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イタリア車全メーカーの歴史と由来・意味が深い!フェラーリ、ランボ、マセラティ等

車メーカーや車の名称には様々な思いや歴史や引用、ユニークさやイメージ等を考慮してつけられています。 一見分かりませんが、その由来を知ると、自分の持つ車に対する愛情が沸いたり、「いつかそれに似合うようになって乗ろう」等と色々な楽しみが増えると思います。 今回はイタリアブランドとそのメーカーから出ている車の名前の由来や歴史を紹介したいと思います。 これを呼んで、博学になりつつも、その車、ブランドの想いを感じてください。

自動車の名門メーカーの多いイタリア

イタリアには、フェラーリやランボルギーニをはじめとした名門自動車メーカーが並んでいます。

近年では日本以外の自動車大国といえば、メルセデスベンツやヴォルクスワーゲン、BMWの「ドイツ」が筆頭に上がってきます。
販売台数や売り上げなどを考えれば、確かにドイツは強いですが、名門という意味でいえば、イタリア車はどこにも負けないのではないでしょうか。

今回は、そんな名門イタリアの自動車メーカーの歴史についてまとめていきます。
気になった方はぜひ、最後までご覧ください。

栄光と挫折のメーカー「アルファ・ロメオ」

その独特のフロントノーズとエンブレムで有名な「アルファ・ロメオ」。英語表記は「Alfa Romeo 」。日本での販売台数は少ないですが、イタリアの高級スポーツカーブランドです。

スタイリッシュなネーミングで、創立も1910年創立と歴史も深い会社です。元の自動車製造工場の名前は「ロンバルダ自動車製造株式会社」と地味な名前です。しかし、英語表記すると「Anonima Lombarda Fabbrica Automobili 」となり、その各頭文字を取り、A.L.F.Aと名乗っていました。

なので、当時のエンブレムには「A.L.F.A MILANO 」と入っていました。そして、モーターレースで素晴らしい活躍を見せ、スポーツカーメーカーとして確立されていきます。

が、1918年に二コラ・ロメオという実業家が経営する会社に吸収合併されます。ロメオは自身の性を名前に加え、今の「アルファ・ロメオ」となりました。知らないとその名前の完成度の高さから、一つの名前に思いますが、実は二つの名前が合わさってできたものなのです。

また、一説によると「ALFA」には永遠を約束した言葉でギリシャ語の最初の文字でもあり、出発を意味することも含まれているそうです。恐らく後付けでしょうが、なるほどと思わせるものです。

そんなアルファ・ロメオですが合併と戦争に巻き込まれたのもあり、スポーツカーメーカーとしてやってきた会社ですが、そのスポーツカーの開発は中断されたりもしました。経営難に陥り、現在はフィアットの傘下で、スポーツ面を押し出した開発を手掛けています。

誰もが知って、誰もが憧れを一度は抱く「フェラーリ」

「イタリアの車」と言えば誰もが一番に「フェラーリ」の名前を出すでしょう。車好きは一度でいいからそのステアリングを握ってみたいと思う車の一つでしょう。

フェラーリは、前に記述しました「アルファ・ロメオ」のレーシングチームに所属していましたエンツォ・フェラーリとその友人が作ったものです。前身として「スクーデリア・フェラーリ」があり」、後にアルファ・ロメオから独立し「フェラーリ」として、イタリアの有名高級スポーツカーブランドを築きあげてきました。

元はアルファ・ロメオのレーシングチームからスタートでしたが、独立し、そのアルファ・ロメオをレースで破ったフェラーリは「自分の母親を殺した気分だ」っと言洩らした程、アルファ・ロメオには特別な感情を抱いていました。

フェラーリと言えば「赤」をメインにした車のイメージが多いですが、イタリア国家としてのメインカラーが「赤」なので、赤いフェラーリが世界で人気となっていますが、本来のブランドカラーはエンブレムにも現れている「黄色」である為、新車発表等の時は2色用意してることが多いです。

現在では、経営の安定化を図る為、フィアットの傘下に入り、レース部門等も含めその管理下の元経営されています。

イタリアの猛牛「ランボルギーニ」

スーパーカーとして有名な猛牛のエンブレムが特徴的な「ランボルギーニ」。こちらも創始者のフェルッチオ・ランボルギーニから来ています。意外と知られていないのが正式名称です。

正式名称は「ヌオーヴァ・アウトモービリ・フェルッチオ・ランボルギーニ SpA」と言い、「ランボルギーニ」と略されるのが当然と言える程長い名称です。

ランボルギーニは元々、トラクターの開発、製造からのスタートでした。
そんなランボルギーニがスーパーカーやスポーツカーの開発に乗り出した経緯はちょっと変わっています。

当時のトラクターを生産・販売するランボルギーニを創業して富を築いたフェルッチオは、フェラーリを愛用していました。しかし、当時のフェラーリはフェルッチオが満足するものではなく、度重なる故障など、フェラーリに不満を持っていました。そのフェラーリの不満点をフェラーリ創業者であるエンツォに伝えても真面目に取り合ってもらえず、結局は自身で修理・チューニングしていくうちに、自社でも同様のスポーツカーを生産できることがわかり、フェラーリよりも格段に速く、よりユーザーライクなスポーツカーの生産・販売に至りました。

モータースポーツの参戦には殆どせず、したとしても一部の部分で参加のみで、そういった部分でもライバルのフェラーリとは一線を画した存在でしょう。

また、車名にはそのエンブレムから分かるように闘牛関係から取ることが多いようです。
「ディアブロ」や「レヴェトン」「イスレロ」等は闘牛の名前、「ミウラ」は闘牛場の名前です。

