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【フェリペマッサの事故後の復帰は?】歴代記録や年収&愛車なども

2009年、突如フェリペマッサを襲った事故。彼はその強烈なクラッシュに見舞われたにもかかわらず、レース意欲を保ち驚異的な回復を見せました。今現在現役でハンドルを握るフェリペマッサのこれまでの経歴、その年収や愛車に至るまで調べてみました!

F1ドライバーフェリペマッサとは?

F1ドライバーのフェリペ・マッサとはどのような人物なのでしょうか。
現在までの経歴を概観してみましょう。

1981年4月25日、ブラジルのサンパウロに生を受けたのが、今回注目するフェリペ・マッサです。
マッサは8歳のころカートを始め、この時から彼のレーサー人生が始まります。
8年間カートで腕を磨いた後、1998年にブラジルのフォーミュラ・シボレー選手権に参戦し1999年にはタイトルを獲得します。
さらには2001年にユーロF3000選手権に参戦し、なんとマッサは1999年から2001年の3年の間で4つものタイトルを獲得します。
その結果、ザウバー・ペトロナスのテストドライブを受けることができるようになり、見事合格し。
2002年シーズンにF1デビュー果たします!

モータースポーツについてはこちら

フェリペマッサの戦績

2002年~2005年

2005年

それでは、これまでのフェリペ・マッサの歴代記録を簡単に振り返ってみましょう!
2002年から2005年シーズンはザウバーから参戦します。
2002年のデビューしたマッサは、その時わずか20歳312日という若さでF1デビューを飾ります。
しかし、この年は安定した運転ができず、最終的に入賞3回、ランキング13位でシーズンを終えます。
2003年はザウバーのレギュラドライバーから降格しフェラーリのテストドライバーになります。
2004年はもう一度ザウバーからF1復帰を果たし2005年までザウバーで参戦します。

フェラーリ社の概要は以下の記事からどうぞ。

2006年~

2008年

2006年、マッサはフェラーリに移籍します。
この年のマッサのハイライトとして挙げるなら、まずは第5戦ヨーロッパGPだと思われます。
このレースにおいてマッサは3位でゴールし、初の表彰台を獲得します。
ほかには第14戦トルコGP、この時F1参戦4年目にして初めてポールポジションを獲得!
決勝レースでも安定した走りで、初ポールトゥウィンという最高の形で初優勝を飾りました。
さらに最終18戦の最終戦ブラジルGPでは、2度目の優勝を母国で果たすことに成功します。
この年からマッサは徐々に実力の片鱗を見せ始めます。
実際翌年の2007年には全体として、3回の優勝、10回の表彰台を獲得、さらには6回のポールポジションと6回のファステストラップをたたき出し、中盤までタイトル争いに絡むなど、大きな成長を証明しました。

ドラマティックな2008年シリーズ

2008年

2008年はマッサにとって飛躍の年でした。
この年マッサは最終戦までワールドチャンピオンの獲得争いに参戦します。
この2008シーズンの最終戦ブラジルGPを、マッサはハットトリックで完全優勝を果たします。
この時ポイント争いをしていたハミルトンが6位以下であればマッサがチャンピオン獲得という状況下で、レース中盤までハミルトンは6位を走行。
しかし大雨の中でのレースとなったこの最終戦、ドライタイヤで走行を続けていたティモ・グロックが失速すると、ハミルトンは最終ラップの最終コーナー手前でこれをオーバーテイクし、5位でゴールしました。
これによりマッサは、レースには完全に勝利したものの、僅か1ポイント差でタイトルを逃すという非常に悔しい思いをしました。

ハミルトンの愛車については以下の記事をどうぞ。

マッサに突如襲い掛かったアクシデント

2009年シーズン、前年の活躍に応じて優勝候補に名を連ねたフェリペマッサに突然のアクシデントが生じます。
それは第10戦 7月25日(土)ハンガリーGPの予選のこと、ルーベンス・バリチェロのマシンから外れたスプリングがおよそ260km/h~280km/hほどの速度で走行していたマッサの頭部を強襲します。
この時の衝撃で気を失ったマッサは、アクセルを緩めることなくタイヤバリヤへ突っ込んでいきました。
診断の結果、額の裂傷、頭蓋骨の損傷、脳震盪などの症状が明らかになり、緊急手術が行われました。
もちろん翌日の決勝レースは欠場となりました。

