジーピー」と呼び、転じてそれが「ジープ」になったというものもあります)。

なお、ジープの優秀性は枢軸国軍兵士も認めるところで、北アフリカ戦線や欧州戦線では、鹵獲されたジープがドイツ兵の間で人気を博していましたし、太平洋戦線でも連合軍から奪取したジープを日本軍が使用した記録が残されています。

そのうちの1台、日本陸軍がフィリピン戦線で入手したバンタムBRC-60は鹵獲後、調査目的で日本本土へ送られました。
同車の性能に感銘を受けた日本陸軍では、トヨタにこれをそっくりコピーするように命じます。
その結果、1944年夏までに5台の試作車が製造され、テストの末に四式小型貨物車として制式化されましたが、物資が欠乏する大戦末期とあって量産はほとんどされることなく、日本版ジープが活躍することはありませんでした。

↓日本軍が試作した四式小型貨物車

出典:https://www.toyota.co.jp/

大戦後、ジープはどうなったか?

出典:http://www.offroadvehicle.ru/

大戦終結後、ウィリス社は縦格子型のフロントグリルとともにジープの名称を商標登録しました。
以後、1960年に後継車種としてフォードがM151 MUTT(マット)シリーズを生産するまで、積載量1/4tの小型四輪駆動車は「ジープ」の名称で独占的に軍に納入されるようになります。

最初の戦後型のジープは49年に登場したM38(ウィリス社内ではウィリスMCと呼称)は、ウィリスMB/フォードGPWの改良型で、ヘッドランプが大型化されたほか、防水機構の追加(初の完全防水されたジープ)、駆動系の容量増加(トランスミッションをT84型からT90型に換装)、電装の24ボルト化などの改良が行われました。そのいっぽうでコストダウンのため、フル・フローティングリジットアクスルからセミ・フローティングリジットアクスルへと変更されています。

M38は制式採用直後に勃発した朝鮮戦争で使用されたほか、同名国軍にも供与され、74年の第3次中東戦争でもイスラエル軍が多数使用しました。

オリジナルジープの有終の美を飾ったM38A1

M38A1

出典:https://www.toyota.co.jp/

1952年、ウィリス社はM38の後継車種として、改良型のM38A1(ウィリス社内ではウィリスMDと呼称。
同社の生産期間中にウィリス社はカイザー・フレイザー社に吸収合併されて消滅)を開発しました。
この車輛はエンジン出力を増した(M38の60hpから72hpに向上)新開発の2.2L水冷直4サイドバルブの「ハリケーン」エンジンを搭載したため、ボンネットが丸みを帯びた形になっているのが外観上の特徴になっています。

それに合わせて車体も大型化し、ホイールベースも1インチアップして81インチ(205.7cm)になりました。
その独特なデザインから将兵たちは同車を「ブルドック」の愛称で呼びました。

M38A1は冷戦初期の米陸軍、および海兵隊の主力ジープとして活躍し、61年10月にベルリンで発生した「外交事件」(外交問題が拗れたことから、ベルリンに駐留する米ソの戦車が検問所で睨み合いを起こした事件)の記録フィルムでも将兵が乗るM38A1を見ることができます。

なお、同車のバリエーションには超小型の戦術核兵器「M388デイビー・クロケット」を搭載した「アトミック・ジープ」があります。
これはジープ1台で1個機甲師団を壊滅させるという恐ろしいシロモノで、61〜71年にかけて西ドイツ駐留の米陸軍に配備されていました。

M38A1D「デイビー・クロケット」装備型ジープ

出典:http://www.warwheels.net/

後継車種はジープと似て非なる車両

M151フォードMUTT

出典:https://jp.pinterest.com/

M998ハンヴィー

出典:http://fas.org/

1960年に米陸軍はジープシリーズの後継車種として、M151フォードMUTTを採用したため、軍用ジープの系譜はM38A1を最後に途切れます。

M151は兵士から「ケネディ・ジープ」の愛称で呼ばれましたが、カイザー・フレイザー社が商標を登録していたため「ジープ」を名乗れませんでした。
フォード社はジープの意匠登録を侵害しないように、ジープの縦スリットに代わって横スリットのグリルを採用しています。

また、同車はジープのような独立したフレーム構造を持たないモノコックボディのため、ジープとは似ていますが構造的にまったく異なる車両です。

そんなM151も1985年に後継車種となるM998ハンヴィーが登場したことから順次退役し、現在では海兵隊に一部が残るのみとなっています。
こうしてジープスタイルの軍用車は米軍から消えたのでした。


ベースグレード
639.0万円
本日の在庫
2
平均価格
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本体価格
639 ~ 639 万円

歴代のシビリアン・ジープについて教えて?

ウィリス・ジープCJ-1

出典:http://www.vintagemilitarytrucks.com/

ウィリス・ジープCJ-2A

ウィリス・ジープCJ-3A

民間市場向けのシビリアン・ジープは、1945年にウィリスMBを市販車として仕立て直したウィリスCJ-1が元祖となっています。
このモデルはウィリスMB/フォードGPWをそっくりそのまま市販化した車両で、赤やブルーなどの鮮やかなボディカラーを除けば、軍用車両そのままのスパルタンなモデルでした。
生産はごく少数に留まりました。

このCJ-1をベースにヘッドランプを大型化したのがCJ-2です。
ックスはのちのM38に似ていますが、中身はウィリスMB/フォードGPWからほとんど変わりがありません。
そして、このCJ-2に各種改良を加えて民間車両としての使い勝手を改善したのがCJ-2Aです。
この車輛は開発当初からシビルユースを前提とした初のジープで、3速MTとファイナルドライブのギア比は変更され、サスペンションもソフトなものになり、直径7インチの大型ヘッドランプ、電動ワイパー、テールゲートボディサイドに設けられたガソリン給油口が変更点となっています。

このモデルをマイナーチェンジしたのが、49年に発表されたCJ-3Aで、民間ユースを前提に駆動系を強化したほか、ウインドシールドが分割式から一体式に変更されました。

ジープCJ-3B

出典:http://momentcar.com/

53年に登場したCJ-3Bは、製造元がウィリス社からカイザー・フレイザー社に移った初のモデルで、エンジンをそれまでの「ゴーデビル」から「ハリケーン」に換装したため、縦長のグリルと高いボンネットが採用された初のモデルになりました。
また、このモデルからオプションで4MTが選べるようになりました。

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