フェルッチオ自身が性格は短気であったが、情熱的でチャレンジ精神が旺盛だったことから闘牛をモチーフにしているのではないかと言われています。

イタリア最大のブランド「フィアット」

イタリア最大の企業として君臨し、車としてはコンパクトで可愛らしいイメージが多い「フィアット」。

社名の由来は「トリノのイタリア自動車製造所」の英語表記「Fabbrica Italiana Automobili Torino」の頭文字を取ったものです。個人で立ち上げたのではなく、数人の実業家達が立ち上げた会社です。
歴史としては長く、当初はアルファ・ロメオなどとレースで競い合っていました。

転機として、第二次世界大戦後に経営者が創始者の内の一人の孫に変わってからです。
そこから、多くの会社、ブランドを傘下にいれ、最終的には自動車のみならず、金融、造船等多岐にわたる事業を手掛けるようになり、「フランスにはルノーがあるが、イタリアにはフィアットがある」と言われるほどイタリア最大の企業へと成長を遂げました。

歴史が長いゆえ、ロゴのデザインが頻繁に変更されているのが面白い所です。恐らく、フィアット発端が複数人での始まりで、次々に新しいものの取り入れ、傘下等でその都度のイメージがあったためではないかと思われます。

また、現在のイタリアの自動車ブランド(ランボルギーニを除く)がほぼフィアットの傘下にあります。また、アメリカのクライスラーとも企業協力・提携しています。世界でも最大級のブランドであるにも関わらず、フィアット名で作っている車はコンパクトカー(有名所ではパンダ等)が多く、大衆車として市民に愛される車を生産し続けています。

イタリア紳士の色気が止まらない「マセラティ」

出典:https://ja.wikipedia.org/

出典:http://vehiclein.com/

「ネプチューンの銛」のロゴが印象的な高級スポーツカーをつくっているのマセラティは、1,914年にイタリアの都市ボローニャで設立されました100年以上の歴史をもつ会社です。

1993年からフィアットの傘下となり、フィアットのスポーツカー部門として、アルファロメオとともに統括され、高級車を製造・販売しています。

その特徴的なデザインは、他のスポーツカーとは全く違ったコンセプトでデザインされており、「Theイタリア車」とも呼ばれるようなスタイリッシュさを演出しており、新車が出る度に多くの人々を魅了しています。

アルゼンチン生まれのイタリア育ち「デ・トマソ」

これは日本ではあまり知られていないメーカーかもしれません。イタリアの自動車メーカーですが、市販車の開発、販売をメインにしていたのではなく、主にフォーミュラーカーの製造をしていました。

名前の由来としては単純です。創始者のアレハンドロ・デ・トマソから取られたものです。が、このデ・トマソの面白い所はアレハンドロ自身が、凄い技術者であったり、事業に熱心な人物ではなく、腕利きのドライバーだったのです。なので、市販車と呼べる車はほとんどなく、スポーツカーやスーパーカーばかりを開発していました。

会社自体はそのアレハンドロの死亡と共に解体されましたが、これまたフィアットの元重役が商標権を取得し、2011年に新生デ・トマソとしてコンセプトカーを発表しました。

発売された車両の名称は「パンテーラ」は豹(ひょう)や「ドーヴィル」(フランスのリゾート地)等、動物や地名から取ることが多かったです。

車名で特に議論を呼んだのが、「マングスタ」という車名です。
マングスタはコブラ(ハブ)の天敵のマングースから来ているが、当時同じエンジンを使用し開発していた、キャロルの「ACコブラ」に対する皮肉、「負けはしないぞ」という想いが込められていたのではと言われています。

高性能・高品質に活路を見出した「ランチア」

出典:http://www.hobidas.com/

ランチアは1906年に設立された、イタリアの都市トリノに本社を構える自動車メーカーです。
1969年からフィアットの傘下に入っています。

ランチアは、イタリア市場でフィアットグループがその資本力で大衆車から大型車まで手を広げる中で、高性能・高品質な自動車を生産することに活路を見出し、生き残ってきました。

「モノコックボディ」「独立式サスペンション」「V型エンジン」「5速トランスミッション」「風洞実験に基づくボディーデザイン」など、量産型自動車において世界で初めて採用した、技術力に優れたメーカーです。

ランチアの最上級車はイタリアにおいて、ムッソリーニ体制の時代から現在までイタリア元首の公用車として使われてきた歴史があり、伝統となっています。

意外に知らなかった事実でイメージは変わる?

イタリアの自動車メーカーの歴史について、いかかでしたでしょうか?
「イタリア車のブランドの殆どが現在はフィアットの傘下」であることはご存知でしたでしょうか?

高級メーカーが多いイタリア車ですが、高級路線で売出しているものは、スポーツカーから派生しているものが多いですね。

イタリア人の熱い血がレースで騒ぎ、勝つためや商売を考えたら、そこに行きついたのでしょうか?走る喜びの本質を既に見出していたからでしょうか?想像すると中々面白いと思います。
一方で、日本車が高級車を作るにしても、最初からスポーツカー専用ブランドとして展開されているものはあまりありませんでしたね(日産GT-Rくらいでしょうか)。

ドライバーや車好きが一度は手にしたい車が多い、イタリアブランド。手に入れるには情熱が最も必要かもしれませんね!

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