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【キミライコネンが人気な理由とは?】最新の成績や結婚から彼の名言も

現役最年長のF1ドライバー「アイスマン」こと「キミライコネン」は、長い間、ファンから愛され、チームからも信頼を得るカーレーサーです。決して人当りが良いわけでない彼が、人々を魅了し続ける理由には何が隠されているのでしょうか?本記事は、キミライコネンの人気の秘密や、最新の成績、結婚から名言までを徹底解説しています。

キミライコネンとは?

キミライコネン 表彰台

現在、37歳で現役最年長となるF1ドライバー「キミライコネン」とはどのような人物なのでしょうか?
現在にいたる軌跡をご紹介してみましょう。
キミライコネンは、1979年にフィンランド・エスポーに誕生しました。
8歳でカートを始め、12歳となった頃から本格的にレースに参戦、カートレースは20歳になるまで続けられ、数々のタイトルを獲得し、実力を積んでいきます。
1999年、20歳になったキミライコネンは、フォーミュラ・ルノーのウィンターシリーズでマノー・モータースポーツから参戦し、なんと4戦4勝に輝きます。
翌2000年にはブリティッシュ・ルノーに同じくマノー・モータースポーツからレギュラー参戦を果たし、1年目でありながら10戦中7勝という圧倒的勝利で、タイトルを獲得する偉業を達成したのです。

キミライコネン 【F1 ザウバー時代】

ザウバー C22マシン

キミライコネンのジュニア・フォーミュラ時代は、わずか2年近くで、出場レースも23戦と短いものでしたが、そのうちの13レースで優勝を果たすことで、その実力はレース界に驚嘆を持って広まることとなります。
2000年、F1ザウバーのチームオーナーにテストに招かれたキミライコネンは、そこでも驚異的な走りを見せ、翌2001年のザウバーチームの正式ドライバーとして、F1に参戦することが決定しました。
F1の登竜門であるF3、F3000を経験せず、いきなりF1参戦を果たすのは殆ど前例がなく、物議を醸(かも)し出すことにはなりましたが、キミライコネンはその不安を払しょくし、デビュー戦で6位入賞を果たします。
また、ザウバーチームも創設以来の好成績となる「コンストラクターズ・ランキング」で4位を獲得することとなりました。

キミライコネン 【F1 マクラーレン時代】

ザウバーでの活躍が周知のものとなったキミライコネンには、他チームから熱烈なオファーが続きますが、その中から彼を射止めたのはミカハッキネンの後任を模索していた「マクラーレン・メルセデス」でした。
レギュラードライバーとして移籍したF1名門チーム「マクラーレン」で、キミライコネンは着実にドライバーとしての技術を磨いていきます。
移籍初年度となる2002年には、フランスGPにおいて2位に入る活躍を、2003年にはマレーシアGPで初優勝、そして年間ドライバーズランキングでも2位に入るなど、順調に活躍を重ねます。
2005年、着実なポテンシャルに仕上げられたマクラーレンを駆るキミライコネンは、年間チャンピョンの座こそ逃したものの、シーズン7勝、ドライバーズランキングも2位に輝くなど、名声を不動のものとしました。
さらなる成績が着実視された2006年でしたが、マクラーレンのマシンは不安定な仕上がりとなり、キミライコネンは新たな新天地を求めることとなります。

キミライコネン 【F1 フェラーリ時代】

キミライコネン フェラーリ時代

2006年、F1界の王者「ミハエル・シューマッハ」が引退を発表し、2007年、その後任としてキミライコネンのフェラーリ移籍が決定しました。
移籍後初の2007年シーズン、開幕から順調なスタートを切ったキミライコネンは、熾烈なチャンピョン争いをついに仕留め、自身初となる年間ドライバーズランキング1位を獲得します。
チャンピョンとして期待された翌2008年、序盤こそ勝利を飾ったものの、中盤からのトラブルやミスにより、思うような成績に至らず、チームメート「フェリペ・マッサ」のサポートに徹するシーズンとなりました。
2009年、大幅なレギュレーション変更に伴い、フェラーリのマシン設定は思うように決まらず、キミライコネンの成績も第12戦のベルギーGPにてようやく初勝利を飾るに留まったのです。
2010年まで、フェラーリとの契約が結ばれていたキミライコネンでしたが、フェラーリがあらたに「フェルナンド・アロンソ」との契約を結ぶにいたり、契約を1年残したまま、フェラーリそしてF1から一旦離れることを心に決めたのです。

