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【自動車の歴史】スズキの歴史、ルーツと車種の特徴を知ろう!

スズキといえば軽自動車のイメージが強いかもしれませんが、スイフトなど世界で評価される優秀なコンパクトカーも作っています。また、現在国内販売台数3位で、インドではシェアトップを誇るなど実はすごい企業なのです。今回はそんなスズキの成り立ちから歴代の名車までふりかえります。

スズキ株式会社

スズキ株式会社は4輪車、2輪車のメーカーで現在国内販売台数3位を占め、インドでは4輪車トップシェアを誇る大企業です。1990年10月に鈴木自動車工業株式会社から現在のスズキ株式会社に社名を変更しました。

出典:https://twitter.com/

皆さんご存知、スズキの象徴であるこのロゴマークは美術系の大学生に呼びかけて募集されました。300余点の候補のなかから、親しみやすいとされ1958年(昭和33年)に制定されています。

スズキの国内・世界での販売台数とは!?

スズキの創業者 鈴木道雄

出典:http://hamamatsu-daisuki.net/

創業者の鈴木道雄氏は1887年(明治20年)2月18日現在の静岡県浜松市で農家の次男として生まれました。

器用だった道雄氏は14歳の時に請負師(建築家と大工の両方を備えた大工の棟梁)になろうと決心し、弟子入りします。日露戦争が勃発し建築の仕事がない中、請負師の親方が足踏織機制作に転向したことから、道雄氏もその知識と技術を習得します。

鈴木式織機製作所の設立

道雄氏は自ら、足踏織機の重要が高まっていることに目をつけた道雄は1台の足踏織機を製作し母親に送ったところ、今まで使っていたものと比べて10倍も効率がよく評判となり注文が殺到しました。

織機製作に自信を持った道雄氏は1909(明治42)年22歳のときにスズキの前身である「鈴木式織機製作所」を設立しました。

出典:http://www1.suzuki.co.jp/

1920年(大正9年)鈴木式織機株式会社として法人を設立します。

1929年(昭和4年)にはインドネシアなどの民族衣装であるサロンを織る「サロン織機」を発明し、市場を海外にも広げました。下の写真はA片側4梃杼織機(サロン織機)です。

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新しい事業へも積極的で「将来4輪車の時代が来る」と確信していた道雄氏は自動車開発にも取り組み、1936(昭和11)年試作車を完成させます。

搭載されたエンジンは3,500 回転で 13馬力を発生し、当時のライバル車達と比較しても優秀な性能を誇っていました。
しかし戦争のため開発は中断してしまいます。

鈴木道雄の人柄

常に使う人のことを考え、パイオニア精神あふれる鈴木道雄氏はこんな言葉も残しています。

自作の織機に対するお客様の評価や要望を丹念に聞いてまわり、その都度改良を加えていった。
「常にお客様の側に立って発想する。お客様が欲しがっているものならどんなことをしてでも応えろ。がんばればできるものだ」。
サロン織機を支えたのは織機20台以下の中小業者。設備投資資金が乏しいにもかかわらず、広巾サロン織機を購入できたのは、道雄が「設備資金の乏しい業者へサロン織機を提供したい」と当時では珍しい月賦方式で販売したため。
自動車開発の際には社内から反対の声が上がる中、道雄は「どう考えてもやはりやらなきゃいかん。金も人も無い時にやってこそ価値がある」と伝え社員を鼓舞し開発にこぎつけた。

出典:http://www.hamamatsu-books.jp/

戦後に2輪車の開発に取り組んだスズキ

太平洋戦争時、空襲や艦砲射撃により工場も大きい被害を受けました。そんな中手持ちの資材で工場を使えるようにし、織機製造を再開します。

スズキ初のバイクモーター「パワーフリー号」

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1951年(昭和26年)、当時就任したばかりの鈴木俊三(後の2代目社長)は自転車で釣りに行く際、遠州特有の強い風に煽られ思うように自転車が進まなかったことから、自転車に補助エンジンを搭載したバイクモーターの開発を開始します。

試作を重ね、1952年(昭和27年)スズキ初のバイクモーター「パワーフリー号」を発売し順調な売れ行きを見せます。

スズキ マン島TTで優勝

出典:http://www1.suzuki.co.jp/

パワーフリー号の設計を受け継いだ2作目のダイヤモンドフリー号も好調な売れ行きを見せ、自転車に取り付ける補助エンジンから、オートバイを作る方向へと転換していきました。

1954年には、同社初の本格的な90ccのオートバイである「コレダ号CO型」を発売します。

この後様々なレースにも出場し、1962年(昭和37年)には世界で最も危険なレースと言われるマン島TTレースで125cc部門で優勝します。また、1963年には50ccクラスで日本人ライダーとして初めて優勝しました。

スズキはバイクメーカーとしても成長を続け、1999年に発売された隼 GSX1300Rは、最高時速312キロを記録し、20世紀最速の市販バイクとなりました。

スズキは個性的なバイクを作るメーカーであり、スズキのバイクには根強いファンが数多くいます。

スズキは本格的な自動車メーカーへ

1954年(昭和29年)、社名を「鈴木自動車株式会社」に変更し、自動車メーカーとして歩んでいくことを示しました。

日本初の軽自動車 スズライト

出典:http://www.carsensor.net/

スズライトは、スズキ初の量産4輪車にして初の軽自動車です。
また、国産車で初めてのFF車でもあります。

開発の経緯
先ほど紹介した創業者で社長の道雄は、戦前やむなく中断した自動車の開発の再開を目論んでいました。
社内の反対もありましたが、メンバーを集め1954年1月「4輪研究室」を設置しました。

手探り状態で研究を始めた彼らは、まずドイツのフォルクスワーゲン ビートル、ロイトLP400、フランスのルノー 4CV、シトロエン 2CVを購入し、それらを分解、研究することから始めました。

その中から鈴木でも実績のある2ストロークエンジンを搭載し、エンジン本体を横置きにしているために特殊ギアを必要としないロイト LP400を手本にし試作車を作ることにします。

ロイト LP400

出典:https://de.wikipedia.org/

試作や走行試験を重ね耐久性の問題に悩まれされながらも、試作3号車で様々な問題を着実に解決し、1955年7月型式認定を取得。市販にたどり着きました。

ラインナップにはセダン、ライトバン、トラックなどがありました。

2代目スズライト

上の写真は2代目スズライトの最初のモデル、スズライトTLのライトバンです。先代に比べて車高が低くスタイリッシュなデザインが好評で売行きも上々でした。写真を見てミニに似ていると思った方もおられるでしょう。

でもミニの登場する前には開発が始まっていたそうです。50年台にスズキがこんなに優れたデザインの軽自動車を作っていたとは驚きですね!また、デザインの違う乗用車版などの派生車種もあるので気になる方はぜひ調べてみてください。

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