マッサの事故後と現在

この衝撃的な事故後の、マッサの状況はどのようなものだったのでしょうか?
緊急手術は無事に成功し、術後の経過も順調、8月末に行われた精密検査では認識力・視力ともに良好であったために、マッサ自身は母国でのブラジルGPでの復帰を希望していました。
しかしチーム側が大事をとって、シーズン中の復帰をさせないことが決まりました。
命に係わる状況に立たされたにもかかわらず、すぐさま復帰を目指すそのスピリッツはすさまじいものを感じますね!

2010年~2013年

2014年

2009年、突如マッサを襲った事故から驚異的な回復を見せた彼は、翌年の2010年シーズンから無事に復帰を果たします。
復帰を果たしたものの、この年からはチームメイトであるフェルナンド・アロンソの活躍の傍ら、マッサのパフォーマンスはあまりぱっとせず、なかなかポイント争いに絡めない苦しい状況が続きます。
その結果2013年シーズンをもってフェラーリからウィリアムズへ移籍することになります。

フェルナンド・アロンソについては以下の記事を参考にしてください。

2014年~

2014年からはウィリアムズから参戦。
2014年、2015年と獲得ポイントにおいてチームメイトのボッタスの後塵を拝すシーズンを送ります。
その翌年の2016年、第14戦イタリアGPの前に、2016年シーズンをもって14年間にも及ぶF1のキャリアを閉じることを発表しました。

引退を撤回

しかし、いったん引退を発表したマッサでしたが、事態が思わぬ方向に進み急遽引退を撤去することになります。
2016年シーズンのワールドチャンピオンのニコ・ロズベルグが優勝後、1週間もたたないうちに驚きのF1引退を表明します。
突然の事態に見舞われたメルセデスはロズベルグの後釜としてマッサの元同僚のボッタスを指名。
このあおりを受けたウィリアムズは、ボッタスが抜けた後を埋めるべくマッサに復帰をオファー。
結果、マッサは引退を撤回し、2017年もウィリアムズでドライブすることになりました。

ロズベルグについては以下の記事をご覧ください。

フェリペマッサの年収は?

さて、フェリペマッサの年収に注目してみましょう!
2016年度のアメリカの経済誌『Forbes』が発表した「世界スポーツ選手長者番付トップ100」によると、2016年度のマッサの年収は500万ドル、日本円にして5億5千万円といったところのようです。
ちなみに2017年の今シーズンも、マッサは同額の500万ドルでウィリアムズと契約を結びました。

エンジン供給をしているメルセデス・ベンツについてはこちら

フェリペマッサの愛車とは?

フェラーリ・ラ・フェラーリ

マッサは普段どのような車に乗っているのでしょうか?
上の写真はFerrari LaFerrari(フェラーリ・ラ・フェラーリ)です。
この車はフェラーリのフラッグシップのハイブリッド・スーパーカーです。
V型12気筒エンジンに電気モーターの組み合わせで、なんと963馬力を誇る、まさにじゃじゃ馬と言えるスーパーカーです。

そのほかにもエンツォフェラーリ、フェラーリ 599 GTO、マセラティ クアトロポルテなど、多くの車を所有されているようですが、さすが長年フェラーリのハンドルを握っていただけあって、普段使用する愛車の中でもフェラーリ率が高いように感じますね!

ラ・フェラーリについてはこちら

その他の愛車に関連する記事はこちら

今後のフェリペマッサの活躍にも注目!

今回はF1ドライバーの苦労人、フェリペマッサのこれまでの活躍や年収、その愛車に至るまで注目してみました!
引退を撤回し、今年もウィリアムズのハンドルを握るマッサの活躍を期待したいですね!

フェラーリの情報はこちら

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