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【柿の種】日産ブルーバードの初代310型から510やSSSについての評価&維持費とは!

日産ブルーバードは日産自動車が1959年から2001年に渡って生産・販売していた国産車を代表する車種です。 日産自動車の屋台骨として日本のモーターリゼーションの黎明期から発展期を支えてきたブルーバードについて310型や910型をはじめとした各モデルの歴史と評価から中古車、維持費までを紹介しています。

日産ブルーバードとは

日産 ブルーバード 2代目 410 フロント

日産ブルーバードは日産自動車が1959年から2001年に渡って生産・販売していた小型乗用車です。
日産自動車の屋台骨として日本のモーターリゼーションの黎明期から発展期を支えてきた代表車種と言ってよいでしょう。
今回は日産ブルーバードのこれまでの歴史と評価から中古車、維持費まで見て行きます。

日産の詳しい歴史についてはこちら

走りのセダン「SSS」

©Shutterstock.com/ Daniel Gangur

日産ブルーバードを代表するグレード、それが「SSS」です。

元をたどると2代目410型において販売テコ入れのためにSSというグレードが途中で追加されたことに始まります。

60年代後半、国産車でもよりスポーティな車を求める声が高くなったことに応えたもので、1.2LのエンジンにSUキャブレターと4速フロアシフトのMT(当時はまだまだコラムシフトの車種も多かった)を備え、最高速145km/hを誇りました。

さらに1965年のマイナーチェンジで排気量1.6L、SUツインキャブレター装備での高性能バージョンが追加されます。

これがSSを超えた高性能バージョン、「SSS」(Super Sports Sedan)の誕生です。

出力は90ps/6000rpm、0→400m加速18.2秒、最高速160km/hという性能は当時のカーマニアを喜ばせるのに充分な性能でした。

さらにメーターは円型のスピードメーターとタコメーターを備えスポーティムードもたっぷりでした。

市場からの評判も良かったことから、最終型となったU14型までSSSは設定されていったのです。

なお、SSSのエンブレムは最終型まで基本的には同じ書体がずっと使用されており、日産のSSSに対するこだわりを感じさせます。

日産のスポーツカーに関連する記事はこちら

【初代】 日産 ブルーバード・310型|1959〜1963年

愛称は「柿の種」

初代 ダットサン ブルーバード エステートワゴン 1960年

1959年、ダットサン210型のモデルチェンジにあたり、初めて「ブルーバード」のネーミングが採用されました。

ダットサン210型のデビュー当時、乗用車需要はタクシーが中心でしたが、徐々に個人需要が高まってきたことに対応し、親しみやすい車名を付けたのです。

もちろん由来はメーテルリンクの童話、「青い鳥」で当時の川又社長により命名されました。
310型には1Lと1.2Lの2種類のエンジンが用意され、当時としては先進的なサーボを備えたブレーキが装備されていたのが注目を集めました。
ツートーンカラーやホワイトタイヤ仕様も用意され、高級感を与えることに成功していました。

310型は内装、外装ともに好評で、発表後わずか1ヶ月で8,000台ものバックオーダーを抱える大ヒットとなり、その独特のテールランプの形状から「柿の種」という愛称も付きました。
またこの310型では日本初の女性仕様車、「ファンシーDX」が追加されたことも見逃せません。
ハイヒールスタンドや傘立て、ウインカー連動のオルゴールといった36品目の特別装備に特別なカラーリングが施されていました。

310型は大成功を収め、当時の生産規模を考えると驚異的な21万台を4年間で生産したのです。

同じくダットサンから派生したフェアレディZについてはこちら

【2代目】日産ブルーバード・410型|1963~67年

日産 ブルーバード 2代目 410 サイド

初代310型の大ヒットを受けて、1963年に初めてのフルモデルチェンジを行い、410型となりました。

車体はモノコック構造を採用、外装もイタリアのピニンファリナに委託し、当時のアルファロメオにも共通するスタイリッシュなものでしたが、国内では意外にもこの外装が不評の原因となります。

少しクラシックで親しみやすかった310型に比べ、リアが垂れ下がっていることや車体が小さく見えることで評判を落としてしまったのです。

また当時のライバル、トヨタ・コロナが排気量を1.5Lとしていたのに比べ、ブルーバードは排気量は310型から据え置きだったことも不利な条件となりました。

SSSの追加や1966年のマイナーチェンジで尻下がりデザインを修正したり、オートマティック車の追加など様々な対策を講じてきましたが、1年遅れでフルモデルチェンジしたトヨタ・コロナには追いつけず、販売台数で首位を明け渡さざるを得ませんでした。

このように販売面では苦戦した410型ですが、ラリーでは大活躍。
1966年に世界で最も過酷とされるサファリラリーにおいて1.3Lまでのクラスで優勝し、日産のラリーにおける快進撃の礎となりました。

宮崎駿監督作品にも登場!

