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F1レーサー・ジェンソンバトンの経歴や引退後の活動は?歴代彼女や年収についても

日本人ハーフモデル道端アンジェリカとの結婚で日本においても一時有名になったF1レーサー・ジェンソンバトン。今回は彼の残した偉大な記録、さらには彼の年収や歴代の彼女に至るまで少し掘り下げていきたいと思います!

F1レーサージェンソンバトンとは?

1980年1月19日 イングランド・サマセット州フロームに生まれたのが今回注目するジェンソンバトンです。
知名度・実績ともに申し分のないジェンソンバトンですが、彼はどのような人生を歩んできたのでしょうか。
デビュー当時の成績から引退にいたるまでの経緯、さらには私生活にも注目したいと思います。

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ジェンソンバトンの経歴は?

ベネトンB201

ジェンソンバトンは8歳の時ゴーカートでカートレースに出場し優勝を果たします。
この時からバトンのレーサーとしてのキャリアがスタートします。
1991年のイギリス・カデット・カート選手権において34戦を全勝するという圧倒的な成績でタイトルを獲得。
その結果イタリアのプロチームと契約することに成功します。
1997年、バトンが17歳の時にはカートスーパーAクラス・ヨーロッパ選手権を史上最年少で優勝し、レーシングドライバーとしてのスキルをいかんなく発揮します。
そして翌年の1998年バトンにとっての転機が訪れます。
この年フォーミュラフォードに参戦していた彼は、計9勝を重ねこの年のタイトルを見事獲得!
結果この年のマクラーレン/オートスポーツ・ヤングドライバー・オブ・ザ・イヤーを受賞します。
その受賞の特典はなんと翌年マクラーレンのF1カーをテストするというものでした。
そして実際に1999年の9月にマクラーレンのテストに参加することができ、初めてF1を運転しました。
さらにプロスト・グランプリのテストドライブの際には、レギュラードライバーのジャン・アレジを上回るタイムを記録し、実力の片鱗を証明しました。
この翌年からジェンソンバトンのF1ドライバーとしてキャリアが始まります。

F1レーサーとしての経歴

2000年、わずか20歳の若さでバトンはウィリアムズのレギュラーシートを獲得します。
その開幕戦においてバトンは6位で入賞を果たし、なんとほぼ40年振りに最年少入賞記録を塗り替えることに成功します。
そしてこのルーキーイヤーは最終的に総合ランキング8位という成績を残しました。
このように、若い時から力あるドライバーとして注目されていたバトンですが、F1ドライバーとしてデビューしてからの彼は決して順調とは言えないものでした。
彼はどのような経歴を歩むことになったのでしょうか?

初優勝!

2000年にF1デビューを果たしたバトンはその後、2006年の第13戦ハンガリーGPまで優勝を飾ることができませんでした。
F1参戦を果たしてから115戦目にしてようやく優勝を果たしたバトンは、、史上3番目に遅い初優勝のようです。
この時までにバトンは、ウィリアムズからベネトンに、さらには初優勝の年の2006年にはホンダに移籍、この三つ目のチームで初めての優勝を手に入れることができました。
「100戦して未勝利のドライバーはチャンピオンにはなれないのではないか」という意見が生じましたが、バトンはこの優勝によってこの疑念を払拭することに成功しました!
しかしその後もバトンの苦境は続きます。
2007年、2008年と競争力の低いマシンしか作り出せなかったホンダは2008年末にF1から撤退することを決定、結果バトンはドライバーシートを失うことになりました。

悲願のシーズンタイトル獲得!

2009 - Brawn GP

しかしその翌年の2009年、バトンにとっての好機が訪れます。
ロスブラウウンが、撤退したホンダF1チームを買収することで、新チームブラウンGPが誕生しました。
これにより、バトンはブラウンGPのレギュラードライバーとして残留することが決まったのです!
なんとこの年の開幕戦のデビューレースで、チームメイトのバリチェロと共に1.2フィニッシュを達成します。
その後も快調な走りを維持したバトンはベルギーGPでのリタイア以外は全てのレースで入賞し、開幕から一度もポイントリーダーの座を譲らないという完ぺきな形で悲願のシリーズチャンピオンの称号を獲得しました!
デビューしてから10年目にしてのシリーズチャンピオンの戴冠は感慨深いものだったに違いありません!
この翌年の2010年からはマクラーレンに移籍します。
この2010シーズンは圧倒的な速さを見せたセバスチャン・ベッテルに次ぐシリーズランキング2位を獲得。
翌2011年シーズンのハイライトは、第7戦のカナダGPでの大雨のレースでした。
重なるトラブルやペナルティを受けて一時は最後尾まで順位を落とすものの、それから猛烈なプッシュをかけたバトンはファイナルラップでベッテルをオーバーテイクし、奇跡の大逆転で優勝を果たします。
これは2010年中国GP以来の優勝でした。
この年のバトンのドライバーズランキング2位でした。

2012年シーズンから始まる低迷期

2012年は精彩を欠きランキング5位で終了。
2013年ジェンソンバトンとマクラーレンにとっては最悪の年、なんと一度も表彰台に上がることができずシーズンを終えます。
2014年も低迷、表彰台に上ったのは初戦の3位入賞のみという非常に厳しい結果に終わります。
2015年もわずか16ポイントの獲得にとどまり、ドライバーズポイント16位という結果になりました。
2016年は21ポイント獲得で15位という戦績でシーズンを終えます。
この年バトンが所属していたマクラーレンは来期2017年の構想としてフェルナンド・アロンソとリザーブドライバーのストフェル・バンドーンを起用することを決定します。
その結果、バトンはレギュラーシートを失いますが契約を二年延長し、アンバサダー兼リザーブドライバーとして残留することを決定します。
そしてこの決定の通り、最終戦アブダビGPで引退を表明しました。

