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日産のFJ20エンジンが短命だった理由とは?スペックやチューニングについても

「史上最強のスカイライン」のまさしく原動力となったFJ20エンジン。 現在も熱烈なファンに支持され続けるFJ20は何故短命だったのでしょうか。 開発陣の強いこだわりにより生まれた構造から垣間見える真相に迫ってみます。

日産のFJ20エンジンとは?

6代目 日産スカイライン ハードトップ 2000 ターボRS KDR30 1983年

1981年10月、日産・スカイライン2000RS(6代目・DR30型)に搭載された自然吸気のFJ20Eは、国産の直列4気筒エンジン唯一のDOHC16バルブで、翌年には日産・シルビアとガゼールにも搭載されました。
1983年2月、ターボ・チャージャーが付加されたFJ20ETがスカイライン2000ターボRSに搭載され、同年8月にはシルビア・ガゼールにも搭載。
その1年後にはFJ20ETにインタークーラーが追加されましたが、スカイライン2000ターボインタークーラーRS(愛称ターボC)のみに搭載され、1986年2月にFJ20は生産終了となりました。

スカイライン、シルビアについては以下の記事をご覧ください。

プラズマと呼ばれて

1980年当時、ライバルのトヨタは高性能でありながら小型軽量・低燃費に注力して開発したエンジンをLASRE(レーザー)(Light-weight Advanced Super Response Engine)と総称してキャンペーンを展開。
これに対して日産は、FJ20を含む大半のエンジンを新世紀エンジンシリーズ、PLASMA(Powerful & economic Lightweight Accurate Silent Mighty Advanced エンジン)という総称で対抗。
激しい技術開発競争が繰り広げられていました。

スペック

エンジン種類FJ20E
FJ20ET
FJ20ETインタークーラー付
排気量1,990cc
1,990cc
1,990cc
最高出力150PS/6,000rpm190PS/6,400rpm205PS/6,400rpm
最大トルク18.5kgf・m/4,800rpm23.0kgf・m/4,800rpm25.0kgf・m/4,400rpm
圧縮比9.18.08.5
内径X行程89mm×80mm
89mm×80mm89mm×80mm
[単位]最高出力:kW[PS]/rpm 最大トルク:N・m[kgf・m]/rpm ※数値はグロス値

日産のFJ20エンジン誕生から最強へ

日産 スカイライン R30 1981-1985

FJ20エンジン誕生の経緯

オイルショックが忘れ去られようとしていた頃、日産自動車 第2設計部 総括課 主任 村崎明氏に「ラリーで戦えるエンジンを」とモータースポーツサイドから要請がありました。
それを受け、世界最高の量産型DOHCエンジンを生産することで国内外へ日産車の高性能イメージを定着させる事を目指して、FJ20の開発が始まったそうです。

同時期に、スカイライン2代目 (の途中) からの開発主管である桜井眞一郎氏からの要望で、第6代スカイラインへの搭載が決定しました。

ラリーについては以下の記事をどうぞ。

GT-Rと呼ばれなかったRS

厳しい自動車排出ガス規制の影響もあり、4代目のGT-Rが生産終了してから8年。

ライバルのトヨタ・セリカのCMで「名ばかりのGT達は、道を空ける」と揶揄され、苦い思いを味わっていた方々はFJ20の登場に小躍りしたのではないでしょうか。
そして、ハコスカとケンメリの両GT-Rに搭載されていたS20エンジン以来のDOHCエンジンであるFJ20の登場は、待望のGT-R復活を期待させてくれました。

しかし歴代のGT-Rに搭載されてきた6気筒エンジンでは無い4気筒のFJ20に、桜井氏は「GT-R」の称号を与えなかったらしいですね。
その代わりに「RS」(レーシング・スポーツ)と名付けられましたが、お茶を濁されたような気分を味わった方は少なくなかったでしょう。

GT-Rについては以下の記事をご覧ください。

最強のスカイラインへ

それからライバル達とのパワーウォーズが激戦化する中で、FJ20もターボチャージャーを装着し、歴代スカイラインの中で最高出力 (グロス190ps) となり「史上最強のスカイライン」のキャッチコピーが使用されました。
(後に、グロス205psのインタークーラー付ターボチャージャーへとパワーアップしています。キャッチコピーは「クールに乗れ」)

日産のFJ20エンジン開発者の拘り

ではここで、村崎氏が開発に当たり、上層部に対して譲らなかったと言われている点をいくつかご紹介します。

冷却水路にフルジャケットを採用

冷却性を高めるため、シリンダーボア(ピストンが移動する筒状の空間)同士の間までウォータージャケットが隣接するフルジャケットを選択。

当時は、シリンダーボア同士が連結されていてコンパクトなエンジンを設計可能なサイアミーズ式を採用するエンジンが増えていました。
フルジャケット式の場合、ウォータージャケット(冷却水の通路)がシリンダーボア全周を囲んでいるため、エンジンサイズや重量が増しますが、耐久性が向上します。