日産 ブルーバード 2代目 410型 リアスタイル

今や世界的映画監督の宮崎駿の監督デビュー作、「ルパン三世 カリオストロの城」にこの410型が登場し、大活躍しています。

主人公ルパン三世を追ってカリオストロ公国に乗り込んできた銭形警部と埼玉県警機動隊の面々が乗っていたパトカーがこの410型でした。

このことから、ファンの間では「銭ブル」と親しみを込めて呼ばれています。

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【3代目】日産ブルーバード・510型|1967~72年

日産 ブルーバード 3代目 510型

410型の苦境を跳ね返すべく、ボディ、サスペンション、エンジン全てを一新して登場したのが名車510型です。

全長、全幅ともに拡大、サスペンションは前ストラット/後セミトレーリングアームの組み合わせで日産車では初となる4輪独立懸架を採用しました。
ちなみに同じ日産のスポーツカー、フェアレディが4輪独立懸架を採用するのは1969年のフェアレディZからなので、510型はファミリーカーでありながら、スペック上はスポーツカー以上の足回りを装備していたことになります。

エンジンも新開発のL13型とL16型が用意され、特にL16型は1.6Lで最高出力100PSを絞り出していました。
これは当時の2Lの標準的なエンジンの出力だったといえば、いかに高性能であったかがわかっていただけるでしょう。

さらなる高性能化の要求に応えるため最終的にはエンジンは1.4Lと1.8Lに増強され、1.3Lは廃止されています。

ハイスピード時代を見据えたデザイン

日産 ブルーバード 3代目 510GL

510型では410型苦戦の原因となった外装デザインにも力が入っていました。

510型では、直線と鋭角をテーマにした「スーパーソニックライン」と呼ばれた直線基調のシャープなデザインが採用されました。

当時の車では常識的に装着されていた三角窓を廃止し、すっきりしたサイドビューも特徴的でした。

ボディバリエーションは4ドアセダン、2ドアセダン、エステート(ワゴン)に途中で2ドアクーペが追加され、多様化するニーズにも対応していました。

サファリラリーでも大活躍

日産 ブルーバード 3代目 インテリア

410型に引き続き510型でも積極的にサファリラリーに参戦しています。
特に1970年には念願の総合優勝に輝き、しかも2位、4位も510型が独占し、当時の車好きに強烈なインパクトを与えました。

このサファリでの活躍は当時公開の石原裕次郎主演の映画「栄光への5,000キロ」でも描かれ、ブルーバードの名声を高めるのに一躍買いました。
この映画自体は410型でのクラス優勝を題材に取っていたのですが、撮影には当時新型だった510型が使用されました。

車に興味の無い人にもブルーバード510型の高性能をアピールするよい機会となったものです。

【4代目】日産ブルーバード・610型|1971~76年

日産 ブルーバード

©Shutterstock.com/ Daniel Gangur

大ヒットした車のモデルチェンジは難しい、と言われますが、残念ながらブルーバードもその例外とはなりえませんでした。

510型は存続させた上で、これまでのブルーバードをユーザーをより上位車種にシフトする戦略で1971年に610型、通称ブルーバードUがデビューしました。

外装デザインは510型のすっきりしたシャープなものから曲線基調の良く言えば重厚、悪く言えばもっさりしたものになりました。
デビュー当初は目新しさに加え、510型も値下げして併売していたことからブルーバード全体としての売れ行きはまずまずでした。
しかし1973年になり販売台数は落ち込みをみせ、とうとうトヨタ・コロナに小型車部門首位の座を明け渡してしまうことになります。

日産もこの状況を指をくわえて見ていたわけではなく、1972年には2L6気筒エンジンを搭載し、米国のポンティアックに似たアグレッシブなフロントマスクの2000GT及び2000GTXが追加されます。

しかし、当時同じ日産車で大人気だったスカイライン2000GTと競合する上、オイルショックにより世間の風潮が省エネに急転した時期であったことから、形勢を逆転するまでには至りませんでした。

【5代目】日産ブルーバード・810型|1976~79年

「ヘビーデューティーカー」

日産 ブルーバード 5代目 810

不振だった610型を挽回し、急速に進みつつあった排ガス規制に対応するために登場したのが810型です。

なお、710型は1973年に新登場した日産バイオレットに与えられています。
810型ブルーバードUより一回り小型で、それまで併売されていた510型の販売中止と入れ替わるように発売されたことから日産ではバイオレットを510型のモデルチェンジ版と位置づけていたことがわかります。