ジェンソンバトンが残した偉大な功績

このようにF1ドライバーとして決して順風満帆ではなかった彼のドライバー人生ですが、実は隠れて素晴らしいいくつかの記録を持っています。
例えば彼がF1で出場したレース数は308回で決勝出走回数は305回です。
実は出場数が300を超えるドライバーはジェンソンバトンの他にルーベンス・バリチェロとミハエル・シューマッハの2人しかおらず、この記録は彼がいかに安定したドライバーであったかを証明するものとなっています!
さらには2012年インドGPから2014年イタリアGPまで2年弱にかけてバトンは36レース連続で完走をしており、これも上記の点を証明する証拠と言えることでしょう!

2016年バーレーンGP

ジェンソンバトンの今現在!

ではF1ドライバーとして一線を退いたジェンソンバトンは今現在何をしているのでしょうか?
今年2017年から、バトンはアンバサダー兼リザーブドライバーとしてマクラーレンに残留しその仕事をこなす傍ら、他のカーレースにも触手を伸ばしています!

ラリークロスに参戦?

2017年1月18日、バトンは、今シーズンのラリークロス参戦を視野に入れており、ホンダのラリークロス参戦マシン「シビッククーペ」をテストしました。
しかし「その時には参戦するかどうかはわからない」と述べています。

1レース限りのF1復帰!

インディ500に参戦するフェルナンド・アロンソの代役として、ジェンソンバトンは、F1モナコGP初日のフリー走行に参戦し、12番手タイムとなる1分13秒981を記録しました。
しかし決勝で衝突事故があり、サスペンションを壊してリタイアするという結果に終わっています。

SUPER GT 「鈴鹿1000km」の参戦が決定!


2017年8月26日、27日に鈴鹿サーキットで開催されるSUPER GT 第6戦 “SUZUKA 1000km THE FINAL”にGT500クラスに参戦するTEAM MUGENの、第3ドライバーとして参戦することが決定しました。
そして実際に、6月6日に鈴鹿サーキット行われたSUPER GTタイヤメーカーテストに参加。
さらには6月30日に鈴鹿サーキットで行われたSUPER GT 公式テストにも参加し、「SUPER GTは、本当にエキサイティングなレースだと思った」と感想を述べています。
やはりレーシングスピリットはなかなかに消えにくいのかもしれませんね!

ジェンソンバトンの歴代彼女に注目!

ジェンソンバトンと言えば道端ジェシカと交際結婚していたということをご存知の方も多いでしょう。
二人のファーストコンタクトは2006年の事、イタリアで開催されたF1モナコグランプリに取材で訪れた道端ジェシカがバトンにインタビューした時でした。
その二年後の2008年にバトンが仕事で来日した際に道端ジェシカと再会します。
ジェンソン・バトンは“日本GPの時にジェシカを招待し、彼女はそれに応じてくれた”とインタビューに答えています。
この年2008年はバトンが所属していたホンダがF1撤退を決めた年で、バトンのつらい時の支えに道端ジェシカがなっていたようですね!
2010年モナコGPのあとにはたった2ヶ月間だけの破局騒動があったもののすぐ復縁、それからじっくりと愛を育んで(計6年間の交際期間)ついに、2014年12月ハワイ・マウイ島で結婚!
これから幸せな結婚生活が続くと期待されたのもつかの間、約一年後の2015年12月23日ジェンソン・バトンはジェシカとの離婚を発表しました。
おそらくその理由はすれ違いではないかと言われています。
結婚後もお互いが忙しいゆえに一緒に生活することが出来なかったようです。

離婚後は?


2015年の12月に道端ジェシカとの離婚を発表したバトンは、翌年の3月のF1グランプリ開幕戦に、すでに新たな恋人のブリトニーワードを伴ってオーストラリア登場しています!
彼女はカリフォルニア出身で、職業はモデル。
さらには総合格闘技UFCのラウンドガールやプレイボーイ誌の2015年ミス・ジャニュアリーを務めるとっいた経歴の持ち主です!
彼女との交際は今も順調のようで、バトンのF1最終戦の際にもレース会場に赴き共に時間を過ごしたようです!
これだけのイケメンでF1レーサーですから流石におもてになりますね!

ジェンソンバトンの気になる年収

価格 お金 費用 税金 維持費

©shutterstock / create jobs 51

ジェンソン・バトンは、2016年に1年契約でマクラーレン・ホンダに残留。
2013年の段階では1,700万ドル(約18億9,246万円)を得ていましたが、新契約の年俸は1,200万ドル(約13億3,585万円)でした。
500万ドルの減給とはいえ凄い金額ですよね!

今後のジェンソンバトンの動向にも注目!

今回はジェンソンバトンのこれまでの経歴や歴代の彼女、その年収や、今現在の彼に関して調べてみました!
8月に開催されるSUPER GT 第6戦 “SUZUKA 1000km THE FINAL”で彼がどのような走りを見せるのか今から楽しみですね!

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