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【自動車の歴史】ダイハツの歴史、ルーツと車種の特徴を知ろう!

ダイハツは、軽自動車を中心に日本だけでなく世界に提供し続けている自動車メーカーです。1998年にトヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)がダイハツの株式を過半数を取得し、実質トヨタ自動車の傘下に入っている状況です。ダイハツがどのような歴史を経て自動車メーカーとして活躍するまでに至り、どのようにしてトヨタ傘下に入ることになったのか、ダイハツの激動の歴史をご紹介します。

ダイハツとはどんな自動車メーカー?

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ダイハツは、もともと発動機を作っていた会社です。ダイハツの前身の社名は「発動機製造株式会社」。大阪に拠点をもち、初の国産発動機開発及び生産を目指し、挑んだ技術者たちの熱い思いからスタートしました。

のちに、自動車づくりを開始し、独立した自動車メーカーへと道を進めます。

現在は、トヨタ自動車の傘下に入り、小型自動車の先進的な開発と普及に努めていますが、過去には普通自動車も生産していました。

ダイハツは「国産発動機を!」技術者が挑んだ日本初の挑戦に

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ダイハツの起源は、明治時代にまでさかのぼることになります。拠点は大阪。当時、日本の発動機は輸入に頼っており、技術者たちは「なんとかして発動機の国産生産を!」と意気込んでいました。

発動機の国産化を目指していたダイハツは、1907年(明治40年)に「発動機製造株式会社」として創立されました。

初期メンバーは、大阪高等工業学校(現・大阪大学工学部)の学者や技術者たちでした。自分たちの知識と技術を駆使し、試行錯誤を繰り返しながら、彼らは「夢」を実現させました。そして、当時の日本産業発展の一歩を築いたのです。

ダイハツ車の特徴は?

ダイハツ・タント

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主に、小型自動車の開発に力を注いでいるダイハツ。幅広い層の人たちからのニーズを吸収し、独自の軽自動車生産を続けています。

例えばタントは、子供の乗り降りがしやすく、また軽自動車のサイズを守りつつも広々とした空間を演出しています。

ダイハツ・ムーヴ

ムーヴ

こちらもダイハツを代表する車種です。タントと同様、ムーヴにもバリエーションがあり、ムーヴコンテ、ムーヴ フロントシートリフトなど、乗る人に合わせて、また使う目的に合わせた種類をそろえています。

ダイハツは福祉車両も充実

福祉車両も充実しており、「移動手段の幅を広くして大きな世界を見てもらいたい」という技術者たちの熱い気持ちが車に反映されています。

子供連れの家族、独身者、高齢者、障がい者など、幅広い年齢、家族形態に沿った車づくりをする、それがダイハツの特徴です。

ダイハツ工業株式会社の歴史とそのルーツとは?

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ダイハツは、吸気ガス発動機から始まり、小型ディーゼルエンジンなどを開発、鉄道車両用機器などの製造までも手掛けることになり、機械加工能力の水準の高さを評価され、国鉄とも深く関わっていくことになります。

ダイハツのエンジンは広まり、顧客から「大阪の発動機」と呼ばれるようになり、それを略称して「大発(ダイハツ)」として親しまれるようになったことから、現在の企業名につながっていきます。

エンジンメーカーから自動車メーカーへ変わるダイハツ

自動車の心臓ともいえるエンジンを完成させ、世に認められるようになったダイハツは、ついに自動車をつくる決意を固めます。

当時(戦前)、新しいものがたくさん作られ、また輸入され、物流界では車の需要が高まっていました。ダイハツは、エンジンメーカーでしたが、1930年(昭和5年)に自動車の自主生産を開始しました。歴史に残る初めてのダイハツ車は、小型三輪自動車「ダイハツ号」を発表。大きな人気と反響を得ました。

そして、1951年(昭和26年)に、現在の「ダイハツ工業株式会社」へ社名を変更しました。自動車メーカーとして大きく動き出したのです。

このとき、創業からすでに40年以上が経過していました。実は、ダイハツは日本で一番古い歴史をもつ自動車メーカーなのです。

勢いは止まらず、世界へ飛躍を遂げるダイハツ

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1957年(昭和26年)、ダイハツは世界へ自社の車を売り出しはじめます。

このとき、ダイハツは創立50周年を迎えていました。このとき販売した「ミゼット」は、使いやすさ、安さなどで人気となり、商店や配送業者の間では大ヒットとなりました。そして、インドネシアやタイなどにも輸出され、人々の生活をより良くしたのです。

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「エンジンの国産化」を目指していた会社は50年の時を経て、自動車の製造、輸出など、幅広い事業を展開していきました。