バリエーションはセダン、2ドアハードトップ及びバンで、ガラス面積を拡大するなど、610型の不評だった点を改善することに主眼がおかれていました。

一方でサスペンションはこれまでブルーバードの売りだった全輪独立懸架方式がSSSと2L系だけになり、後退したと言われても仕方がない部分がありました。

人気も盛り上がらず、登録台数も年間12〜15万台と過去のピーク時の6割程度まで落ち込み、歴代ブルーバードの中でも最も短命な3年あまりでモデルチェンジを迎えることになりました。

【6代目】日産ブルーバード・910型|1979~83年

「ブルーバード、お前の時代だ」

日産 ブルーバード 6代目 910 セダン

610型、810型の不振を吹き飛ばし、初代そして510型以来の大ヒットとなったのが910型です。

明確な3ボックススタイルで窓面積を大きくとったスマートで新鮮な外観、明るく広い内装はたちまち市場の評価を得て、なんと小型車部門の王座を27ヶ月にわたって独占することになったのです。

4ドアセダン、2ドアハードトップ、そして途中追加の4ドアハードトップにバン/ワゴンと選択の幅を広げた一方で、6気筒車は廃止するなど、ユーザーのニーズを的確なとらえたバリエーションも特長です。

エンジンは810型から引き継いだZ型ですが、当時最新のターボとEGIが用意されていました。

さらにモデルライフ途中で高出力、低燃費の新エンジンCA型に換装されています。

サスペンション形式は基本的に810型を引き継いでいますが、セッティングを見直した結果操縦性は大幅に向上、当時の自動車専門誌やジャーナリストからも高い評価を受けました。

CMキャラクターに当時人気絶頂だったジュリーこと沢田研二を起用、「ブルーバード、お前の時代だ」というキャッチコピーと共にユーザーに強いインパクトを与えました。

【7代目】日産ブルーバード・U11型|1983~87年

「ブルーバード、お前はスーパーゼネレーション」

日産 ブルーバード 7代目 U11

この代から駆動方式がFR(フロントエンジン後輪駆動)からFF(フロントエンジン全輪駆動)とメカニズム的には大々的な変更が行われました。
一方で、910型があまりにも好評だったことから、一見すると910型とほとんど同じに見える外観デザインが採用されています。
このあまりにも保守的なモデルチェンジにとまどうユーザーも多く、販売台数では910型の成功を受け継ぐことはできませんでした。

ボディバリエーションは910型にあった2ドアハードトップがラインアップから落とされ、4ドアハードトップ、4ドアセダン、ワゴン/バンが用意されていました。

また6気筒搭載車が「ブルーバード・マキシマ」として810型以来復活したのもトピックです。

もともと米国向けだったV6搭載車をブルーバードの上級車種として導入したもので、市場からも比較的好意を持って受け入れられ、この後、マキシマ、セフィーロそしてティアナと続く日産のFF上級車の礎を築きました。

なお、この型から正式に車名が「ダットサン・ブルーバード」から「日産・ブルーバード」になりました。

【8代目】日産ブルーバード・U12型|1987~91年

「ブルーバードが好きだ。」

日産 ブルーバード 1987-1991

あまりにも保守的だったU11型から一転、よりハイテクな走りのイメージを強烈にアピールしたU12型が1987年にデビューしました。

ボディバリエーションは4ドアハードトップと4ドアセダンのみ、ワゴン/バンはU11型が継続生産されています。

最上級車種には1.8Lツインカムターボ(後期モデルは2Lツインカムターボ)&フルタイム4WDシステム「ATTESA(Advanced Total Traction Engineering System for All)」が採用されています。

TVCMでの、雪上を自在に走る赤黒2台のブルーバードの強烈な印象そのままに、あらゆる天候、路面で最適な走る/曲がる/止まるを実現していました。

また、ラリー競技用のベース車両のセダンSSS-Rがカタログモデルとして販売されたことも話題を呼びました。

搭載されたエンジンは高度なチューニングがなされ、最高出力185psとリッター当たり100psオーバーを達成していました。

モデル末期の1991年5月には、ブルーバード初となる5ドアハッチバックでオーストラリア製のブルーバードオーズィーも限定販売という形で導入されています。

【9代目】日産ブルーバード・U13型|1991~95年

「ブルーバード×2(バイツー)計画」

日産 ブルーバード 9代目 U13 SSS

メカニズム的にはU12型からのキャリーオーバーですが、セダンとハードトップで全く異なった2つのボディを用意したたことで注目を集めました。

セダンは米国カリフォルニアのデザインスタジオ「NDI」による曲線を主体としたモノフォルム、ハードトップは国内デザインによるもので、初めてセンターピラーのあるピラードハードトップが採用されています。