インナーシムの採用

カムの作用角とリフト量を最大にするために、整備性に劣るインナーシムを採用した。

カムは回転することで吸気バルブと排気バルブを開閉させる部品です。
作用角とはバルブ開閉の開始から終了までの角度で、大きいほどバルブが開いている時間が長くなります。
リフト量とは、カムの最も長い径から短い径を引いた長さを指し、数値が大きいほどバルブが開く量が増えます。
何れも吸入量が増えるため高回転時の出力向上が望めますが、低回転域では効率を落とすので燃費やレスポンスが低下します。

シムとは

シムとは、バルブクリアランス(カムとバルブの隙間)を整えるための薄い金属の板です。
カム等に使用される金属は熱で膨張するため、カムとバルブの間に予め隙間を設けておき、エンジンが温まると隙間がゼロになるように調整されています。
経年使用による磨耗等でバルブクリアランスが狂うと、吸排気が上手く行われずに始動や走行に支障をきたすため、厚さの異なるシムで調整します。

しかし、インナーシムの場合はシムがタペット(カムの運動をバルブに伝える部品)の内側にあり、カムとタペットを外す必要があるため、職人が手作業で調整していたそうです。
タペットの上面とカムの間にシムがあるアウターシムに比べて、作動が確実となるメリットがあるとはいえ、軽視できないコストだったのではないでしょうか。

インマニはストレート

吸入空気の抵抗を減らすために、インテークマニホールド(空気を送り込むパイプ)をストレートで等長にした。

その結果としてサイズが肥大し、搭載に関して汎用性が低いエンジンになってしまいました。
FJ20を載せる予定のなかった日産シルビアとガゼールに搭載された際には、ボンネットが閉じられずに巨大なバルジ(膨らみ)を設けて対処する事態となりました。

インマニについては以下の記事を参考にしてください。

Nissan Silvia S12 日産 シルビア

日産のFJ20エンジンが短命だった理由とは

「レースで戦える高性能エンジン」を目標として開発されたFJ20は、当初想定した10倍以上の注文があったにも関わらず、僅か5年足らずで務めを終える事となりました。
前述の通り性能を優先させた設計であったがゆえの高いコストや芳しくない作業性を考慮すると、日産には始めから長期展開する計画が無かったと推察されます。
主任の村崎氏が、スカイライン開発責任者の桜井氏から「他社にないスペシャルなエンジンを好きなように作っていい」と言われたというエピソードからも、その一端がうかがえるように思えます。

日産のFJ20エンジンをチューニングすると?

これからFJ20をチューニングされる場合、先ずはオーバーホールが前提となります。
(オーバーホールとは、エンジンを分解して部品を洗浄や交換、各部の調整等をする作業です。)
他にも、補機類やホース等の点検・交換が必須となり、恐らくはハーネス(電線の束)も交換する必要があると思われます。
そうして仕上がったFJ20を、2.4Lへボアアップ(排気量の増加)し、足回りや駆動系の強化と大容量タービンの装着で、700PS以上の出力と 0-400mが9秒台という驚異的な性能を得られるそうです。

しかし生産終了から30年余り経過している現在では、入手の難しい部品もあるでしょう。
チューニングは低回転域のトルク改善やレスポンスの向上程度に留めて、車を末永く寵愛いただければと思います。

FJ20に秘められし心情

日産 スカイライン FJ20E エンジン (2000RS搭載) 1981年

五歳の誕生日を迎えることなく引退してしまったFJ20。
短い期間ではありましたが、騒々しいメカニカルノイズや暴れ馬のようにピーキーな乗り味は、我々に鮮烈な印象を残してくれました。

その赤いヘッドカバーの内には、日産に吸収合併され社内では傍系グループとして扱われていたとされる、プリンス自動車工業開発陣の誇りが込められているのかもしれません。

媚びることなく至上のエンジンを生み出そうとした男達の熱情は束の間の輝きに終わりましたが、長きに渡り愛され続けることとなった現状に満足されているのではないでしょうか。

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この記事の執筆者

T.TAKUMIこの執筆者の詳細プロフィール

車やアウトドア、ファッションなどメンズライフスタイルについて執筆しているフリーランスライター。幼い頃に、父親とトヨタのルシーダで愛知から秋田まで10時間以上かけて里帰りしたことが車を好きになったきっかけ。趣味は靴磨きと旅行。...