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2016年F1チャンピオン「ニコロズベルグ」の伝説と化したレーサー人生

2016シーズン、F1ワールドチャンピオンを獲得したニコロズベルグ。彼がチャンピオンになるまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。そんな伝説のレーサーの人生について、紹介します。

2016年F1チャンピオン ニコロズベルグ

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NICO ROSBERGさん(@nicorosberg)が投稿した写真 -


ドイツ生まれモナコ育ち、1982年F1ワールドチャンピオンを獲得したケケロズベルグの息子である、ニコロズベルグ。

21年にも及ぶレーサー人生の最後の年となった、2016年、F1ワールドチャンピオンを獲得しました。

2016年F1最終戦、アブダビGPが行われた日からわずか5日後、FIAの表彰式において、突然のF1引退を表明。
世界中のファンだけでなく、所属していたチーム、メルセデスAMGの首脳陣をも驚かせました。

その突然の引退発表はBBCでも速報で伝えられ、今年のモータースポーツ史の中でも最も衝撃的なニュースとなりました。

その引退するという決断は、彼の多くのファンを失望させてしまうものでもありましたが、その潔さを賞賛する声も多く、彼が伝説となるにふさわしいレーサーであることの決定打となりました。

ニコロズベルグの華麗なるF1への道のり

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10歳の時に、レーシングカートを始め、ヨーロッパやアメリカのレースに参戦。
その当時チームメイトの一人であったのが、後にF1で再びチームメイトとなる、ルイスハミルトンでした。

その当時から、二人は将来F1チャンピオンになるとお互い誓っていたそうです。

16歳の時に、ドイツのフォーミュラBMWに参戦。
全20戦のうち9戦を制し、その年のチャンピオンを獲得しました。
また、この年にウィリアムズのF1マシンをテストドライブしましたが、当時では、F1を走行させた最年少のドライバーでした。

2005年からは、F1のサポートレースとして開催されている、GP2シリーズに参戦。
現在、レクサスからSUPER GTに参戦しているヘイキコバライネンとのチャンピオン争いを制し、初代GP2チャンピオンに輝きました。

ニコロズベルグの苦悩と栄光のF1キャリア

名門 ウィリアムズからのデビュー

ウィリアムズ

ロズベルグの父、ケケロズベルグも在籍した、ウィリアムズから彼のF1キャリアは始まります。

デビュー戦であるバーレーンGPでは、いきなり7位入賞。
さらにはレース中のファステストラップを叩き出すなど、高いポテンシャルを見せつけました。

その後、瞬発力のある圧倒的速さを見せつけるものの、若さゆえの未熟さから、レース中に度重なるミスを繰り返してしまいます。

しかし、その成績は徐々に安定し、2008年、日本人レーサーである中嶋一貴をチームメイトに迎えたシーズンには、シンガポールGPで初の2位表彰台を獲得するなど、将来のワールドチャンピオンとしての頭角を徐々に表し出し始めました。

メルセデスAMGへの移籍

ウィリアムズ

2010年、メルセデスへ移籍し、新たなるF1キャリアを歩み始めます。

当時のチームメイトは、一度フェラーリでのキャリアを終え、引退を経験したミハエルシューマッハでした。

2012年までの3年間、ロズベルグは7度のF1ワールドチャンピオンに総合成績で上回り、その実力を見せつけました。

2012年、中国GPでは、自身初のポールトゥウィンを飾り、F1初優勝を果たしました。


因縁のライバル ハミルトンのメルセデス加入


2013年、2度目のF1引退を果たしたミハエルシューマッハに変わり、メルセデスに加入したのが、マクラーレンからやってきたルイスハミルトンでした。

ハミルトンは2008年にF1ワールドチャンピオンを獲得しており、メルセデスには優勝請負人としての加入となりました。

この年、ロズベルグはモナコGPでポールトゥウィンを果たすなど、2度優勝しており、ドライバーとしての評価をさらに高めました。

しかし、レギュレーションが変わり、メルセデスがF1を支配することとなった2014年、ロズベルグはハミルトンの後塵を拝する場面が多く、結果ロズベルグは年間2位、ハミルトンは総合優勝を獲得しました。

ハミルトンへのリベンジを誓った2015年、シーズン通してハミルトンからのプレッシャーに耐えきれずにミスを頻発してしまい、またしてもチャンピオンの座を奪取することは叶いませんでした。

ニコロズベルグ 怒涛のシーズンとなった2016

【動画】オーストリアGPでの衝突

2016年は、シーズン開幕戦からいきなり4連勝、ハミルトンとのポイント差は43ポイントとなり、今度こそF1ワールドチャンピオン獲得かと期待できる幕開けでした。

しかし、モナコGPではペースが上がらず7位、オーストリアGPではファイナルラップでハミルトンと接触、表彰台すら登ることができませんでした。

そしてシーズン中盤、ハミルトンにランキングトップの座を奪われてしまいます。

しかしベルギーGPからは3連勝を果たし、再びランキングトップに返り咲きます。

緊張と感動の最終戦

【動画】2016年F1最終戦

そして迎えた2016年シーズン最終戦、アブダビGP。
この時点でロズベルグはランキング2位に立つハミルトンの順位に関わらず、3位以内で最終戦を終えればワールドチャンピオン獲得という状況でした。

ロズベルグは2位からスタート、トップから順調に速いペースで周回を重ねるハミルトンを追います。

しかしレース終盤、トップを走るハミルトンが突如ペースを落と始めます。
このため、2位を走るロズベルグもペースを落とさざるを得なくなり、3位以下を走るドライバーに追いつかれてしまいます。

ハミルトンは、あえてスローペースで走り、3位以下のドライバーがロズベルグを抜き、彼を表彰台に載せないようにしようとこのような戦略に出たのです。

しかしその戦略も機能せず、ロズベルグは無事2位でフィニッシュ。
ついにF1ワールドチャンピオンを獲得します。

ニコロズベルグ 突然の引退発表

F1最終戦、ロズベルグがワールドチャンピオンを獲得してから5日後、世界中を驚きのニュースが駆け巡りました。

ロズベルグが、F1引退を発表したのです。
あまりにも突然の発表なので、ツイッターなどのSNSでもロズベルグに関する話題が大きく盛り上がりました。

昔からのライバルであったハミルトンへは、事前に引退することを打ち明けていたそうです。
確執などもあった二人ですが、最後にはお互いを称え合う、素晴らしい関係性が垣間見られますね。

ロズベルグ 伝説となった人生は次のコーナーへ

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NICO ROSBERGさん(@nicorosberg)が投稿した写真 -


ロズベルグは、2016シーズンは、身を削るような毎日で、チャンピオンを獲得した時の喜びは今後の人生でおそらく味わえないほど素晴らしいものであった、と語っています。

そして、「今後、また2016シーズンに経験したような重圧に耐えながら、チャンピオン獲得へ向けて走り続けることができるかと考えたとき、それは無理である。」と考え、引退を決意したそうです。

F1ワールドチャンピオンを獲得するには、想像を絶するようなプレッシャーと戦わなければならないということです。

ロズベルグは、「今後の人生は、家族に向いて生きていきたい。」と語っています。

F1ワールドチャンピオンを獲得するまでの道のり、さらにはチャンピオンとなったその年に引退するという決断。
それらすべてを含めて、彼は伝説と呼ぶにふさわしい、レーサーと言えるでしょう。

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