主力となるはずのセダンは、当時としては高めの全高で広い居住空間を売りにしていました。

しかし、410型同様に尻下がりのデザインがユーザーから不評で、しかも同じ頃に日産プリメーラ(初代)が人気を博しユーザーが流れてしまったことから販売台数は伸び悩みました。

ハードトップ「ARX」についても当時、トヨタ・カリーナED/コロナEXIVという強力なライバルがいたこともあって、2車種合わせてもプリメーラの販売台数には及ばない結果になってしまいました。

マイナーチェンジでセダン、ARX両方に2.4Lエンジン搭載車が設定され、これがブルーバード最初で最後の3ナンバー車となりました。

面白い装備としては2000ARX-Zに標準装備されたANC(Active Noise Control)があります。

エンジンから出るこもり音を天井につけたマイクでキャッチし、シート下スピーカーからノイズと逆位相の音を出すことで解消しようとするもので、ちょうどBOSE社が販売しているノイズキャンセリングのヘッドホンと同じ考え方でした。

【10代目】日産ブルーバード・U14型|1995~2001年

「ベリー、ベリー、ブルーバード」

日産 ブルーバード 10代目 U14

U14型はプリメーラ(2代目)と兄弟車となり、4ドアセダンのみの販売となり、スポーツグレードの「SSS」とラグジュアリーグレードの「ルグラン」の2車種が用意されました。
外観上の違いは基本的にはフロントマスクだけです。

全長がU13型に比べマイナス40mm、ホイールベースも20mmサイズダウンしているのもプリメーラとの共用による影響です。

ターボや2.4Lモデルといった高トルク型のエンジンを廃止したことからトランスミッションを小型化することができ、エンジンルームをコンパクトにまとめられたことから室内についてはU13型と同等以上のレベルをキープしています。

先代の反省からデザインは510型や910型に立ち返ったようなボクシーでセダンらしいものになり、運転席と助手席のデュアルSRSエアバッグを全車に標準装備するなどのニュースもありましたが地味な印象は拭えず、セダン全体のニーズが落ちる中、結果的に最後のブルーバードとなってしまいました。

U14型の退場と前後して日産サニーをベースにした日産ブルーバード・シルフィが実質的な後継車として登場しましたが、2012のフルモデルチェンジで日産シルフィとなりブルーバードの名称も完全に消滅してしまいました。

日産ブルーバードの中古車価格など

日産 ブルーバード 3代目 510

特にFR時代のモデルの310型〜910型については残存車両も少なく、既にビンテージカー扱いとなっています。

なかでも510型は今でも人気が高く、程度によっては300万円以上の値段がついている場合もあります。

それ以外では910型が新車時の人気が高かったことと、タクシー専用車として1993年までの長期に渡って生産されていたことから比較的タマは多いようですが、それでも相場の形成するほどではありません。

一方で特にFFになったU11以降のモデルに関しては特段のプレミアムは付いておらず30万円以下で販売されているケースがほとんどです。

ただし、特段の人気車種というわけではないことから、旧くなると解体されて市場に出て来なくなるので最終型のU14型以外はなかなかタマがないのが現状です。

各モデルに共通することですが、もともと頑丈さが売りのファミリーカーであったことや、ボディ自体やエンジンも丈夫で、その上機能部品については他車からの流用が効き、深刻なトラブルになることは少ないため、維持費については、同時代の国産車の中では低く抑えられるようです。

燃費についてはU14型(1.8L)で13.2km/L(10・15モード)。
実燃費ではおおむねその6割と言われているので、昨今の低燃費車に比べればガソリン代についてはは覚悟する必要があるでしょう。

日産ブルーバードの現在の中古車価格はこちら


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日産ブルーバードの歴史は国産車の歴史!

日産 ブルーバード 6代目 910

日産ブルーバードの歴史はいかがでしたか?
これまで見てきたとおり、日産ブルーバードの50年にわたる歴史はそのまま国産車、そして日本のモータリゼーションの発展の歴史と重なります。

私事になりますが、筆者が中学生の頃、父親が新車で購入したのがブルーバード910型でした。
SSSの4ドアセダン、シャープな外装に白色がよく映え、子供心にとてもかっこいい車だと思ったことを今でも覚えています。

またブルーバードという車名が復活することはあるのでしょうか。

2013年の東京モーターショーに日産はIDx FREEFLOW(フリーフロー)というかつての510型を思い起こさせるようなコンセプトカーを出品しました。

市販化の計画についてはどうやら立ち消えになってしまったようで残念ですが、プレミアム感のあるFRのコンパクトなセダンが「ニュー・ブルーバード」として市場にデビューする日を待ちたいと思います。

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