ダルマセリカの歴史と現在の中古車価格は?日本初のスペシャリティカー【日本の名車】

1970年12月、トヨタはカローラよりもやや大きい新型ファミリーカー「カリーナ」とプラットフォームとシャシー、パワートレーンを共用して開発費を抑え、しかも“格好いい”スポーティクーペを企画した。ヤマハ発動機と協働で開発した1.6リッターDOHCエンジンである名機「2T-G」を搭載した本格スペシャルティカー「トヨタ・セリカ」だ。トヨタ自動車が1970年から2006年まで製造・販売していたスペシャリティカーの歴史を紐解きます。

トヨタ「セリカ」誕生の背景

車を取り巻く時代背景

 1970年代になって日本は本格的な高速モータリーゼーション時代を迎えました。前年の1969年5月26日には、東名高速道路で最後に完成した大井松田~御殿場間がつながり全線開通。同時に国産車の高性能化が急速に進みました。

 1960年代にコロナ、パブリカのラインアップの溝を埋めるためにトヨタはカローラを投入しエントリーユーザーの獲得に成功しており、一般的な給与生活者にも急速に自動車生活が浸透し、自動車を所有するライフスタイルが出来つつありました。

 そこでトヨタは、時代のもう少し先を見据えた企画に乗り出します。カローラとコロナの間を埋め、乗用車のフルラインアップ化を進め、もう一方で、普通のセダンでは満足できない“伊達男たちに寄り添う恰好の良いクルマ”あるいは“スポーティなクルマ”を求めるユーザーのニーズを嗅ぎ取っていました。その基本は、カローラのファストバック2ドアクーペ「カローラ・スプリンター」の販売実績にあったようです。

 同じような欲求に応えるクルマとして1960年に日産がシルビアという2座クーペを送り出していましたが、当時120万円と高価でした。トヨタも1967年に「トヨタ2000GT」を世に送り出していましたが、あまりに贅沢な2座GTカーで価格は238万円。カローラ5台分の価格でした。これでは、1970年当時でも大卒初任給が4万円程度の若者には手が届かないものでした。

トヨタ「セリカ」の原型となった「EX-1コンセプト」

出典:http://clicccar.com/

 そこでトヨタはカローラよりもやや大きい新型ファミリーカー「カリーナ」とプラットフォーム(車台)とシャシー、パワートレーンを共用して開発費を抑え、しかも“恰好のいい”スポーティカーを企画しました。

 1969年10月24日、東京・晴海の見本市会場で開催された第16回東京モーターショーでトヨタのブースを飾った「EX-1コンセプト」です。そのEX-1は翌年の12月に市販車としてデビューすることとなりました。

初代「セリカ」の誕生

出典:http://2000gt.net/

 それは、日本初のスペシャリティカーと言われる初代「トヨタ・セリカ(Celica)」です。愛嬌のある見た目から「ダルマ」や「ダルマセリカ」の愛称で親しまれ人気を博しました。セリカは米国で1960年代に“ポニーカー”としてデビューし、大ヒットしていたフォード・マスタングに倣った手法を幾つも採用しています。先のプラットフォームの共有化だけでなく、普通のセダンからエンジンやミッションなどのパワートレーンをも移植して価格を抑えることが狙いでした。

 ポニーカーとは、米国の中間富裕層の子供に与える少しだけスポーティで比較的リーズナブルな自動車運転練習用のクルマです。ポニーとは、かつて裕福な牧場オーナーが、その子弟に乗馬練習用として与えた小型の馬のことです。そこからマスタングはポニーカーと呼ばれる所以となりました。

 セリカは、その初代フォード・マスタングが採用していた「フルチョイス・システム」を導入しました。具体的には、エンジンやトランスミッション、エクステリア、インテリア、その他装備を予算や好みに応じて組み合わせ、自分だけの「セリカ」が構築できるというものでした。

 また、トヨタは自社2000GTを含め日産シルビアやトヨタS800、ホンダS600&S800などの販売面での失敗をしっかり分析していました。自動車社会が成熟に向かっていたとはいえ、まだ日本でクルマは「一家に一台」がやっとの時代。2座スポーツは「恰好は良く、話題性もある」けれど、量の販売に結び付かない。ところが、セリカは定員5名のスペシャルティカーでした。現実的には「2+2」のスポーティクーペだが、当時4名乗車のセリカを目撃する機会は、少なくありませんでした。

 そんな自動車文化が未だ未成熟な時代に「いざとなれば4人乗れる」のは、大きなメリットでした。セリカ以降のスポーティモデルは、ほとんどこのスタイルを継承する。トヨタ・ソアラしかり、日産シルビア、ホンダ・プレリュード、いすゞ117クーペなど、いずれも前2人と後ろ2人という「2+2」のシートレイアウトでした。セリカと同時代に販売された日産フェアレディZも本格2座スポーツカーとしてデビューしましたが、途中からフェアレディZのボディをストレッチした「2+2」モデルが追加されました。まだ、現在もGT-Rが「2+2」モデル等、一部のスポーツカーでも見られるシートレイアウトです。

 余談ですが、こうした傾向は現在の中国等の新興市場に似ています。現在の中国・富裕層は当時の日本人と比較にならない大金持ちで、数千万円のクルマでも平気で購入する人が多く居ます。しかし、2座のスーパーカーには手を出さず、フェラーリでも「4人乗れないとダメだ」という人が多いようです。「いざとなれば4人乗れる」という実用性を重視する人が多いようです。

最上級グレード(1600GT)には特別なエンジンを搭載

出典:http://www.naprec.co.jp/

 初代セリカの最上級のグレードの1600GT(TA22型)には、2T型OHVエンジンをベースにヤマハ発動機製のツインカム(DOHC)ヘッドが載った1.6リッター4気筒DOHC形式の「2T-G型エンジン」が搭載されました。このエンジンこそセリカのために開発した“特別な”エンジンです。

 気筒あたり2バルブの8バルブエンジンながら、トヨタ2000GTのエンジンを彷彿とさせる黒い結晶塗装が施され、ヤマハの刻印がある美しいDOHCシリンダーヘッドが載り、ミクニ製ソレックスのツインキャブレターが当時の有鉛ハイオクガソリンを供給する構造となっています。

 1588cc直列4気筒は、当時としては破格の115ps/6400rpmの最高出力と14.5kg.m/5200rpmの最大トルクを発揮していました。組み合わせたトランスミッションは3速や4速が一般的だったその時代に、GTグレードはスポーツを意識させるフロアシフトの5速マニュアル(5MT)だした。当時のカタログには最高速度190km/h、0-400m加速16.5秒と記されています。

セリカ1600GTのインテリア

出典:http://motorpress.jugem.jp/

 そのセリカ1600GTは、豪華装備も群を抜いていた。スポーティなバケットシートや6眼メーター、パワーウィンドウ、FMラジオなどが装備され、シリーズ・ラインアップ中もっとも高価なグレードにもかかわらず、セリカ・シリーズ中の大ヒットモデルで最量販車種となりました。同年にデビューした2代目カローラ・セダンの廉価版が43万8500円だった時代に、セリカGTは87万5000円で販売されました。

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