ダイハツの広告をうまく活用した経営戦略

ミゼット発売の成功には、広告を利用した巧みな経営戦略があったのです。小型で便利、実用性と安さを強調し、「街のヘリコプター」のキャッチフレーズとしてテレビコマーシャルで放送。視聴率の良いテレビ番組のスポンサーとなり、ミゼットの広告をどんどん押し出していった。結果、認知度は広がり、売り上げにもつながりました。

トヨタとの業務提携しダイハツのエンジンをトヨタへ

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その後も、数々の自動車を世に送り続けたダイハツは、1967年からトヨタと業務提携することになります。

優れたエンジンに目をつけたトヨタは、トヨタ車にダイハツ製エンジンを搭載するようになりました。ダイハツのルーツ「エンジン」は、創業から50年以上経っても変わらず評価され続けてきたということでしょう。

自動車メーカーとして独立したダイハツ。なぜトヨタと業務提携を結ぶことになったのでしょうか。

競争に打ち勝つダイハツの力不足とトヨタの思惑

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ダイハツとの業務提携において、当時トヨタの社長だった豊田英二社長は以下のように話しています。

日本の自動車業界全体一丸となって、外車流通を防ぎたかったトヨタの社長の思惑があったようです。1社では世界の名だたるメーカーたちには太刀打ちできないかもしれませんが、各社それぞれの得意分野を活かしたモノを世に送り出す戦法で、生き残りを懸けたトヨタの姿勢がうかがえます。

実は、トヨタはこのときダイハツだけでなく、スズキ株式会社(以下、スズキ)とも深い繋がりがありました。

軽自動車の規格が550ccに拡大された1976年。その年に販売したスズキの新型車「フロンテ7-S」には、スズキはダイハツのAB型エンジンを購入して、搭載していたのです。

スズキは、排ガス対策のエンジン開発が遅れており、それをカバーするためにとった救済策だったといいます。この救済策の仲介をしたのが、先ほどの発言をした豊田英二氏社長だったのです。

もともと、トヨタとスズキは深い関わりのある会社でした。地域的にも近い企業であること、そして、自動車メーカーとして独立する前、自動織機の製造をしていたことなどの共通点から関係が深まりました。

後に、スズキと業務提携するという将来は、両社ともすでにこのときには見えていたのかもしれません。

さて、ダイハツとトヨタとの業務提携により、アジア向け小型自動車の普及に伸び悩んでいたトヨタはダイハツの力を借り、どんどん普及していきました。

さらに、トヨタはダイハツと「業務提携」という枠を超え、トヨタグループの傘下に入るようにダイハツに促します。それは、先の豊田英二元社長の「外資の攻勢に対する防波堤の役を果たしたい」思いを繋いだ結果なのかもしれません。

現社長の豊田章男氏は、以下のように発言しています。

小さな車をつくる難しさを痛感していた。従来のトヨタの小型車開発を変えるなかで、ダイハツの力を借りるのが有効だと考えた

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トヨタの新興国への小型車販売戦略は成功しており、ダイハツが中心的な存在となっています。トヨタとしては、「ダイハツブランド」は残しつつ、トヨタの経営方針に従ってダイハツに動いてもらいたいという意図がみえます。

ダイハツとしても、トヨタの先進技術を頂戴しながらより多くの車を生産できること、またダイハツブランドが残る、というメリットもあるので、お互いの利害関係を考えた上でも合意に至ったのであろうと推測されます。

しかし、スズキとも業務提携を結ぼうとしているトヨタは、スズキとダイハツ、小型自動車のライバル関係であった両社をどのように動かそうとしているのでしょうか。

今、小型自動車の大編成が行われようとしているのかもしれません。

ダイハツ工業株式会社の歴代の代表車種を紹介

ダイハツ・ビー(BEE)

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1951年発売のビーはダイハツにとって、創立以来、初めてのセダン乗用車です。関西ではタクシーにも使われていたようです。この車形状で三輪であることがまたおしゃれに感じます。

ダイハツを代表する名車「コンパーノ」

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コンパーノは、乗用車市場に進出した第一作で、1961年秋の第8回全日本自動車ショウで発表されました。しかし、フロントデザインがイタリアの中型車フィアット・1800/2100に似ており、小型大衆車としては、アンバランスなデザインとして一般的には不評に終わることになります。

この評価を受け止め、翌年の第9回東京モーターショーに、改良したライトバンのプロトタイプ(各種性能の確認や、新たな装備・機能の試験目的で製造されたもの)を出品しました。このデザインは、一般的にも好評で、美しいイタリアン・デザイン風の車に仕上がりました。

そしてこの好評を受け、1963年にダイハツ・コンパーノ・ライトバンを発売しました。

次は、ダイハツファン、車ファンにはおなじみの「シャーレード」。

ダイハツ・フェロー(FELLOW)

