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フィアット・パンダまとめ|初代から全世代を紹介!中古車価格と故障や燃費など維持費も!

イタリア最大の自動車メーカー・フィアット社が生産するフィアット・パンダは、実用性と経済性を重視しながら運転して楽しいコンパクトカーです。今回はジウジアーロデザインの初代から最新型の3代目まで、中古車価格と故障や燃費など維持費を含め、フィアット・パンダを徹底解説します。

フィアット・パンダとは

フィアットパンダ広報画像

フィアット・パンダはイタリア最大の自動車メーカー・フィアット社が生産する小型大衆車です。
欧州の車両分類基準ではもっとも小さなAセグメントに区分され、長年に渡って庶民の実用車として活躍を続けてきました。

フィアット・パンダのボディバリエーションは一貫して2ボックスの3ドア/5ドアハッチバックのみ(商用車を除きます)で、時代に応じて快適装備や安全装備の追加はあったものの、簡素で実用性を重視したコンパクトカーとしての姿勢にぶれはありません。

なお、フィアット・パンダの名称は動物のパンダに由来します。
これは初代パンダのテーマカラーだったアイボリーとボディ下部の樹脂素材とのコンビネーションが、ジャイアント・パンダをイメージさせることから名づけられました。
ネーミングに関しては、初代パンダの開発時に中国からパンダが送られたことで、イタリア全土がパンダブームに沸いていたことにも影響されたようです。


1.3 Mult…
269.0万円
本日の在庫
109
平均価格
121.7 万円
本体価格
23 ~ 279 万円

フィアット・パンダ登場前夜

60年代、フィアットはイタリア国内の安価な労働力による高い生産性に頼った企業経営で西ヨーロッパにおける圧倒的な販売シェアを握っていました。
しかし、70年代に入ると労働争議が相次いで発生したのに加えて、1973年にはオイルショックも重なり、企業業績は急速に悪化。
大幅な損失を計上することになります。

創業以来、最大の危機を迎えていた当時のフィアット社を率いていたのは、創業者・ジョバンニ・アリエッリ1世の孫に当たるジャン二・アリエッリでした。
フィアット社存亡の危機に対し、彼は弟のウンベルト・アリエッリを副社長に据えるとともに、会社立て直しのための組織改革に乗り出します。

副社長に就任したウンベルトでしたが、彼には政界進出という野心があり、早い段階でフィアットを辞する考えを持っていたため、実業家で幼馴染みだったカルロ・デ・ベネデッティを社外から招き入れ、自身の後継者に指名しました。

カルロ・デ・ベネデッティ

1975年、副社長に就任したベネデッティは「主力の自動車部門の復活こそグループ全体の立て直しになる」という信念のもと、それまでの自動車部門への投資抑制策を撤回。
それにあわせて新型車開発と社内のリストラを断行しました。

ベネデッティが命じた新型車開発の中でも、とくに力が注がれたのが、旧式化が著しかったフィアット126の後継となるベーシックカーを創造する「プロジェクト・ゼロ」と呼ばれる計画でした。

↑フィアット126

出典:https://ja.wikipedia.org/

↑フィアット127

「プロジェクト・ゼロ」が時間との戦いであると認識していたベネッティは、その巨大さ故に小回りの利かないフィアット本社の開発部門を早い段階で構想から外し、小さな組織ながら機動力のあるカロッツェリア(自動車のデザイン・製造工房)に開発を依頼することに活路を見出すことにしました。

そこで白羽の矢が当たったのが、鬼才ジョルジェット・ジウジアーロ率いるイタルデザインでした。

鬼才ジョルジェット・ジウジアーロ


1976年7月、ベネデッティは自らイタルデザインを訪ね、代表のジウジアーロにフィアットの基幹となるまったく新しいベーシックカーの開発を直接依頼します。

その際にベネデッティが出した条件は、
(1)販売価格が安価なこと
(2)サイズはフィアット126と127の中間で、かつ室内が充分に広いこと
(3)フィアット126のエンジンを流用した単純な構造を持つこと
(4)素朴な外観だが理性的な設計
(5)フランス車のような感じ
の5つでした。

ベネデッティの要求のうち4つは明確(かつ実現が極めて困難)なものでしたが、最後の「フランス車のような感じ」というリクエストは極めて抽象的な要求です。
これに対して「シトロエン2CVのことを指している」と理解したジウジアーロは、簡素な実用車ながらもエスプリ(精神・知性・才気を現したフランス語)を備えたクルマを目指してカーデザインを進めることにしました。
また、当時のイタリアとしては異例なことに、ジウジアーロはバカンスを返上して126と同等の重量と生産コストの小型車の開発作業に没頭しました。

シトロエン 2CV 1955

↑シトロエン2CV

同年12月、急ピッチで開発が進められた結果、最初のモックアップはわずか4カ月で完成。
翌77年の年明けには2代目のモックアップも完成し、フィアット経営陣に披露されました。
2台のうち1台はシンプルでプリミティブなデザイン、もう1台はスタイリング上の精錬を加えたものとなりました。
イタルデザイン内ではモックアップは「ルスティカ」(質素な、素朴な、という意味のイタリア語)と呼ばれており、フィアットへのプレゼンもこの名称で行われました。
以降、プロジェクト名は「ゼロ」から「ルスティカ」へと変更されました。

なお、ベネデッティは強権的な経営姿勢が社内で軋轢を呼び、モックアップの完成に先立って副社長の職を解任されています。


スペシャル ディ…
116.0万円
本日の在庫
20
平均価格
119.4 万円
本体価格
29 ~ 180 万円

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この記事の執筆者

山崎 龍この執筆者の詳細プロフィール

1973年1月東京生まれ。自動車専門誌の編集を経てフリーライターに。自動車専門誌を中心に、航空、ミリタリー、映像作品、オタクカルチャー、政治などの 様々なジャンルに寄稿する雑文ライター。 著書に『最強!連合艦隊オールスターズ』『萌えだらけのクルマ選び』(共にイカロス出版)、『「...

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