キミライコネン 【WRC・NASCAR時代】

2010年、F1の世界を去ったキミライコネンは新天地としてWRC(世界ラリー選手権)に参戦します。
シトロエン・ジュニアチームと契約し、一部を除く全戦に参戦することを決定し、各地を転戦するキミライコネンは、F1の政治的なしがらみから解き放たれ、レースに勝利することより走ることに対し喜びを見出しているようだと、ファンからの声があがるほどでした。
2011年自ら「アイス1レーシング」を立ち上げ、プライベーターとしてWRCに参戦したキミライコネンは、ヨーロッパ開催のレースに焦点を合わせ、レースを戦います。
また、それと並行する形で、NASCARへも「トヨタ・タンドラ」で参戦し、15位完走を果たしています。
2年あまりを自分の興味を謳歌する形で堪能したキミライコネンは、いよいよF1の世界に復帰することを心に決めます。

キミライコネン 【F1復帰 ロータス・フェラーリ時代】

キミライコネン フェラーリ時代

2012年、F1復帰したキミライコネンがあらたに契約したのは、名門チーム「ロータス」でした。
F1引退宣言後、復帰を果たしたミハエル・シューマッハの成績が思うように伸びず、キミライコネンの復帰もそうなるのではないかと懸念の声も上がる中、復帰後のシーズンは、年間ドライバーズランキング3位となる好成績を上げます。
2013年はリタイヤや手術も重なり、成績は思うように残せず、キミライコネンは、あらたな移籍先として古巣「フェラーリ」を選択します。
2014年フェラーリに移籍した後、2015年からチームメイトとなった「セバスチャン・ベッテル」とは相性も良いとされます。
また、フェラーリのレースに対する考え方にも精通するキミライコネンは2017年にいたるまで、現役最年長といったことを抜きにしても、コンスタントにランキング6位内に入賞する活躍を持続しているのです。

キミライコネンのフェラーリ残留が決定!

人気F1ドライバーであるキミ・ライコネンが引き続き2018年シーズンもフェラーリに残留することが決定したと報じられました。
2014年への再移籍から数えて、5季連続のフェラーリ在籍となります。
2018年においてキミ・ライコネンはどのような記録を叩き出すのか期待しましょう。

キミライコネン 2017年シリーズ 最新情報

キミライコネン 表彰台

キミライコネンの2017年現時点でのドライバーズポイントは116ポイントで、第5位となっています。(*情報は2017年7月時点のものとなります)
それでは、終了しているレースでのキミライコネンの順位を次の表でご紹介していきましょう。

ラウンドNOグランプリ名キミライコネン順位優勝者(チーム)
第1戦オーストラリアGP4位セバスチャン・ベッテル(フェラーリ)
第2戦中国GP5位ルイス・ハミルトン(メルセデス)
第3戦バーレーンGP4位セバスチャン・ベッテル(フェラーリ)
第4戦ロシアGP3位バルテリ・ボッタス(メルセデス)
第5戦スペインGPリタイアルイス・ハミルトン(メルセデス)
第6戦モナコGP2位セバスチャン・ベッテル(フェラーリ)
第7戦カナダGP7位ルイス・ハミルトン(メルセデス)
第8戦アゼルバイジャンGP14位ダニエル・リカルド(レッドブル・タグホイヤー)
第9戦オーストリアGP5位バルテリ・ボッタス(メルセデス)
第10戦イギリスGP3位ルイス・ハミルトン(メルセデス)
第11戦ハンガリーGP2位セバスチャン・ベッテル(フェラーリ)