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1966年11月に発売されたフェローは、軽乗用車市場参入第1作目です。

大人4人が無理なく乗れる軽自動車を目指し、トランクはヒンジを外部に付けることで開口部を大きくとり、荷物の出し入れを楽にした。フェローは英語で「仲間・同僚」の意味をもちます。

ダイハツ・シャレード

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初代のシャレードは、ダイハツ・コンソルテの後継モデルとして1977年11月に発表されます。コンソルテは、トヨタ・パブリカのOEM車で、モデルチェンジされることがなかったため、ブランド力(価値)の低下が懸念されていました。

その当時、ヨーロッパでは、小型車はのFF(前にエンジン設置、前輪駆動)化が進んでおり、日本もその流れを追うように、開発を進めていました。

フロントに横置き搭載された3気筒のエンジンと、やや背の高い2ボックスの車体の組み合わせは、小ぶりながら広い室内空間と合理的な駆動レイアウトで、新たな小型車の方向性を打ち出しました。

ダイハツ・デルタ(DELTA)

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2~3.5tクラスから、750kg積トラックのデルタ750、ライトバンおよびワンボックスワゴンのデルタワイド(DELTA WIDE )が発売されるなど、様々なバリエーションをそろえると共に、モデルチェンジを繰り返しながら2010年まで輸出専用に生産してきた歴史ある車です。

ダイハツ・タフト(TAFT)

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タフト登場前の四輪駆動車としては、トヨタからランドクルーザー、三菱からジープといった普通自動車とスズキからジムニーという軽自動車が市場に出回っていました。

タフトはこれらの中間サイズの車として1974年に発売されました。当初の排気量は1,000ccと軽自動車よりは少しパワーが大きいぐらいの馬力でしたが、のちに2,500 cc ディーゼルエンジンと、トヨタ製1,600 cc ガソリンエンジンを追加しました。

さらに最終モデルではディーゼルエンジンの排気量は2,800 cc まで拡大され、当初の何倍もの馬力に変化を遂げていきました。「タフト」は造語Tough & Almighty Four-wheel Touring vehicleをつないだもの。

ダイハツ車の現行人気車種は?

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スモールカーとして思い浮かべるメーカーの中に、きっとダイハツ車が入っているはず。街中でよく目にするダイハツの人気車をご紹介します。

ダイハツ・タント

ダイハツの代表車といってよいのでは、といえるほど有名な車種です。タント スローパー、タント ウェルカムシートといった福祉車両にもなっています。

軽自動車とは思えない室内の広々とした余裕感はタントでしか味わえません。「タント」はイタリア語で「とても広い・たくさんの」という意味。その名の通りの車です。

ダイハツ・ムーヴ

こちらもダイハツを代表する車種です。タントと同様、ムーヴにもバリエーションがあり、ムーヴコンテ、ムーヴ フロントシートリフトなど、乗る人に合わせて、また使う目的に合わせた種類をそろえています。

ダイハツ・コペンローブ

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小さな車でもスポーツ感を出しているこの車種は、「かっこいい」だけではなく「かわいい」も兼ね備えた車です。

「スモールカー」を表に掲げ、強みとしているダイハツにとって、スポーツカー(オープンカー)は、手を出したくても難しかったことでしょう。

しかし、デザイン性、機能性、コストパフォーマンスのバランスがとれていたため、多くのファンが根付いています。

ダイハツ・ミラ

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ミラはダイハツ車の中でも最もバリエーションが多く、4つ派生が存在します。ミラ、ミライース、ミラココア、ミラバン。

エコカーから商用車、デザイン重視の車など豊富な種類があります。

それだけ、ダイハツにとってミラが定番であり、また、消費者からの需要がある車だということがわかります。

ダイハツはスモールカーを必要とするすべての人のために

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ダイハツは、今も昔も変わらず、スモールカーを主に売り続けています。

軽自動車は日本固有の商品であり、日本のお客様のために作られています。
でも、軽自動車のおかげで、海外でも通用する「小さいクルマを作る知恵」が、日本にはあります。

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便利、安い、だけでは現在の車市場で勝ち抜くことは困難です。そこに斬新さやかっこよさ、などの「新しさ」が車には常に求められているからです。

それもふまえ、ダイハツは独自のスローガンを掲げています。

「日本のベストを追求する事は、他の国のベストへとつながる」ダイハツは日本の軽自動車を基点として、各国における事業展開を進めています。

出典:http://www.daihatsu.com/

現在のコーポレーションスローガンは「Innovation For Tomorrow もっと軽にできること」。

自動車メーカーとして一歩を踏み出したあのときから、ダイハツは今後も軽自動車の魅力を追及し続けていくでしょう。

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