キミライコネン人気の理由

【その1 実績を残し続ける力】

キミライコネン 表彰台

キミライコネンが愛される人気の理由の一番にあげられるのは、長い間のF1生活において、必ず実績を残してくれるという信頼感といえるでしょう。
それは、ファンにおいても然り、チームにおいても然りです。
一時、F1から離れカムバックした時も、危ぶむ声が上がる中、彼はその不安を成績を残すことによって払しょくしています。
また、ご紹介した前述の2017年の順位を見ても、キミライコネンは必ず上位でフィニッシュすることが殆どです。
実績を残し続ける力こそが、現役最年長でいられる証なのですね。

【その2 ファンに優しい】

キミライコネン ファンサービス

口数が少なくマスコミ嫌いで、インタビュア泣かせと言われるキミライコネン。
クールなその口ぶりからニックネームは「アイスマン」と呼ばれていますが、反面、ファンに対しては優しい対応を見せることがあるようです。

2017年の神対応として、話題をさらったのは、スペインGPでの出来事です。
その日のキミライコネンは、レース開始直後の事故にまきこまれ、早々にリタイアすることになってしまいます。
その際、フェラーリのユニフォームを身に着け、泣いている子供の姿をスクリーンがアップでとらえたのです。
それを知ったフェラーリは、泣いていた子供と家族を探し出し、一般の人では殆ど入ることができないパドックに招待し、キミライコネンも子供と家族が来るまで、パドックに留まっていたのです。
キミライコネンは、その子供に自分が身に着けていた帽子にサインを施し、レーシングシューズとともにプレゼントしたのです。
時折、見せるこういう優しさにファンは魅了されるのですね。

【その3 たまには豪快に羽目をはずす】

キミライコネン シャンパンファイト

大のお酒好きとしても知られるキミライコネンは、普段はクールでありながら、時々豪快に羽目をはずすこともあるようです。
過去のシーズンオフには、酔って歩道で寝ている姿を写真に掲載されたり、モナコGPでリタイア後、ピットに戻らず所有するクルーザーで水着姿でレース観戦する姿が掲載されたりしたことも。
シャンパンファイトの際にも、シャンパンを味わってからというルールを自ら設けているようです。
品行方正なF1ドライバーが増える中、わが道を行くキミライコネンが時折見せるこの豪快さは、ファンにはたまらないようですね。

キミライコネン結婚は?

キミライコネン

キミライコネンは、2度の結婚を経験しています。
1度目は、2004年に元ミス・スカンジナビア代表だった「ジェンニ・ダールマン」で、その後離婚に至っています。
2度目は、モデル「ミント・ビルタネン」で、彼女とは長い間事実婚の状態が続く中、2015年に結婚に至りました。
ミントとの間には、長男と長女が生まれていて、なかでも長女は、この春に誕生したばかりとなっています。

キミライコネンの名言

キミライコネン

【名言その1】

「やるべきことは知っている。だから放っておいてくれないか」

この言葉は、キミライコネンが、実際のレース中に無線でエンジニアに対していった言葉です。
彼は、良く「放っておいてほしい」という主旨の言葉を使います。
一見、傲慢にも聞こえがちな一言ですが、彼のキャリアでは、レース中にあれこれ指示をされるより、レースの展開は自分自身が一番分かっているという自負が感じられます。
チームもこれがキミだからという信頼関係があればこその言葉といえます。

【名言その2】

「ラリーでの戦いは時計との闘いだ。時計でなく人間と戦いたくなった」

この言葉は、WRCの世界からF1に復帰する際にキミライコネンが語ったとされる言葉です。
長年、名ドライバーとして一線で活躍し続けるレーサーだけに許される名言ですね。

キミライコネンはこれからも輝く

キミライコネン フェラーリ

アイスマンことキミライコネンの人気の秘密や結婚、名言についてご紹介してきましたが、いかがでしたか?
クールに見えて、時折見せる人間臭さや優しさ、豪快っぷりがファンやチームを魅了し続けるのですね。
これからもレースの世界で、少しでも長くその雄姿を見続けていたいと思います。

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